キャラメイク→オープニング
およそ午前六時。
車に全員の荷物と他の備品の詰め込みを確認すると俺と葉蒲がまずは運転席に座る。ガソリンは満タンで発車後も快調な滑り出しだ。こんな短い距離で渋滞も何もありはしない…と考えていてもやはりアクシデントに対する対策は考えておくべきである。そんなこんなで朝も早めに出たために出発から数分で女子勢は半数ほど寝ている。残りもほとんどウトウトしているようだ。特に助手席へ追い込まれている度会はぐっすりだ。他の奴も昨晩に何をしたのかは知らないが寝ている。こちらは女子が多く乗っている。他の野郎共が運転手をこぞって嫌がるために、実家で農業用のトラックなどを運転する機会がある俺と長期休暇によく実家に帰るため車の運転をすることの多い葉蒲が貧乏くじを引く羽目になったのだ。
昨夜、度会を泊めたが男としての色々を突き通し彼女には手を出さずに乗り切っていた。線引きは必要だからな。まったく、奴らは何を考えているのか……。度会がそのような肉食系で感情を押し出してくれるならば、お近づきになるのは簡単だ。だがこの子は押しに弱くて、すぐにグズる性格だという所が強い。俺の中で抑制が働きそんな彼女にはあまり手を出したくないのだ。相手からならば別だが…これも男としては色々引っかかるが、責任逃れはしやすいか。それよりも後から首謀者だろう来栖をとっちめてやる。
「で? 莉奈も寝てるし聞くけど……」
「何もねぇ」
「ふぅん?」
「お前らはバカか? 二十歳過ぎた嫁入り…」
「そう言う古臭い考え方してるから女の子が寄り付かないのよ」
「興味ねぇ」
「もしかしてあんた…ホモ?」
「はぁ……もうどうでもいい。もう少しで到着するからいびきかいて寝てる女共を起こす準備をしてやれ」
浜の近くにはご丁寧にバーベキュー場まである。前回ここではよく釣れたのだ。男組でテントやパラソルなどの設営をしている。俺はその中で釣竿を組立てている。砂浜だからリールの基部に砂が入らないように注意しながら全員分の竿を組み立てていた。
そこからは準々に女子勢も起き出し始め、残りは度会のみとなっている。度会を気にしているらしい来栖の視線がたまに俺へ向いているのには気づいていたがよくわからない表情をされるのは……なぁ。気になるといえば気になる。実家でもそう言う育てられ方をしたために周りの人の空気を基本的に肌に受けようとしてしまう癖が俺にはある。そこで面倒なのが俺はギスギスした空気や肌に合わないやつが近くにいると拒絶反応に近い物がでるのだ。悪寒などがいい例である。今回はそうではないが来栖はいつも笑顔や表情を変えて感情やその場の不備を隠すところがあり、そのあたりを見逃せないのだ。
「『あれって……』」
「あ? なんだよ来栖」
「なんでもない」
「そうか、暇なら餌の付け方教えるから釣りを始めててくれ」
「やり方は?」
「超簡単、キスは投げてあたりを待てば初心者でも釣れるよ」
「ん、了解。投げ方だけ教えて」
投げ方を教えると運動部の来栖は難なくこなした。重心の読みがうまいんだろうな。その他の女子もみんな釣りを始める。車の中では気温が上がると危ないため、熟睡中の度会をお姫様抱っこでパラソルの下まで運び、俺も釣りを始めた。ヤジが飛ぶがこの際、無視だ。
俺を含めた男勢は比較的重い遠投用の投げ竿だ。それをサイドスローで軽く振って、重りを飛ばしてあまり距離を飛ばさないようにしている。ここの浜は遠浅だがキスは藻場に多い。産卵にでも来ているのだろう。だから近くにあるアマモ場があるのであろう近くへと投げるのだ。そのため今回はかなり軽装な仕掛けである。女子勢の仕掛けには本来は磯や穴釣りなどをするための仕掛けをつけてちょい投げをさせている。餌をつけるのも彼女らはうまくないし時間がかかるためにゴカイを一つだけつけさせて軽く投げさせているのだ。まず、ゴカイの見た目がグロテスクらしいために大半が触れなかったしな。俺たちは半ば餌付け係りもしている。特に優しい葉蒲などは次から次へだ。
