救世主は紅を翻し
遥か昔、この辺りにはそれはそれは巨大な燃え続ける惑星があったと言う。今では確かめる術もないが。
眼に映るのは、あいも変わらず。こんこんとした漆黒と、遙か彼方で光を放つ光星のみだ。
つまらない。確かにそうだが、静かで、美しい。僅かばかり、私の心を慰めてくれる。
「セラ」
振り向く。
「なんだ、ユーア」
立っていたのは、光星のような白い髪の青年だ。癖のない短髪で、何故か右目を隠すように髪を伸ばしている。
「なんだ、とは……皆、救世主を待ちわびているのですよ」
苦笑して、嗜めるような言い方でユーアは言う。慇懃無礼で、優しげな好青年だ。しかし、私はユーアのことがあまり好きではない。深く、溜息を吐いた。
かつて、この辺りには綺麗な惑星が有ったらしい。そしてその惑星で生きていた人間というのが私達、星人の祖先、らしい。だが、全ては語り継いでいる語り部の言であって、真実かどうかなんぞ誰も知らない。
曰く、人間は自らの住処であった惑星を出て、新たな住処を探していたそうだ。遠い旅の末、今我等が住まうユビウス惑星群を発見し、その一つを住居とした。
長い長い時が流れて、今、私達は環境に適応しながら生きてきた。しかし、ユビウス惑星群は突如襲撃者という輩によって混沌と化された。
そこで、何故か救世主だなんだと言って祭り上げられたのが私であった。ただ、髪の色と目の色が変なだけで。
襲撃者は、住居を破壊し、人を喰らい、星を占拠せしめんと暴れていた。人を困らせる襲撃者を、なんと、救世主は止めてくれるらしい。
「なぁ、ユーア」
「はい」
優美な笑みを浮かべて、ユーアはそこにすっくと立っていた。よっぽど、私は彼の方が救世主と言う名が相応しいと思う。光星の色をまとった青年。
「何故、救世主が必要なんだ?」
「襲撃者が現れた今、人々は怯え、救いを求めています」
「そうだな。でも、私はそんな事を聞いている訳じゃないのは、君は理解っているのだろう?」
「……」
私の言葉に黙って、ユーアは綺麗な青い眼を僅かに細めた。一寸たりとも変わらぬように見せている積りだろう。
荒れた惑星。私とユーアの立つこの惑星は、数多の襲撃者の亡骸と思しきもので埋め尽くされていた。
全て、私が屠った。
真っ直ぐと青い目に、真っ赤な瞳を合わせた。
「だんだん、襲撃者について判ってきているのだろう? 彼らもまた、私達と同じように生きていること」
「家族がいること」
「そして、この争いの切掛が、ユビウス惑星群管理局が秘密裏に行った他惑星の探査であること」
一歩、距離を詰めた。
微動だにせず、彼は嗤っているだけだ。
「お前らは何を狙っている?」
もう一歩、詰める。
「何が救世主だ」
また一歩。
「何が襲撃者だ」
一歩。
「お前達が忌み嫌う、赤を持つ私を、救世主に仕立て上げて何が楽しい?」
私より少し背の高い彼を、睨み上げる。
昔から忌み嫌われた。紅い目と紅い髪。女は長髪が好まれるが故に、私は短髪にすることも許されない。
曰く、人間を住処から追い出した元凶がこの色を持っていたので、星人は本能的に嫌うという。ただ異質なものを遠ざけたいだけだったと理解ったのは、救世主となってからというもの、人々が手のひらを返すように近づいてきたからだ。
「……まあ、いい。返答なんて期待していない」
「そうですか」
踵を返し、ユーアから離れる。瞬く光星は変わらない。漆黒も。私も。
「色々と詮索するのは構いません。救世主として動いてくれさえすれば、ですが」
含みのある言い方。ユーアがそこはかとなく笑っているのを感じ取った。彼はただ監視人として傍に立っているだけ。介入もしなければ、助けもしない。
「今はまだ、駒でいよう。思惑に乗せられていよう。だが」
――私は、数多の屍の上に立つ道化だ。
救世主という大義名分を振りかざし、同じように生きる者の生きたかった思いを断つ。
誰かの手のひらの上で踊る道化だ。
「いつまでも飼い慣らせると思うなよ。」
お前達が忌み嫌う紅は、いつかお前達が望まない結末を連れてきてやる。
漆黒の彼方にいるだろう管理局に、私――セラはそう告げた。