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シナリオや物語を考えているとよく思う。人生についてやり直したいことなんてごまんとある。
あの時こうしておけば、あの時は免れられて今はこうしてなかった。……のだと。
しかし、それはありえない。ゲームとストーリーは違う。セーブポイントもしくはその場で保存の効くデータではない人生は限りなく一方通行だ。それでも時たま垣間見る過去で人間はやり直したり挫折して消えていく。そういう意味では小説や物語というのが正しいかも知れない。人間関係やこれまでの経歴はステータスとして自身の心や体に保存され、そのステータスの一部は忘却により削除されて成り立つ。すべての経験値は蓄積しない。してきたこともいずれは忘れうる。
それでも、いつでも見返せる過去の物語を作る事が人間の文化で……。
『城井ぁ、シナリオかけてるか?』
「……」
『その様子じゃ進んでないね』
『どうせ、絵師の奴らに急かされてイライラしてんだろ』
「聞かなくても解るなら聞くんじゃねぇよ脳無しが……」
『おうおう、随分ないいようだねぇ』
「桐生…お前も罵倒されたいのか?」
『本庄君みたいにドМじゃないから遠慮するよ。でも、悩んでるね。スランプ?』
「かもな」
ノートパソコンに男性にしては高い声域の音声とこれぞテナーと言える澄んだ響きの声が通る。咄嗟に鞄の中から携帯電話にさしてあるイヤホンを抜き取り、小型のノートパソコンのジャックに差し込む。明瞭に鳴る彼らの声だが、彼らの業務連絡も今の俺には意味のない戯言になってしまう。
俺は今、人生の転機を迎えていた。それは誰しも避けては通れない一般的なことだ。けれど俺は本当に手詰まりだった。いろいろな内容を孕んでいるが…俺には後も先も少ない。人生の分岐が間近であり折り合いをつけねばならない。目が回りそうだ。
『珍しいな。お前がこういうことで詰まるなんて』
「そうか? ちょくちょくあったろ」
『……』
『どしたん。統司』
『城井君。何か悩みがあれば聞くよ?』
胸が痛むという痛覚さえ俺にはもうなかった。人間生活を舞台にしたストーリーの編集。それは俺がこれまで出会ってきた友人達と作り上げるはずのモノ。しかし、俺は今、完全に停止していた。解らないのだ。自分がどの様な道に進んでいくべきか。興味本位で色々なモノに手をつけて多趣味なのはいいと言われる。…俺は『中途半端』なのだ。
何をするべきなのかも解らない。それを決めていく度量も何もない。基礎がなければその上に築かれた城は脆くも崩れる。俺は虚実を自分に信じ込ませてこれまで生きて来た。だから、『あるようで無く。無いから進めない』…決め付けるのが得意なのだ。
……それだけではないのかも知れないが直接、馬鹿な自分に問いかけたところで言葉は跳ね返らない。暗く何もない穴に吸い込まれるように……疑問は疑問を生むように跳ね返ってこない。何もないこと自体が本当の恐怖なのかも……知れない。
テストが終わり図書室の最奥で作業を進めて居たのだが遅々として進まないシナリオの増設や細分化を待つシステムエンジニアの本庄 徳親やシナリオからゲームの組み上げを行うプランディレクターの桐生 統司との業務連絡を打ち切り、目を閉じて背もたれに持たれて溜め息をついた。そんな時に頭上から能天気な声が降ってくる。誰かは直ぐに見当がついた。
「城井ぃ。釣り行こうぜ」
「ん? あぁ、いつ?」
「8月の一週目のどっかでさ」
「また急だな」
「おう、どうせ暇なんだろ? いつもお前から誘いあんのにないからよ。たまにはな」
「了解」