「ねぇ、城井」
「ん?」
「ホントに何もないのよね?」
「あるならしっかりお前を締め上げてるよ。そんでもって島流しにしてやる。昨日はいきなり度会を押し付けやがって」
「『気づいてない……』あんた、相当鈍いのね」
「あ? あいつがなんかしたのか?」
「気づかないならいいわよ」
そこに起き抜けで機嫌が悪いらしい度会が現れる。彼女用の竿は俺の持つものでも一番軽く振り抜き易すくて細いものだ。もちろん仕掛けも簡単。彼女が何をしでかすか解らないドジっ子ではないことは知っているが仕掛けが絡んで萎えるのは嫌だからな。俺たちも……それをほどくために走り回るのだけは嫌だ。従って度会は他の女子と同じ扱いである。それに、落ち着きのない奴らは既に竿を俺たちに任せて海ではしゃいでいる。今の温度ならば水は気持ち良いくらいだし海水浴にはいい天気でロケーションは最高だ。まぁ、ひとつだけ不安な要素はあるんだがここは俺の地元とは違い潮の流れも緩やかだからいいか。
大きいひさしの帽子をかぶって俺と来栖の間に座った度会はなぜかムッとした表情を崩さない。何なのだろう。そして、俺に視線を向けた瞬間になぜか赤面して竿をおいて、なぜか海へ走って行く。あ、転けた。……何を自棄になっているやら。
「答え、知りたい?」
「なんの?」
「あの子、多分あんたが寝てから何かしたのよ」
「は? 何でそんな事がわかるんだよ」
「はぁ…わかりづらいところにあるからねぇ。あんたがそういうタイプの水着? というかウエットスーツみたいなの着て来てて誰にも気づかれずに済んでるだけで…首筋、ちょい下側にキスマーク付いてるのよ?」
「?!」
「あとで確認してきなさいよ。これでわかった? あの子がどんな子か」
「……お前は何がしたいんだ? 度会のマイナスを明らかにするのは協力者として…」
「後々解ることでしょ? なら、今知っといてもらう方があの子にも傷は少ないと思ったの。ドン引きされて振られた時のね。私はあんたがあの子を幸せにできるとは思えないのよ」
面倒だ。実に面倒だ。俺の機嫌が一気に悪化したのを西寺居が気づき、野郎共が近づかなくなった。来栖も居心地が良いわけもなくその場を逃げるように他の女子がいる水際へと足を向けたようだ。
俺は数本の竿のあたりを見ながらキスが釣れた時はその場でさばいていく。機嫌がよかろうが悪かろうが俺の目付きはあまりよくない。従ってよく喧嘩腰と間違われた。傍迷惑だし俺本人としてもあまりいいとは思わない。ここにそれで喧嘩を吹っ掛けてくるイカれたやつはいないが……。
周りに気遣うべき人が居なければ考えを整理できる。野郎は大体が釣りをしているが皆もの思いにふけるように釣りをしていた。女子はあれくらいでいいし彼女の相手がある石岡はあれでいい。田島のアホさには呆れも来るがこの際面倒だから無視だ。
『はぁ……。上手くはいかないな』
それにまだ、昼時には時間がある。釣れに釣れたキスはやたらな数になりつつあり、乱獲レベルで釣れた。釣りをしているのは俺、西寺居、本寺、藤棚、宮上、璧田、梶、麻久田、葉蒲だ。人数もそれだけ居ればたしかに釣れる。他の奴に竿を預け、俺はバーベキューセットを組み立て、備長炭やら何やらをセットして肉やら何やらの食材もある程度の準備をしている。一人で居れさえすれば瞑想できたから今は少し気分も上向きだ。様々なことに関して考えねばならないことがある。それを消化しつつ今は周りに再び注意を向けた。昼時であることを告げて先に火を入れてから皆の集合を待つ。途中から手伝ってくれている本寺と俺の作業だが俺はやっていないという風に思わせるように足を抜き、本寺へと皆の注目を流すのだ。
