黒蜘蛛ヤマトの宅急便
「さて、そろそろ昼だから飯にしようぜ。」
「うむ、そうじゃな。確かそろそろ食べないと不味い鶏肉があったはずじゃから、唐揚げでも作るかのぅ。」
「お、良いな。ただしレモンはかけるなよ。」
「は?何じゃお主。唐揚げにレモンかけないなんて邪道じゃろうが。」
唐揚げにレモンをかけるかどうかの争いをしつつ普段寝泊まりに使っている社務所の中へと入る。こいつ、レモンをかけるとか何にもわかってねぇな。レモンかけるとサクっとした食感が死んでしまうし、酸味で肉の味とかあんまり感じられなくなってしまうじゃないか。あ~、でもこんな話してたら腹が減ったな~……
「むぎゃおー!」
チッ、やり過ごせなかったか。どうやら偉そうに訳の分からない名乗りを上げたナマモノをスルーすることは出来なかったようだ。しかし、一体何なんだろうかこいつは。いや本当に。管狸なんて聞いたことがないし、そもそもあの丸っこい体型で管に入れるのだろうか。
「はいはい……で、その管狸様とやらが一体何の御用で?俺ら今から昼飯で忙しいんだけど?」
「ぐぬぬ、貴方私の事舐め腐りやがってますわね。せっかくその昼食の元になる1週間分の食材を運んできてさし上げたというのに。全くこれだから野蛮な雄猿は礼儀知らずで困りますわ。」
「なぁ、玉乃。」
ちょっとイラッとしたので両手で頬をつまみ横に伸ばしてみる。おお、よく伸びるなこいつ。と、この実在する非実在性物にお仕置きをしつつ玉乃に真偽の程を確認してみる。かなり柔軟性があるらしく驚きの伸びを見せる頬は、手を離すとパチン!と音を立てて元の形に戻った。
「むぎゃおー!!何するんですの!私に対してこのような仕打ち神が許しても私が許しませんわよ!」
「残念ながら本当のことじゃよ。其奴は街で宅配屋の従業員をしておってな、妾も週一で食材を配達してもらっておるのじゃよ。」
「まじか。いやぁ、どうも遠路はるばるご苦労様。あ、お茶飲みます?」
なんとこのナマモノ、この家の生命線補給装置だったのか。いかんな、期限を損ねたら不味いのかもしれない。ここは下手に出ておくに限る、と上辺だけの労いの言葉をかけつつ握手でもしようと手を差しだすがパチン!と弾かれてしまった。
「よーくもまぁイケシャアシャアと!私がその気になれば貴方程度、森の栄養に変えることも容易いんですわよ!」
「まぁまぁ、そこはほら若気の至りというやつだから大目に見て欲しいな~なんて」
「だまらっしゃい!貴方達がその気なら持ってきた食料をこのまま持って帰ってもよろしいのですわよ!」
ムキー!っと地団駄を踏みながら怒鳴る雛子。いかん、どうやらへそを曲げてしまったようだ。どうしたものだろうか、流石に食料を持って帰られるのは困る。何とかして機嫌を治してもらわないと、と思いなんとか宥めすかそうとしてみるがどうにも無理くさい。
「どうしても食料をおいて行って欲しいならそれ相応の態度というものがありますわよね。なに、私も鬼ではありませんわ。今なら土下座して雛子様私が悪うございましたどうかお許し下さい、と言えば許してあげないこともありませんわよ!」
「なぁ、アレどうすんの?流石にこのままじゃ不味いよな。」
「そうじゃなぁ、いざとなれば妾が強引に剥ぎとっても良いんじゃが……ん、あれは。あ~、大丈夫そうじゃぞ孝俊。すぐに解決しそうじゃ。」
宥めようとこちらが下手に出ていたら急に調子づき始めた。さて、どうしようかと悩んでいると、玉乃は何かに気づいたらしくそんな事を言いながら雛子の後ろに視線を向けた。ソレに釣られるように俺も視線を向けると狸のナマモノのすぐ後ろに人が立っていた。いや、人と言うには語弊があった、なぜならその立っている者の姿は人とはあまりにもかけ離れた姿であったからだ。
「どうしたのかしら?急に黙りこんで、今更になって私の偉大さに気づいてしまったのかしら?きょほほほほほ。」
「最近、従業員に対するクレームが多いから見まわっていれば……貴方はお客様に対して何をしているのかしら?」
「むぎゃおー!?鈴音様ー!?な、なんでこのような場所に・・・あばば、ひぎぃ!」
そこには、黒髪ロングでクールな表情にその大きな胸の強調されるピッチリとしたノースリーブの縦セーターに身を包んだ女性がいた。しかし、下半身がある場所には2本の足ではなく、8本の足がある大きな蜘蛛の体が存在していた。顔もよく見ると額の部分に複眼と呼ばれる物がついていた。
そのあまりのインパクトに俺の足は自然と一歩下がるように動いていた。はっきり言って前に見た鬼よりこちらのほうが見た目のインパクトは強かった。あの鬼は確かに並外れた巨体だったが、あくまで人の形をしていた。しかしこの女性は上半身と下半身の差が凄すぎた。
彼女はその大きな脚で雛子を踏みつけ、グリグリとしながら口を開いた。
「ウチの従業員がごめんなさいね。何度も言ってはいるのだけれど、なかなか口の悪さが治らないのよこの子。」
「あ~、まぁ先にからかったこっちも悪いからのぅ。お相子じゃて。」
「そう言ってくれると助かるわ。こんなんでもウチの主力だから、クビにするのは勿体無いし。」
そう言いながらもグリグリするのは止めないようだ。しかしあの狸、あんなナリでも職場で有力なヤツなのか。現在無職の俺からしてみれば少々妬ましい。グリグリがストンピングに近い踏みつけに変わってきた。良いぞ、もっとやれ。
「ところで、ここに貴女以外がいるなんて珍しいわね、一体どうしたのかしら?」
チラリ、と切れ長な瞳で流し目を送られ少しドキリとする。クールな美しさを持つ彼女は玉乃とはまた違った魅力がある。なにより強調された大きな胸が、腕を組むことによってさらに強調される。これは、俺みたいな健全な青少年には目の毒だ。
「あ、どうもはじめまして。俺は渡辺孝俊、二日前からここで居候になってるんだ。」
「へぇ……私は鬼神楽 鈴音。見ての通り、絡新婦よ。街で運送屋を開いてるから、何かあったらご愛顧のほどよろしくお願いするわ。」
そんなこんなで、俺達の自己紹介は「ぷぎょ、はぐぅ……むぎゃおー!」と言う叫び声が響くという、なんともシュールな光景の中で行われるのであった。
新しい登場人物、絡新婦の登場となりました。
自分の好きなモンスター娘の中でかなり上位にはいる蜘蛛の下半身を持つ女性です。
これからもまだまだ妖怪やモンスター娘等は増えていきますのでお楽しみに!