逃げることは否定や絶望とは限りなく近い比喩をされるも全く違う。『逃げる』と一括りにしてしまえば範囲は広い。けれど考えようによっては進路の迂回や変更は『回避』のと同じであり一般的に下向きな心情として受け取られるが逃げて次の機会に繋げる上向きな傾向とも取れる。それではその回避するべきものか、または違う物かの判断はどこでするか考えたことはあるだろうか。今、俺は自問自答して帰らない答えに悶え苦しんでいる。時間は迫るのにな。
最近はテストと実家で勝手にかさむ重圧、学校での事やこれから俺がこの付き合いに関して…どこまで食い込んでいられるかというあたりでだいぶまいっていた。人間関係に疲れたとかならば普通にそいつらとの縁を切ればいいのだが基本はそうも行かない。なぜならここは地元ではない。周りは見知った人間だけではなく学校の関係で縁を着ればここでは孤立しかねないからだ。ひとりでも構わないが何かと友人はいたほうがいい。
「どした? 顔青いぞ?」
「元々だよ。大丈夫だ」
「そうか? やばかったら言えよ?」
体調が悪い訳ではない。ただ、ストレスや気持ちの面で落ち込むと人間には顔に出るというSOS信号を放つように作られている。神か何かが作ったのだろうが…なかなかどうして不便で仕方がない。誰にも知られたくないことくらい在るだろう。多いか少ないかな差だ。
前期の期末試験を終えて俺や同じ学科の友人たちは気晴らしに釣りに行くということだ。釣りは物思いに耽りながら糸を垂らせるから俺は好きである。釣った魚は旨いし、時たま嬉しい驚きもあるからなおさら好きだ。昼から夜にかけて離島に向かい、砂浜で魚を釣るらしい。
そんな会話の最後に見知った女子学生が食いついてきた。短めの髪をさらにカチューシャでまとめあげているデコっぱちというイメージの強い奴だな……。その後ろにはさらに小さな子がいる。この子はなんというか…怯える小動物みたいな子で黒髪のストレートの長い髪の毛は目立つ。悪く言えばサ○コ
だ。
「何々? どっか行くの?」
「お、食いついたな。テストも終わったし釣りに行こうって話だよ」
「へぇ、いいじゃない! 莉奈も行こうよ! 海行くんだって!!」
「え? あ、え? 何?」
「またボーッとして…田島たちが釣りに行くんだって! いい機会だしアタシらも行こうよぉ」
……。
話が大きくなりだしたなぁ。まぁ、いいか。今はゆったりとしていたい。せっかく田島が企画してくれたし行かない訳には行かないしな。
基本的に俺がみんなの顔色を見ながら予定をいつも組んでいた。しかし、たまたま波が来たために少し瞑想していたためか心配したこちらの友人が気を使ってくれたのだ。気遣いはありがたいが……。まぁ、いいか。
今日は7月最終日。明日は8月1日である。ネットの無料小説投稿サイトを利用し地元の友人たちのゲーム作成サークル用のシナリオを進めている。そんな間にも友人がプランを組んでくれているだろう。田島や西寺居、本寺、麻久田などのいつもの釣りのメンバーと学科の女子が話す外側で俺の割り振りを待つ。入れ替わりでメンバーは変化するも今回は皆来るらしい。
「チャンスじゃん。莉奈ぁ。城井来るらしいよぉ」
「し、城井君も来るの?」
「おう、さっき誘ったよ。来栖は何人か女子を誘えるか? さすがに花がないとな」
「なぁにぃ? アタシらだけじゃ不満なのかしらぁ?」
「お~怖ぁ。比率だよ。明らかにムサいだろ?」
「そうねぇ。聞いてみるわ」
たまには誰かに任せるのも有りだな。
山城のようなこの大学の正門から見て裏側に位置するそこは俺達、海洋学部の根城だ。海洋学部……それは読んで字のごとく海に関することを学ぶ場所である。俺は『海洋学部水産増殖学専攻水産資源管理学科』の学生だ。長ったらしい名前だが簡単には……捕りすぎたり、環境…主に水質悪化や変化によって減衰傾向にある魚種を養殖し、一定の尺度に達した物から放つ、『栽培漁業』の振興を目的に創設された学科だ。他にも様々な分野がある。何も海産だけではない。