目立つのがあまり好きではない俺はこのように逃げる。こういうのも本来社会に出るのには直さなくてはいけない物なのだ。自己主張がないと色々と不便でもある。だが、俺は基本的に自己主張の強いやつが嫌いだ。丸く収めて調和を目指す。その上で何かしら手を伸ばさなくてはいけないことも出るがそれは周りの人間も理解の上でのこと。それを理解できずに言葉を言葉として受け入れない人間が俺の大嫌いな部類だ。ようは話し合いのできないということである。
ここに居る友人の多くは俺にあわせてくれているのだ。そう言う意味で偏屈で偏った俺に何かを頼る反面、受け入れる姿勢をもってくれている。だから、なんとかこいつらとは交友関係をもっている。
「お前もやってただろ、城井」
「まぁ、途中までな。歩合は本寺のが多いだろ」
「そうか? それよか、大丈夫か? かなり顔色悪いぞ?」
「ん? あぁ、大丈夫だ。少し運転で疲れたんだろ。休めば治るさ」
田島念願の合コンのようなバーベキューパーティーが始まった。これに付き合わされたとなるとかなりイラつくがまぁ、いいか。釣りはできるし奴の目的はどのみち成就しない。お目当ての来栖はアイツのようなずぼらな奴を相手にしないからだ。解りきった話である。昔のことを思い出し少し暗くなってしまった。ストレスというか気持ちが一気に落ち込むと俺は顔に出る。それがこれだ。体調が悪いわけではない。……いいや、後々、このまま気持ちの面で回復しないと目眩などに襲われたりするけども。
そんなことはどうでもよく、俺もついでにキスをフライにしている。本寺の手伝いをしながら実はこれが食べたいだけだ。本寺は料理が上手い。それで俺たちもよくあいつのアパートで飲み会をすると気に釣った魚を文字通り酒の肴にするのだ。それの流れであいつの手伝いをたまにする。頼ってくれるのは気分がいいが今は心配されているようで心苦しい。本寺は俺の体調を気にしているようだ。
そんな俺の隣に度会が来た。この子もかなり感情の変化というか俺の表情に敏感だ。確かに俺は目つきは悪いし態度も悪いから口が裂けても優良な学生ではない。『劣等生』である。度会はその反面なんでも努力は怠らないし教授らの話では少しコミュニケーション能力に難はあれど『優秀』な学生だという好評を聞いたことがある。羨むことはなくもないが俺は…そこまでを求めていない。
「朱里ちゃんと何を話してたの?」
「……」
「私には言えないことなんだ」
「……度会」
「はい?」
「お前は俺のことをどんな風に見ているんだ?」
「え?」
「二度も言えるか……。恥ずかしいだろ?」
度会の肩越しに来栖の表情を見た。……あんな表情は見たことがない。アイツはいつだって明るく、多面性にことかかない楽しいやつだ。それが沈鬱な表情をする。そんなに度会を渡したくないのか。はぁ……度会には笑顔を返して本寺にも言伝てて少し横になりに行く。体調は何ともないが人間関係で疲れるのは御免だ。これだから周りに手を出しすぎるのはよくない。自分の能力よりも広い行動域を持つことはできないのだ。疲れてしまう。大学も三年目になりいろいろな粗も見え隠れし始めた。それだけに俺もアホはできない。こんなことをずっと続けていては昔のように極度の人間不信に陥る…いいや、それはあってはならないな。
気が利くというかそういうイロハのよくわかっている本寺が周りの奴にも伝えてくれたために今回は大きくならず女子もただ心配するだけにとどまり、俺は少し寝ていた。本当はこんなつもりではなかったのだがな。俺は精神の面でかなり弱い。とある理由があるが今は伏せよう。だが、そんな俺でも人並みに生活しなくてはならない。それ故に周りに迷惑もかけるだろう。誰かに迷惑をかけないなど不可能だ。それだが極力かけたくない。そう、願う。逆に、かけられたくもないしな。
「城井君は……いつも優しいですよね?」
寝ぼけている俺の頭上から細くて小さいけれど澄んだ声が聞こえてきた。長いサラサラした髪の毛……、小さな掌、細い太股……太股!?
