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異世界

「あ、う、えううん……」

 妙な声を上げながら気だるい体を起こし、痛む頭を抑えて、柔らかいけど硬い感触から体を起こす。

「ああぁ……」

 大きなあくびを一つして、背伸びをする。どうやら俺は寝ていたようだ。体がやけにこわばっている。さらに、どことなく体中が痛む。

 俺は眠い目を左手で擦りながら右手で自分の体を確かめる。……まいったな、痛さの原因がわかった。どうやら俺は制服のまま寝てしまったようだ。

「そりゃあ痛いよなぁ……」

 俺はボタンを外し、制服を脱いで上はYシャツになる。

「あん?」

 ここで俺はあることに気づいた。そう、ここは俺の部屋じゃない。壁は、ログハウスの内側のように等間隔で丸い出っ張りが有り、木が見えている。他、木製の家具が並び、棚やテーブルの上なんかはいくつかいろいろなものが置いてある。普段見ている木製の家具よりも数段質が劣るが、その分見た目がどことなく優しく感じる。

 俺は寝ていたベッドから降りて、部屋の中心にある机の周りをぐるぐる回りながら状況を確認しようとする。

「おーけい落ち着け。まだ焦るような時間じゃないぞ」

 ブツブツとどことなく聞いたことあるセリフを呟きながら俺は必死にここまでのことを思い出していた。

 まず、俺は校内定期発表会で簡単なタネの、しかしそこそこ見栄えのいい手品を披露して成功を収めた。自分のもう一つの特技である音感を活かしていい感じの音楽を作曲し、それとともに盛大な拍手を貰った。うん、そこまでは大丈夫だ。そこから……

「変なふうに目眩がして、意識がなくなって階段から落ちた……」

 最後の部分だけ口に出して見る。……うん、全く訳がわからない。とある詐欺まがいのマスコットみたいに「訳がわからないよ」とも呟いてみるが全くの無意味。

 変なふうに気絶して、起きてみたらあら不思議、見覚えのない場所で寝かされていました。纏めるとこんな感じだが、こう軽く済ませていいものじゃない。

「ううう……」

 ついに頭がパンクし、ベッドにダイブする。制服を脱いだ今、貧相ではあるが最低限柔らかいベッドは俺に心地よさを与える。

 一つ考えつくことがあったが、それはあくまで絵空事だ。あまりにも非現実的かつ非科学的。しかし、俺の頭の中には、もはやその考えが渦巻いている。

「まさか……まさか……」

 そんなはずはないとわかっていても、つい口に出してしまう。

「『異世界トリップ』か……?」

 異世界トリップ。俺が読んでいるネット小説界での流行りとなっているジャンルだ。何らかの原因で異世界にそのまま飛ばされてしまう事を指し示す。

 俺が呟き、しばらくの沈黙が続く。その時、

「おお、やっと目覚めたかのう。心配したわい」

 嗄しわがれた、けれど優しいおじいさんの声がドアの方向から聞こえてきた。俺が驚いて振り向いてみると、群青色のローブを着て、木の杖をついた、長くて白い髪と髭をはやした優しげな顔の老人がいた。明らかに怪しいが、その優しげな表情と今の不安から、