先程の田島 英祐は『水域科学物質研究専攻水域環境保全学科』。次に西寺居 雅臣は『海洋微生物学専攻微生物学科』で本寺 尚一は『水産増殖施設管理専攻水産資源管理学科』だ。このように様々な小単位のゼミがあり教授も多い。
全員を一度には言えないから追い追い追加していこう。
「『し、城井君…来るんだ。』……」
「どうした? 度会」
「ふぇ?!」
「莉奈ぁ……。ま、城井も城井か。ねぇ! 城井ぃ。釣りがメインならさぁ竿とかはどうすんの?」
「竿がないやつが何人かを数えたら俺達で余分を貸すから安心しとけ。田島に話しとけば動くさ」
「さっすが城井。頭働くなぁ」
一瞬でとなりのデコっぱちの後ろに隠れる小動物系女子と隠れられて呆れれている飼い主系デコっぱちは俺にも呆れと取れる表情をする。そこからは実働的な話をされたために今回はホストとして働いて居ない俺は一応の説明をして田島にホストとしての総括を頼んだ形になる。
そんな俺を軽く嘲るようにおだてる田島に軽く返事をして携帯電話のホーム画面から通信用のアプリを開いて釣りに関連する友人たちを集めたトークボックスの中に連絡を打ち込んだ。
田島が決めた日時で動くらしい。一泊二日で浜の付近にテントを張ってキャンプの真似事をするなどという。何とも話が大きいなぁ。最初は釣りだけだったらしいのだがかなり集まるらしく浜もほぼ貸し切りレベルで使うらしい。その旨を皆に伝令として伝えたのだ。レンタカーなどの配備や借り物などは田島の顔が利くらしい。
「で? キャンプ大会は何人で行くんだ?」
「メインは釣りだぜ! 釣った魚とその他でバーベキューだ」
「バーベキューがメイn…」
「野郎は俺、城井、西寺居、本寺、麻久田、宮上、石岡、梶、葉蒲、璧田、藤棚で11人でだぞ」
「乙女組はね。アタシ、莉奈、紫神、琉香納、聖、琴乃で6人だよ」
「約20人か……」
学食で集まりながら話して居ると続々と集まる。まずは西寺居と本寺のコンビに璧田と麻久田が一緒の四人が加わり、次に藤棚と葉蒲が野郎の最後は宮上の数分後に石岡と彼女の藍緋 紫神が現れた。女子勢は残り三名が連れ立って現れた為に集まりは早く助かった。手早く準備をしていたらしい田島のお陰で8月の2日に出発、現地に到着の予定で3日の夜に帰るとのことだ。車やその他も準備万端らしい。妙に早い……。
「前々から準備してたのか?」
「まぁな。できるなら楽しく行きたいしよ」
田島のプランを一時的に作ったトークボックスに全員が入ったことを確認してから俺が概要を軽く文書化した物を張り付けた。天気や潮流も悪くないために上手く行くだろう。そこから田島からある程度の説明があり皆が解散し思い思いの場所に足を向けた。
俺達、水産資源管理コースの学科は実習が多くかなりキツい。しかし、うまいことくぐり抜けられるように手をうち、行けるように取り計らってもらったのだ。他のコースも何かしらがあるのだろうな。それに藍緋以外は確か女子寮のはずだし……。
俺も大学の近くにある街のアパートで一人暮らしだ。通学も原付などは使わずにおとなしく学校の運行しているバスで動いている。それだから俺も周囲の男子学生と石岡と藍緋の二人を含んだいつもの顔ぶれと共に帰宅した。携帯ではなく俺は基本的にソナー社のスタートマンという音楽や動画を扱う端末を使う。自分の世界で瞑想するのもたまには必要なのである。そんなこんなで部屋で荷物を下ろしてからトークアプリのマインに新着があることに気づけなかった。
「……メッセージ? 度会から?」
度会は水族館の関連であるアクアマリンコースの学生だ。あちらは学芸員や海獣の飼育士などを目指す組みと魚などの生理学や病理学を学ぶ組みに大きく別けられている。あそこは入るのが大変なはずだ。