「あっ…えっとその…大丈夫ですか?」
「大じょ……度会? 起きれないんだが?」
「絶対に逃がしませんよ?」
「度会? 何がしたいんだ?」
「さっきも私の質問をはぐらかして逃げちゃいましたよね? それに…私じゃなくて朱里ちゃんを見てませんでした?」
「そんな風に見えたか?」
「はい……。私は…入学式の日から貴方だけを見てきました。私は貴方が好きです。好きで好きで仕方がないんです」
「……」
はぁ……都合のいい話だ。上げ膳据え膳を用意していた来栖達の差し金だろうな。度会だけではここに来るなんてことを一人ではできないと思う。それに体が小刻みに震えている。勇気とかそう言った類いとは少し違うが何かを振り絞って彼女は俺のような奴に告白してきたのだろう。涙まで滲んでいる。恋愛なんてもうすることはないと思っていた。人間関係のこじれはこれも大きく関わる。友人間でのトラブルを引き起こす大きな要因になりかねないからだ。それだけに俺はそういう対象に見られないようにしてきたし、もともと愛想もなく目つきも言動も人柄も悪い俺は人に好かれる様な質をしていない。それにこんな都合のいいことがあるとすれば『天運』か何かなんだろうな。
神も仏も宗教も信じちゃいないが人間関係はそういうものとは違い、ロープや紐の様なものであると考えている。付き合いの年数や密度により太く、強固になるが、それ故に見えなくなる部分やほころびも増えてくる。それをいかにより合わせて修復し見ないようにしていくかが人間関係の……。
「度会」
「ひゃい!! あぁ…いたぁい」
「『舌噛んだな、今……』俺なんかでいいのか?」
「そんなに自分を卑下しないでくださいよ。城井君が知っている私はほんの一部です。付き合えるならお互いを深く知りたい……って思ってます。私がどんな子だか…解らないでしょ?」
自分の良いところなど考えたことなどなかった。それで好いてくれるならば受け入れたい。まぁ、いきなり深い関係は無理だ。度会よりも俺は弱い。かなり脆弱な部分がありそこはどのようにしても埋まらないだろう。誰かに助けてもらったところで変わらない。俺しか、変えられないことだ。だから、俺は他の人間より整理する。考えに考えてまとめてから放出するのだ。
目を閉じた俺の表情を覗き込んで来る度会に薄目を開けて答える。これも運としか言い様がないけれど実験班なども彼女は何度も同じ班になっている。さ行とわ行は学生番号順ではくっつくことは希だが、うちの教授は面倒なことに乱数表を使ってランダムに組む変態が多い。それの関係で彼女のことはよく知っているつもりだった。その彼女に『私がどんな子だか…解らないでしょ?』などと言われている。本当によく解らない。言い方は悪いが自分の中で動かしにくい不明瞭な者は蚊帳の外に出す俺だが…いいだろう。たまには冒険してやろうじゃないか。日陰よりな俺などに言葉を紡いでくれたんだ。覚悟を決めてやる。
「いいよ。付き合っても」
「はへ?」
「度会、そこは『はへ?』はないだろ」
「ご、ごめんなさい」
「謝る必要もないぞ。それから、俺を探るのは苦労するぞ?」
「いいえ、こじ開けます。絶対に!」
今時珍しい程正直で考えの前向きな子だ。ま、もしかしたらその分の強かな所も隠しているのかもしれないがね。それはいいとしよう。それよりも、外が騒がしいな。何だぁ? あぁ、田島のアホが玉砕したらしいな。酒の力なんか借りるからだよ。そろそろ本寺だけだと手が足りなくなるだろうから俺も手伝いに出る。食材などもまだまだあるし俺は横になっていた分の食い遅れもあるのだ。さぁ、どうしてくれようかな。
俺の顔色が良くなっていたらしく本寺が安心したように俺の座っていたところに通してくれた。その隣に度会が座ったのには驚いていたが何も言わない。こいつ程空気の読めすぎる奴は珍しい。まぁ、こいつのいけないところは割とキツく指摘するところとサボり癖のあるところなんだがな。そんなこんなで昼食を終えて馬鹿はほおって皆が好き好きに行動する。いつの間にか藍緋と石岡はいなくなっていたが……。それもほおっておいて俺は再び釣りを始めた。日差しの一番強い時間帯だから俺も休み休み釣りをしている。キスは夕方を過ぎると釣れなくなってしまうのだ。それまでになんとしても大量のキスを釣っておきたかったのだ。田島の馬鹿が釣りもしないくせして食い荒らしやがったのが事の発端である。度会はほかの女子達と水遊びに励んでいた。……やばい、あいつと付き合ってると周りに言ったらロリコン言われそう。
「で? 莉奈からは?」
「やっぱりお前の差し金か」
「付き合うの?」
「どっちだと思う?」
「アンタそういうところホントに意地悪いよね。だから嫌われんじゃない?」
「好んで人間関係を作らないだけだよ。まぁ、歩み寄ってくれる子を邪険にはしないさ」
「……」
「なんだよ」
「バッカみたい。あーぁ、惚気なんて言われるなら話さなければよかった」
? 話しかけておいて急に機嫌を悪くして何処かへ歩いて行く。あいつは俺と同じ水泳部のメンバーの一人だ。俺はこれでも一応、県大会へは中高の六年間全部通っている。まぁ、それ止まりではあるけれども。来栖の出身は確か関東圏だった気がした。どこで聞いたのかは忘れたけど。確かに泳ぎは上手かったし速度もある。それ以上に何も知らないが。そうだ、キスを釣らねば。
そこに、例により電話がかかって来た。固定電話?