「お、おはようございます」

 俺は日本人的性でつい挨拶をしてしまう。挙動不審な俺に対して、老人は優しげな顔で穏やかに挨拶を返してくれる。

「いやはや、草原で倒れていたからびっくりしたぞい。魔物にでも襲われたのかね?」

 老人は椅子に腰掛けながら俺に問いかけてくる。

「魔物……ですか……?」

 俺は、自分が信じたくなかった可能性に一歩近づく言葉を聞いてつい反問してしまう。

「ああ、魔物じゃ。まさか知らんとは言うまいね?」

 老人が訝しげにそう言った。何となく知ってはいる……俺が読んでいるものの魔物だったらよく知っているな。だが、実際には見たことがない。あくまで空想の世界だ。

「ううむ、その表情だと知らんようじゃの。まっこと異なことじゃ」

 老人は、反応が返せない俺をしげしげと見て、髭を撫でながら呟く。

「では質問を変えようかの。お主はどこの出身かのう?」

 いつまでも答えない俺に気を遣ったのか、質問を変えてくる。

「あ、えっと……多分聞いたことないと思いますけど、日本という国から来ました」

 俺は半ば破れかぶれになって問いに答えた。

「ふむ、確かに聞いたことないのう。地域ならわかるが国か……。まさかお主……」

 老人がしばし考えたあと、何かを思い出したように俺を見る。

「その魔力にその珍しい風貌……やはり、そうなのか……?」

 何やら老人はブツブツと呟いている。このパターン、何となく先が読める気がする。この老人はとても博識そうだ。ある意味定番であろうこの流れ。

「お主は……異世界人なのかもしれぬな」

 どうやら俺は異世界人になるようです。

「はぁ……異世界人という言葉があるということは、以前にそういった方が?」

 俺は一周回って冷静になった頭でそう問いかける。

「うむ。伝承の世界の話だがの。しかし、それがまさか目の前にいようとは……」

 老人は俺を興味深げに見てそう呟く。

「伝承の世界では、その者はそこそこ珍しい黒髪黒目で、凄まじい魔力を持っておったそうじゃ」

 俺はその老人の言葉に頷く。なるほど、この世界では黒髪黒目は珍しいっちゃ珍しいがそこまででもないのか。目立ちはしないな。

「となると、俺もですか?」

 俺は魔力、という言葉に反応して問いかける。

「うむ。黒髪黒目で凄まじい魔力……伝承の中と同じじゃな。魔力の存在すら知らないということは、その膨大な魔力を制御しきれてないということじゃな」

 老人は納得したように頷いて俺の問いに答えた。

「とりあえず……」

 そういって老人は立ち上がり、

「食事にしようかの」

 棚の中から食器を取り出して持ってくると机の上に並べ、鍋を開けた。

「あっ……」

 湯気が立ち上り、いい匂いが鼻腔をくすぐる。どうやら雑炊のようだ。それに反応して、俺の腹の虫も鳴き始める。

「い、頂きます」

「遠慮なく」

 老人はそう言って、木製のスプーンと雑炊が入った食器を俺に渡してきた。


                ■


 雑炊は、シンプルな塩味ながら、野菜や魚の旨みが効いていて美味しかった。

 食事中に、老人からいろいろなことを聞いた。

 まず、彼の名前がジャリス・エクセリアということ。世界の文化レベルや生活レベルとしては、中世ヨーロッパに近いということ、この世界には魔術なるものが存在しているということ、今この場所は山奥で、ジャリスさんはのんきに隠居中だということだ。彼は魔術師らしい。それも、今は隠居中ではあるが現役時代は国に仕えるほどの腕だったらしく、年金もがっぽり貰っているとか。

 ここはパーカシス王国という国らしく、そこにジャリスさんは勤めていたようだ。

 この世界では日常的に魔術が使われ、それは一般人でも例に漏れないらしい。日常の中でそれを使って生活しているそうだ。炊事、洗濯、掃除、その他もろもろに使える便利なものらしい。実際に目の前で魔術を使って貰った。ジャリスさんが腕をひと振りすると竈の中の薪に火がつき、また腕を振ると鎮火した。なるほど、なかなか便利だ。

 魔術には、大きく分けて二つの種類があり、一つは自分のや空気中の魔力を使って発動する、もう一つは『精霊』の力を借りて発動するそうだ。そのあたりの詳しい説明はあとでしてくれるだろう。

 また、先ほど出てきた魔物というやつだが、これは定番通りに存在するらしい。人々の生活を脅かす存在である一方、貴重な資源でもあるそうだ。それらを討伐したり素材をとってきたりするのが『冒険者』という存在らしい。

 さらに、言語についてだが、こうして話しているのも実際不思議だ。どうやら言語は日本語らしい。だが、文字の方はアルファベットを崩したような感じだった。しかし、その文字の上に普通に日本語でルビを振るような感じで出てくるのがわかる。疑問に思ったのでジャリスさんに聞いてみたら、どうやら俺が寝ている間に魔術を使って文字知識の『転写』をしたらしい。曰く、荷物から個人情報を見るために勝手に拝借したところ、箱に入った妙なカードがあり、そこに書いてあった文字が見たことないものだったため、文字が共通でないと思って善意でやってくれたそうだ。あとで謝られたが、悪いことは一切ないので普通に許した。それどころか感謝しなければなるまい。ちなみに、ジャリスさんが見たのはトランプだった。

 で、大きな問題である言語と文字は解決したとは言え、こんな物騒な世界で平和な国出身の一般人かつ身元不明の異世界人である俺はこのまま生活なんか出来ない。そんな訳で、ジャリスさんがしばらく俺の保護者役を買って出てくれた。

「ありがとうございます」

 俺は感極まって深々と頭を下げる。

「いいんじゃよ。老後の道楽じゃ」

 ジャリスさんは照れくさそうにそう言って食器を魔術で洗い始めた。


                 ■


 食器の片付けを手伝い、早速ジャリスさんからいろいろ教わることにした。

 まず初めに教わるのは魔力の制御だ。俺の魔力は凄まじいらしく、そんな状態で街を歩いたらとんでもないことになるらしい。うまく制御できれば魔力を使って体の運動を向上させることも出来るそうだ。

