1つ目の出来事
今日もチャイムの音がなり始める時、彼女は席に着く。いつもギリギリに登校する。それとほぼ同時に開いた、錆び付いた扉。入ってきたのは佐久良 藤、彼女のクラスの担任だ。男にしては華奢だが顔がいい上、スーツの着こなしも良いために女子の間で評判が高い。その可愛らしい顔に反して声が低いのもまた良いらしい。
「おはよう。席につけよ〜。」
とのんびりとした口調で言う藤。ここまでもいつもと同じ。
いつもと違うのはここからだった。彼はいつもと違うセリフを口にした。
「ホームルーム始める前に、転校生を紹介するな〜。ほれ、おいでおいで。」
いつもだったら
「出欠とるよ〜。いない人いる?」
というところから始まるのに。凛はいつも通りが少し崩れたことへ、一瞬だけ不満を抱いた。しかし、すぐにそのことへの興味は失せ、いつも通り、藤の声に耳を集中させる。
彼のおいでおいでで入ってきたのは、綺麗という言葉が似合う青年だった。背丈は藤より少し高いようだ。
「白土 渚、と言います。この土地のことはまだわからないので、ぜひ教えてください。よろしくお願いします。」
とても爽やかな彼の口調に、教室にいる女子たちが湧いた。男子も少し湧いた。でも凛は表情を変えず、ただ藤の次の言葉を待つ。
「席はね〜…あ、凛の隣が空いてるね。凛、手あげて。」
その言葉に彼女はすっとその長く綺麗な腕を上げた。
「あの子の右隣の席ね。」
と藤が言い切る前に、渚は彼女の元へ早足で向かってきた。そして、着席するなり早々に、
「よろしく。凛。」
と満面の笑みで彼女に手を差し出した。教室は「あぁ、やっちゃったな、転校生。」とざわざわし始めた。藤は不機嫌そうな表情を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。凛の反応をワクワクと待っている者も3人ほどいる。
凛はしばらくの沈黙の後、周りが震え上がるほどの冷たい声と目を彼に向けたあと、綺麗な作り笑顔で、
「すいませんが、泡峰と呼んでください。凛と呼ばれるのは好きではありません。」
と言う。それに対し渚は
「へぇ、そう。じゃあ泡峰。」
と、返す。
「はい。」
「学校案内して。」
「無理です。すいません。」
即答した彼女に、教室は笑いに包まれた。
その理由はきっと後にわかる。