まず、この学校の学部にも大きく偏差値の変動があり平均的とは口が裂けても言えない。この海洋学部は最近の理系ブームの影響でかなり人数が増えている。それでももともとの求人の少ない水族館や博物館関連などは伸びるわけもなくあそこだけは倍率も高めだ。だから彼女、度会 莉奈はけっこな秀才or天才となる訳だ。ま、どう考えてもこの学校に来てるいじょうは秀才だろうな。この学校は滑り止めにも使われるし。
それは何でもいいが度会はいきなり家に来たいなどとコメントを打ってきた。携帯に手をかけて通話機能を選択して要件を端的に聞こうと試みたのに……。
「ふぇぇっぇぇぇえ?! 朱里ちゃん!! どうしよう!! 城井君から着信きちゃったよぉ!!」
「お、落ち着きな…」
「朱里ちゃんが変な事するからじゃない!! 少し釣りの事聞きたいだけだったのに…」
「えーめんどくさいじゃん。ついでに聞けば? いろいろ」
『それから普通に通話は接z……(ツー…ツー…)』
「あ」
「あんたねぇ」
それから寮生の二人が降りてきた。学校の山城に住んでいるお姫殿達のお相手は基本的には面倒なために御免被るわけだが今回は直接に俺へ伝令が来たために回避の使用がない。半分涙目の度会とそれを背中に隠すように前進する来栖 朱里と共にまずは俺の部屋ではなく涼しいファミレスへ入って内容を確認する。
とにかく俺に向かって視線を合わせようとするが、すぐに落としてしまう度会がああでは話にならないのだがまずは来栖を通訳にする。どうやら最初の俺の部屋へ来たいという発言は来栖が度会になりかわり飛ばしてきたコメントのようなのだ。それは別に何でもいいが行くのは明日をはさんで次の日だから何か買うなら急がなくてはいけないのだが。
「うぅ……」
「あはははは……」
「で? 何が聞きたいんだ?」
「ひぅ…」
「お、おい…」
「あぁあぁ、城井は目つき怖いんだからあんまり威嚇しない。まぁ、アタシの無茶ぶりで莉奈も来ることになったんだけど。アタシら釣りなんてしたことないのよ」
「あぁ、そのことか、それは当日教えるし何ら問題ないよ。それよりも餌を触る事ができるかが俺的には大問題だけどな。それも追々だな」
「じゃ、ほかに買っとく必要ある?」
「基本的には濡れてもいい服と日焼け対策、水分、帽子、ビーサンさえあればなんとかなるがあとの尺度はそちらに任せる」
来栖と会話を進めていく中でふと度会の視線に気づいた。何か求める様なあの視線には誰も勝てない。かなり無慈悲なやつでもない限りは勝てない気さえする。うさぎに見つめられた気持ちになった。そこで俺も考えを回し度会に会話を回した。子供っぽいというかかなり小柄で顔立ちも童顔なことから年齢詐称とも取れる彼女、度会 莉奈に視線を移すとドリンクバーで取って来ていたメロンソーダを勢いよく吸いながらうつむく。
こういうものは慣れっこだがこれでは会話を繋げる事ができない。そこで少し意地悪な手を使い無理やり度会の口を開かせる。何度聞いても本当に蚊のなく様な細くて小さな声だ。これはわかりにくい……。
「…俺、なんかした?」
「?! い! いえ!! 何もしてないよ! 城井君は悪くないよ!!」
「ならよかった。度会からは何かあるか?」
「え、えと。濡れてもいい服って水着とか?」
「まぁ、それでもいいが水着だけはやめとけよ。上にシャツ羽織るとかしないと度会は運動部の来栖と違って色素が極度に薄いし。だだれてからじゃ遅いからな」
「悪かったな! 色黒で!!」
「お前は健康的なくらいだからいいだろ。ま、今の海の温度なら少し冷たいくらいできもちいいと思うしそれがいいと思うよ」
「へ?」
「水着のこと。周りにも言っとけば?」
何故そこで赤面する。となりの来栖はニタニタしていてかなり気持ち悪いし。顔には出しても口から出すのはやめておこう。それはいいとして俺も準備しなくちゃな。この前に釣りに出てからはテスト三昧で室内も片付いていない。そして、そこで秀才の度会から質問が来た。釣れる魚の質問らしい。当然と言えば当然だが魚も釣れる物も場所も時期も海は繋がっているとは言え環境によって変わる。今回は以前に俺たちが大量に釣った場所だからリサーチは万全だが何分初めての女の子だしな。それを聞くのは当然か。
