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閑話 フルーツカクテル

※事後描写あるので注意

 白いテーブルクロスの上で、トリィは気怠げな息をこぼした。

 皿からこぼれてテーブルの上に転がってしまっていた真っ赤なミニトマトを一つつまみ、口に放り込む。


(あー、野菜はやっぱりいいなぁ…)

 くどさのない爽やかな酸味と甘み、それと水分が、疲れた体に沁み入る。

 少し体力が回復したので、次は手を伸ばして、宝石箱のように綺麗なフルーツカクテルを引き寄せた。

 久々に本格的にギシギシいう身体に鞭打って、なんとかうつ伏せになると、行儀は悪いがそのまま手を器に突っ込んでフルーツを掬い、口に運ぶことにする。


(…っはー……生き返るわぁ)


 やっぱり俺って果物、好きなんだなぁと再確認できる美味しさだ。






 どうぞお好きなだけ、とは言ったが、まさかあんなにがっつかれるとは思わなかった。

 色事に縁の遠い生活をしてきただけに、ちょっとびっくりした。

 似たような境遇で育ち、特にこの5年間なんてほぼ同じ生活をしていたのに、いったいどこでこんな差異が生まれたのか、本気でわからない。


 トリィは性に対し淡白だ。経験は二度ほどあるが、どちらも拷問訓練の一環として強制されたもので、望んでしたものではない。


 トリィのように細っこい子どもは、戦場では力でねじ伏せられて、そういう道具のように扱われることもあるらしいが、なにせ、そこは、トリィだ。腕っぷしが強すぎて手を出されたことがない。

 トリィの連れであるバッシュも同様だ。

 バッシュは顔の造作が整っているから、そういう意味ではトリィ以上に目を引いていたが、何しろ後ろにいるのがトリィだ。手を出したくとも、手を出せない。

 傭兵業OFFの時も、トリィとバッシュはいつも一緒に教育と学習に明け暮れていたので、互いにそういう相手がいないのもよく知っている。


(隠れてエロ本でも見てたんかなー?…あぁそれともガラの悪いのと何回か仕事組んだから耳年増になっちまったのか?)





 まあ、とにかくすごかった。食い散らかされたなんてもんじゃない、骨までしゃぶられた気分だ。


 初めにここで喰われて、どろどろんなっちまったからシャワー行こうぜっつって風呂場に行ったらそこでまた喰われて、もうとりあえず今日は寝ようって言って寝室に行ったらまたまた喰われて、明け方近くに腹が減ってテーブルの上を物色してたらそこを見つかってまた喰われた。



(あー…腹減った……)



 恐ろしいのは、まだ喰い足りないという顔をされたことだ。

 あいつの身体どうなってんだ。


 いい加減疲れたし腹が減ってどうにも気が立ってしまい、脇腹に一発蹴りを入れて朝食を要求してしまったのだが。

 それがなければ今も絶賛捕食中だっただろう。


 まぁ盛りのつく年頃っていうしな。しばらくしたら落ち着くだろう。それか、もっと他に良い相手ができるかもしれない。

 それまでは家族として、育ての親として、しっかり受け止めてやろう。


 幸いトリィは性行為に夢も希望も、ついでにいえば、興味も関心も抱いていない。肉欲込みの恋情や愛情を抱いたことがないのだ。もちろんバッシュにもそういう感情は抱いていない。肉欲を抜いたあらゆる愛情は持っているつもりだが。


(でも気持ち良かったなー)

 性的な快感を得るなんて初めてじゃなかろうか。

 ハマるか、と聞かれたら、たぶんハマりはしないだろう。アルコールも薬物も、およそ中毒になるようなモノに対する耐性が高いのがトリィの長所だ。

 でも、バッシュが幸せそうで、楽しそうで、キラキラ(…いやあれはギラギラだな)してたから、求められるうちは、「はい、どうぞ」と差し出してしまうんだろうなぁという予測が簡単に立ってしまう。