『初めましてになるかな? 実際に君と個人的に話すのは』
「どなたですか?」
『桐生 統司の父親の桐生 統志郎と言う。これからよろしく頼むよ』
「正式な採用に関しては統司君を介してで申し訳ないのですがお断りしたはずですが?」
『……私としては君のようにそれに長けていて統括できる人材が欲しい。あとは君が「はい」と一言いってくれるだけなんだ。…電話越しでこちらも非礼を承知でお願いしている』
「ですから…」
『君が来てくれるならばご実家のことも私が取り次いでおじさんやおじいさんとも話を……』
「ざっけんじゃねぇ!! 他人様にはわからねえんだよ!! その上からな内容も気に入らねぇ!! 第一俺に得もねぇ!! もう、かけてくんな!! くそったれ!!」
……やっちまったぁ。
周りのみんなは俺が怒鳴るのが珍しいのと少々キツく罵ったことから完全に度肝を抜かれて硬直している。携帯電話を砂に投げつけてから気付き…皆に謝って少しそこから離れた。だが、今のも本心である。深刻な内容ではないのだが…家内事情が少しこじれてきているのだ。俺に解決できないことであることも事実で俺は所詮その家、母方の実家からは外孫の扱いであるために何もできない。それ故に外からのちょっかいはかなり敏感になっていた。最近の悩みは就職関連で職を検索し、祖父に小さな頃にお世話になったことから俺は一次産業に関わる職につこうと考えていたのだ。母の実家は農家である。それがこの学科に来た理由。祖父には農家は無理と何度も言われてきたが祖父の背中を追う事が諦められず『漁師』を目指そうと考えたのだ。
少し離れた岩の突き出たところで黄昏ていると来栖が来た。何故お前が? とも思ったがビーサンに薄手のパーカーを羽織って麦わら帽子というよく解らない見た目の彼女は俺の横に座った。自分の投げ竿と餌を少しもって来ているために釣りだけはできる。来栖は話しかけてこない。無言でただ居られるのもあまり気分もよくないし…気まずいのだが。
「何なんだ?」
「ん? 何も。あんなアンタ初めて見たからさ。怒鳴り散らすなんて珍しいじゃん。どしたの?」
「お前には関係ない」
「そう、それなら聞かない」
「?」
「知ってるわよ。あんたが極度に探られるのを嫌うのは」
「そうか」
「魚、釣れてる?」
「あぁ、さっき二匹クサフグを上げた。食えないけどな」
「何それ…(クスッ)」
この表情だ。いつもの来栖に戻ったか。まぁ、結果オーライ? だが、俺の問題は解決していない。俺は器用貧乏とも言えないくらい不器用だ。人間関係も繕う物が多い。こちらで安定して生活するために伝えない所もあるし伝えても差し支えのないところしか伝えていないのだ。一番知っているのは一年の入学生オリエンテーションで仲良くなった梶が知って居るだろう。俺たちは同じアパートで彼は真上の部屋に住んでいる。だから、話はよくするし、ご近所付き合いというかよくレポートも一緒にした。奴以外には知らないし伝えていない。ゲームの設定資料とその詳細を事細かに桐生のゲームサークルに上げているのは男連中は知っているがそれよりも細かい所は知らないのだ。
恥ずかしい限りだ。それに桐生の親父さんは俺の一部しか見ていない。結論からいえば俺は資料を集めてある程度自分の考えたプランに当てはまるように設定を組み上げているだけなのだ。だから、それがいいわけではなく他の皆の腕や頭が柔らかく行動力があるからこのサークルはこれまでシナリオ、資料担当が俺一人で回っていた。だが、先日にその関係で大きな歯車のズレがあり温厚でキレる事の少ない桐生がキレたのだ。あれは驚いた。