「体の中を、見えないオーラのようなものが巡っておるのを感じ取るのじゃ。精神を集中しての。それで、それが体の外に漏れ出ているのがわかったらそれを体の中に留めるのじゃ」

 ジャリスさんはそう言って俺に見本を見せてくれる。床に座って胡座をかき、目をつぶっている。

「よく見ておれよ……まずは普段制御しておる魔力を開放するぞ」

 ジャリスさんがそういうと、急にジャリスさんからの圧力が増すのが分かった。といっても、そこまで強くは感じない。

「ふむ、その様子だとそれが感じ取れたようじゃな。それが魔力の正体の一端じゃ。お主からはこれの十倍ほどの魔力が溢れておるぞ」

 ジャリスさんがそう言い切ると、圧力が少しずつ弱まり、最終的になくなるのがわかる。

「確かに、その状態で外に出たら周りに迷惑ですね……これの十倍……」

 俺は苦笑いしながらそう呟く。

「うむ、分かってくれたならいい。さて、ではお主もやってみるがいい。リラックスできる姿勢をとるといいぞ」

 ジャリスさんの指示通り、俺はリラックスできる体勢……普通に椅子に座って目をつぶる。

「体の内側をオーラのようなものが巡っておるのが感じ取れたら手を挙げてくれ。血管の中を血液が通るように魔力が巡っておるイメージじゃ」

 ジャリスさんがそう言ってくれたので、そのイメージを取る。

(精神を集中か……この感覚は『作曲』の時と似ているな)

 俺は自分の趣味に打ち込んでいる時の感覚を思い出す。

(ああ、もしかして……これが魔力だったのかもな……)

 俺は作曲するとき、精神を集中してから始める。体の中を不思議な、空気のようなものが渦巻くのを感じ、それに身を委ねるとアイディアが出てくるのだ。今回も、その感覚……魔力が渦巻く感覚に身を任せて考えに浸る。

(魔力、か……異世界に来たんだな……)

 俺は地球での出来事を思い出しながら、体の中の感覚に身を委ねる。

 初めて音楽に触れたあの時、テレビで手品ショーを見たときの感動、親の仕事を初めて手伝った時の悲しみと恐怖、友達や家族や知り合いとの他愛のない会話、それに……舞台の上で自分が作った曲とともに手品を披露して、万雷の拍手を貰った時の快感……。

(全部、もう出来ないんだな)

 この世界には友達も家族も知り合いもいない。そう考えると、心にひやりとしたものが刺さるのを感じた。

 寂しい、悲しい、もう、皆に会えない……心が悲しみに支配される。

(もう、あの世界には戻れないのか……?)

 顔に暖かい感触が流れてくるのが分かる。これは……涙だな……自然と泣いてしまったようだ。

「――――」

(……?)

 ふと、耳に歌が聞こえてきた。綺麗ではあるが、湿った、悲しみを感じる静かな鼻歌……。

(出来たのか)

 この鼻歌を歌っているのは俺自身。俺が作曲をするとき、浮かんできた音程は自然と鼻歌として歌ってしまう。

(やっぱり、悲しいんだな、寂しいんだな……もう、あそこには戻れないのか……?)

 俺は自然と哀歌エレジーを歌いながら、自問自答する。

(いや、違う……)

 俺はそれを否定する。

(絶対に戻る。絶対にだ。……必ず、戻る方法を探し出す……)

 先程まで冷えていた心が、暖かく、そして熱くなるのを感じる。

 湧いてくるのは、希望、勇気。

「―――」

 聞こえてくる鼻歌が、俺の心に則るように明るく、勇ましくなる。希望に向かって踏みしめるような行進曲マーチに。

(いつか、必ず、絶対に……っ!)

 心が昂ぶってくるのが分かる。それとともに、鼻歌もテンションが高まってくる。

(俺は……必ず『日本に帰る』!)

 そう決断した瞬間、鼻歌も最高潮を迎え、終曲フィナーレとなる。それとともに、俺の中でも音楽が完結し、心が落ち着いてくるのが分かる。そして、それに伴って放出されていた魔力も落ち着いてくるのが分かった。

 すっきりした気持ちで涙がにじむ目を開けると、そこではジャリスさんが目を見開いて涙を流していた。

「ど、どうしたんですか……?」

 俺は思わずジャリスさんに問いかけてしまう。

「お主……その歌……」

 ジャリスさんは涙を流しながら俺にそう言ってくる。

「いや……それは、今は置いておくとしよう」

 俺がぽかんとしていると、ジャリスさんは自分の中で何かを完結して、涙を拭いて気を取り直した。

「ふむ、お主は才能があるようじゃな。自分の中の魔力を感じ取るのも一週間はかかるのに、それどころかその先の魔力の制御までやってのけるとはな」

 感心したように俺に笑顔を向けてそう言ってくる。

「はぁ……ありがとうございます」

 俺は気のない返事だ。まさか地球で自然にやっていたことだったとはな。こんな声が出てしまうのは仕方ないだろう。

「それにしても、さっきお前が歌っていた歌……あれは一体何なのじゃ?」

 ジャリスさんが問いかけてくる。

「あれは俺があの場で作曲したものですよ……やっぱり、故郷に帰りたいんですよね。魔力に感覚を委ねて考え事をしているうちに、いろいろ思い出しちゃって……それでついその気持ちが歌になったんでしょうね」