もっと言えばあの子の小さな手と細すぎる程細い…いや正しくは肉付きなどは標準に見えるけどあの子が小さすぎるだけだが……。その女の子に俺たちの使う遠投用の投げ竿なんかは降らせるわけには行かない。竿に振られるだろうな。容易に想像できるしこの子はたまたま見たところでは相当な運動音痴だ。目を離せないのだろう。来栖は水泳部だし何とでもなろうがとにかく今は度会だ。
「どんな魚釣れるんですか?」
「シロギスかマダイの小柄な物が多いかな? 時たまネズミゴチとかマゴチもかかるよ。それのゲドウでたまにワタリガニ、イシガニとかもかかるかな」
「いろいろ釣れるんだね」
「ほぉ」
「だが、多方はシロギスかな。他はあまり釣れないが今はそんなもんか。キスもそろそろ時期が外れはじめるから多く釣れるかは解らないし。今回は田島がキャンプ大会にしちまったことだからな。夏休みも関係してるしハメ外さないようにしような」
来栖を見て言葉を投げると予想通りの反応に半ば呆れてしまった。それは何でもいいがもともとは釣りの予定がこれではじっくり考えることはできなさそうだな。それでも気分転換にはなるか。先ほどから度会は無茶苦茶何か考えてるし…何を考えてるのだろう。そして、携帯を掴んで何かに祈るような新手の儀式でも始めたのかと思うほどにオーバーリアクションをしながら恐らくマインを使って誰かと会話しているのだろ。…俺と来栖は呆れて冷や汗が出てきたが。俺たちの視線と表情に気づいた度会は赤面してしまい一気に空気のぬけた風船のように突っ伏した。
それを笑いながらその場を解散した。代金もそれほど高くないために俺が持ち、そのまま俺はアパートへ帰る。思えば女子とああやって話すなんていつぶりだろうか。めんどくさくない来栖だったからまったくもって疲れはしなかったけれど…はぁ、キャンプ大会の日は疲れるだろうなぁ。そんなことを考えながら自転車で走る。気分転換だな。部屋に帰っていい加減ゲームの設定を検討し直さなくてはいけない。クリエイトチームの連中に上げたサンプルレベルの特設ではバランスがグダグダなのだ。モンスターを狩猟するゲームが流行っている今、俺たちもそれに乗っかる。メインディレクターである桐生は親父さんがゲーム会社の社長だ。俺はそれのただひとりのシナリオライター。重い。仕事量が濃密すぎるのだ。
「莉奈ぁ…あそこは好みとかいろいろ聞かなくちゃ」
「で、でもね? 今日やっと城井君としっかり話せたんだよ?」
「あれ? 話したことなかったの?」
「う、うん。しっかりとは…ね」
「はぁ、莉奈……。明日の予定聞いといてあげるから明日は城井と一緒に水着買いに行くわよ」
「はえ!?」
「奇声を上げない……。だってあんた。あいつが好きって何年前に言い出したのよ。大学入ってからずっとでしょ? 今まで話した事ないって逆に信じらんないんだけど」
「うぅ…」
「ってことで。ガンバっ!!」
午後の五時半を回り軽く飯も済ませてパソコンと向き合う。
唐突かも知れないが俺の概念ではストーリーとシナリオは違う。ストーリーは物語全体ではない。語られる部分だ。シナリオというのは外伝やその他の登場人物や使われる物品に至るまでのすべてを含んだ膨大な設定資料だ。アシスタントの一人も居ないこの状況はきつすぎる。それにこのゲームはまだ作り始めたばかり。俺以外の優秀なメンバーのせいで俺の仕事は重圧がかさむ一方である。それでこの前も大きなトラブルがあったばかりだ。これでも最速の状況で続けているのだがな。
今回のシナリオは……。着信? 誰からだ? 来栖? 聞き忘れでもあるのか?