来栖にはそのことは語らない。言わなくてもいいからだ。まさか、大学を中退してそちらの道に行かないか? などと誘われているなど口が裂けてもいえないし、そのつもりもない。それを言っても何の解決にもならない。俺自身が決めていかなくてはいけない変化だ。それが俺の未来を大きく左右する。それに、俺は弱い。自信が持てないのだ。それで食える訳ではないとも思っている。
「ねぇ」
「ん?」
「キスってさ。気持ちいいと思う?」
「お前はなんてことを口走ってんだ? 痴女認定するぞ?」
「いいよ」
「は? 何言って…」
来栖が何がしたいのかわからなかった。
俺は動く事ができず二人分の体重を支えきれずに、ついでに竿も一緒に海へ落ちた。ずぶ濡れで竿をたたんでから真水で洗いながら俺は空っぽの脳味噌をフル稼働する。こういう時にパニックに弱い俺自身を恨む。上手く頭が働かないのだ。来栖も引き上げてからは隣に座らず少し距離を置いたところに腰掛けていて口を開かない。正直、今日の一日で俺の頭の中の処理能力は限界値を超えていた。度会の事、来栖の奇怪な行動と彼女の内面がどう動いているのかを考えざるを得ないのだ。それに、来栖と度会は協力関係ではないのか? あぁ、訳が解らない!! 脳ないはパンク寸前。投げ竿はたたんだために釣りに向かなかった荒神 琴乃と小此木 琉香納の使っていた竿を使い、やはりキスを狙う。
「ねぇ」
「ん?」
「正直、アンタが怖い」
「は? そっくりそのままお返ししましょうか? そのセリフ」
「……もっと、おどおどすると思ったのに。うん。決めた」
「何を?」
「アンタには解らないわよ。多分、ふふっ」
そして、俺はキスとワタリガニ、イシガニ、マゴチ、ネズミゴチ、マダイを釣り上げ、他の野郎共も上々の戦果を上げた。中でも、西寺居に至っては40センチオーバーの黒鯛と60センチオーバーの真鯛、20センチオーバーのキスを数匹釣り上げるなど高戦果だ。俺は割と小さなキスを大量に釣り、あとはかなりおお振りで身入りのいいワタリガニがたくさん釣れたから満足だ。他もたくさん釣り上げたが、まさか宮上が大きなアカエイを釣り上げるとは誰も思いもよらなかったが……。ちなみに、完全にネタ要員かしてしまった田島は戦果なし。俺としてはバチが当たったのだと思うことにしている。
そして、夜も更けていく。酒が入ると女子勢がハイになりすぎてしまい、めんどくさがりな俺や本寺、西寺居などは投げ出し、夜釣りを始めていた。餌のゴカイが昼間では消費しきれなかったのもある。思った以上に女子の飽きが早かったのが原因だ。どうせ、明日にはゴカイは死んでしまい餌としての役目を果たさなくなってしまう。なら、残酷ではあるが今のうちに使うしかない。無駄に殺すのもなかなか気分は良くないがな……。俺や、本寺はぶつくさ言いながら釣る。快挙の西寺居はヘラヘラしてやがる。このやろう!!
「あんなデケーの釣りやがって…くそぅ」
「まさかあんなの釣れるなんて思わなかったよ」
「ニタニタしながら言うんじゃねぇ。腹立つな!」
「ケラケラ、城井もむっちゃカニ釣ったからいいだろ?」
「ん? あぁ、まぁな」
「どうしたんだ?」
「いや…」
「昼のことは気にするなよ。みんなびっくりはしてただけでそれ以上は何も言わなかったし」
「悪いな、フォローありがとう」
「いいって、無理はすんなよ?」
その時、俺は見てはいけない者を見たのかもしれない。昼間に俺が逃げたバーベキュー場の端の方にある場所に来栖と度会が二人でいたのだ。あの構図ではどうも言い争いである。だが、俺が手を出していいものなのか? 解らない。だが、なんとかする必要はありそうだな。
足はそちらに無意識のうちに向いて居た。