(早く、飽きるか他が見つかりますように)


 じゃないと、体が保たない。

 ただでさえガタガタだっていうのに。


(できるだけ長生きしないと、悲しむだろうしなぁ)


 昨日、今後の事で相談もあったのだが、話す前に徒らにバッシュを煽ったのが間違いだった。


 指についたシロップを舐めとりながら、トリィは、はふぅとため息をこぼした。






 白いレースのカーテン越しに、部屋の中に明るい日差しが差し込んでいる。

 大きなテーブルの上。

 乱れたテーブルクロスの上に寝そべり、気怠げに指に舌を這わせる人。

 細い体を申し訳程度にタオルが覆っている。体中に鬱血の紅い花を咲かせて、猫のようにちろりちろりと舌を覗かせて丁寧に指を舐めている、おいしそうな人。


 バッシュは飛びつきそうになる己を必死で抑えた。

 数回深呼吸をして、衝動をやり過ごす。

 あれだけ貪ってまだ足りないのか、と自分の貪欲さに呆れる。


 でも、正直に言えば、足りない。まだ、全然。


 しかし、トリィの一蹴りで淫蕩の時間から目覚めたバッシュは、朝食を作りながら、トリィの負担を思い猛省したのだ。



 トリィはバッシュの何十倍も何百倍も我慢強いけど、体は華奢で脆い。たぶん成長途中のバッシュよりもずっと弱い。

 だからバッシュが求めれば、持ち前の我慢強さと底無しの慈愛でもって、いくらでも受け入れてくれるだろう。だが、体は無事では済まない。


 今迄は、バッシュが行き過ぎた行動をとった場合、トリィが容赦無く叱って行ないを正してくれた。

 でもそれは、トリィの知識と経験がバッシュよりも多かったから、先達としてアドバイスを与えていたにすぎないのだ。



 しかし今回のコレ、は。


 …トリィの知識と経験は、バッシュと大差ないような気がする。

 はっきりそう、と聞いたわけではないけど、バッシュの要求に目を丸くしたり戸惑ったりする姿を見るにつけ、そう確信せざるを得なくなった。トドメは、うっかり溢れた喘ぎ声に驚いて、口を両手でパチンと塞いでしまったところだろうか。トリィの真っ赤な顔を、バッシュは初めて見た。それでまた暴走してしまったのだけれど。


 とにかく、トリィは初心だった。

 事後、あっけらかんとしていられるのは、本人の性格であって、慣れているからという感じではなかった。

 つまり、こと、性行為に関してはトリィからのお叱りや忠告、アドバイスはもらえないものと思った方がいい、ということだ。

 バッシュが、自制しなければならない。

 トリィの体を守れるのは、バッシュだけなのだ。バッシュの意志にかかっている。




「トリィ、ベタベタ」


 バッシュの姿を認めると、トリィは少し頬を膨らませて文句を言った。


「しょうがないだろー、スプーンもフォークも床に落ちてるし。めちゃくちゃ腹減ってんだよ」


 ベタベタなのは、シロップまみれの手だけではないのだが、トリィはそっちの方はもう忘れているらしい。



 死ぬほど強くて、優しい、バッシュのたった一人の神さま。


 バッシュに体を許したのも、バッシュに劣情を煽られたからではなく、あくまで“家族”としての愛情から、なんとなく許しただけだろう。

 いつか、同じ気持ちを抱いてほしい。

 胸を焦がすこの熱情を。

 トリィにも感じてほしい。


 その時まで、本気の噛み付きは我慢しよう。でも。


「甘噛みは、する」


「…なんの話かわかんねぇけど、甘噛みも度が過ぎれば流血沙汰だからな」


 そこんとこ気ぃつけろよ、と呆れたように釘を刺すトリィに、バッシュは素直に頷いた。


 トリィは、はふぅ、ともう一つため息をこぼした。


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