「もしもし」
『もしもしぃ? 何度も悪いねぇ』
「構わんが今度は何だ?」
『城井さぁ、明日空いてる?』
「空いてるといえば…」
『へぇ、んじゃさ。莉奈の水着選ぶの手伝ってくんない?』
「は?」
『うわ…。今の本人だったら泣いてるわよ? あの子初めてのこういう場だし男ウケする水着なんてないらしいしアタシも男いないからさ。手近であの子が怖がらないのあんただけなのよ。お願い!!』
「はぁ……どうせ拒否権はないんだろう? わかったよ。何時だ?」
『明日の10時に浜崎のイノン前に来て』
「了解」
なんともはや……。
さて、仕事に戻ろう。一つでも進めないと終わりも見えない。コスチュームなどもある程度は絵師と相談して決めてあるしゲーム内の地方や設定もある程度だが出来た。それに、今回のゲームはインターネットの課金制ゲームとなるかも知れない。次々にイベントを組み込める体制を作らなくてはいけない。余計にめんどうなのだ。俺はもともとそう言うシナリオの仕事をしていた訳ではなく、漫画や絵の題材を文章で書きおこしてまとめるアシスタントの立場だ。そういう意味ではなおさら過密な職務内容なのである。
『リアル・リアル・メモリアル「フォーチュン」』その様なタイトルのゲームを作る。様々な種族、文明、フィールドの特異性などを盛り込み、プレイヤーの順応力によりプレイスタイルも大きく変わるゲーム内容だ。細かい内容は後にも現れよう。今は武具の問題とゲームでありがちなフレンドリーファイアの問題を検証している。俺の管轄は直接ゲームの首脳部であるディレクター達と直結していることからかなり繊細な立場で守られている。次は武器だ……。
「じゅ、朱里ちゃぁん」
「今更逃がさないからね? あいつの事好きなんでしょ?」
「う、うん」
「うじうじしすぎなのよ。もう二十歳も超えてるんだししっかりしなさい」
「は、はい」
設定をまとめる内に既に太陽は見えずカーテンを開けて窓から確認すれば街並みは黒く沈んでいるではないか。そろそろ奴らからの通信が来る頃だ。首脳部と通話しながらの調整を加えるのだ。それをしないとかなりの問題がある。早期に組み上げてデバグなどをしないと納期などはないにせよ今回は本当の実益の生むのだ。あまり簡単には行かない。本庄本人は国外にいることから通話しながらでなければなかなか上手く行かないこともあり今は書きながらやつからの通信を待つ。
それから五分とせずに本庄と桐生のセットが通話を開始してくる。データを奴らに見せると声を揃えてたたえてくれるが一般大衆に受けるとは思えない。その程度ではまだまだなのだ。ゲームバランスの関係で遠距離からの攻撃と近距離からの攻撃のバランスがつけづらいこの様なゲームは本当に面倒だ。特に遠距離の銃器や魔法を扱う職と近距離の剣や大槌、槍などを扱う職とで格差が大きい。大型のサーバーで複数の人数が巨大なモンスターを討伐するゲームは処理などの関係もある。そこは俺の畑ではないから口を挟まないがこの書案では没だろう。
『やっぱり、職業安定させにくいよね』
「あぁ、種族との組み合わせも考えて多めにしたんだがな」
『俺は悪くないと思うぞ? これで一度…』
「絵師がうるさいんでな」
『あんな奴らほっとけ。お前のがパンクされたら困る』
『本庄君…。でも、確かにグラの関係はまだなんとかなるにしても設定とシナリオを手がけるメンバーに抜けられるのは手痛いね。今回はプランナー組でなんとか考えてみるよ。城井君は少し休んでて。設定はある程度の数を組み込む前提で考えてもらうからさ』
その夜は長い事高校時代の話で盛り上がり、同時にゲームの編集や愚痴などを話しながら12時を回り気づけば三時だった。システム関係の会社の仕事も並行しているはずの社会人の本庄は予定もあるし、俺も明日は少し予定がある。桐生も大学の集中講義やこの後にインターンシップがあるらしく皆、各々の予定で通信を切り上げ、俺は少しベランダに出て外の空気を吸ってから部屋に入った。布団に横になってもどうせ寝られないのだろうから少々本を読みながら午前四時に……就寝した。
『あぁ……。俺は何がしたいんだろうか』