 俺の作曲はいつもそうだ。その時の感情と考えに左右される。そうして自然に浮かんだ音楽をアウトプットするのだ。感覚に強いウェイトを置いた方法だ。まさかあの空気のようなものが魔力だったとはな。

 そのあたりの事情を説明すると、ジャリスさんからは驚いたような目をした。

「知らないうちに魔力の制御をしていたか。……これからはその魔力が外に流れていない感覚を維持するのじゃ。ふむ、制御までに最短でも二週間弱はかかると思ったが、一時間弱ほどで出来てしまったの。お主には魔術の才能がありそうじゃな」

 ジャリスさんはそう言って頷く。

「はぁ、ありがとうございます」

 俺はまた気のない返事をしてしまう。そうしながら、既に感覚は掴んだので、魔力を流したり抑えたりを繰り返す。うん、魔力もある程度感知できるようになった。ジャリスさんを見ても魔力が見える。相当押さえているようだ。基準は分からないが、ジャリスさんも結構強い人なのだろう。国に仕えていたって言っていたし。となると、いい人そう、かつ強い魔術師のジャリスさんに拾われた俺は結構運がいいのだろう。


                  ■


 ジャリスは家の近くの草原で倒れている、妙な風貌の少年を見つけ、保護した。その少年は神楽遊助といい、見たことない服に見たことのない道具を持っていた。そのカードが収まっている箱に書いてある文字が見たことない文字であることから、言語が通じないと思い、即座に自分の知識を魔術で『転写』した。

(まっこと、異なことよのう)

 ジャリスはそう考えながら、遊助が放つ魔力は制御できなければならない、と思って食事の後に魔力の制御を覚えさせようとした。

 始めに、自分が普段押さえている魔力を解放してみて、魔力の一端を感じてもらう。その後、それを徐々に収めて元の状態にする。ここまで出来るようになるまでに、通常は一か月、早くても二週間弱はかかると言われている。小さな子供が魔力を放出しているのは大丈夫なのか、と思うかもしれないが、魔力は、個人差はあれど成長に応じて増えていく。ゆえに、子供の場合は制御できなくても大した問題にはならない。それよりも魔術の暴発とかの方が大変だ。

 ジャリスはこの歳になってようやくここまでの魔力を持つことが出来た。この国でここまでの魔力を持つ者はそうそういないだろう。

(伊達に元王国魔術師隊長じゃないんじゃがの)

 遊助にイメージを教えながら、そう心で呟く。

 目の前にいる少年、遊助はすでに、ジャリスの魔力の量をはるかに超えていた。今まで見たことがない量だ。制御を真っ先に覚えさせたのは正しいことと言えるだろう。

「――――」

 ふと、透き通るような声の鼻歌が聞こえてきた。綺麗な、魅力的な声だが、それ以上に悲しげだ。

(この歌声は……)

 ジャリスは胸が苦しくなり、目が熱くなるのを感じる。その歌声の悲しみはどこから来るのか。ジャリスは涙をこらえながら考える。

(これは……)

 ジャリスの脳裏に、ふと自分が育った小さな村がよぎった。決して裕福ではなかったが、優しい両親や近所の人、それに仲のいい友達……今では絶対に見ることが出来ない、『故郷』の記憶。

(この悲しみは……『望郷』なのだな……)

 ジャリスは流れ出す涙を拭おうともせず遊助を見つめる。この歌を歌っているのが遊助だと分かったからだ。そして、それが無意識に出ていることも。

(魔力が……錬成されておる……)

 目を見開き、遊助の体内の魔力を見る。魔力が渦巻き、より力を増していく。それは、遊助の感情によって。

(っ!)

 いきなり、魔力の様子が変わった。先ほどまでは錬成されていたとはいえ、暗く、停滞した流れで渦巻いていた。だが、流れが急に活気づき、冷たい魔力から暖かい魔力へと変わり、より錬成されていくのが分かる。

「―――」

 それに伴って、歌声も明るく、希望があるような勇ましいものへと変わっていった。

(吹っ切れた……のか)

 魔力がさらに急速に活気づき、テンションが上がっていく。しかし、けっして制御が出来ていないわけでもなく、統一された方向に流れ、渦巻く。

 魔力は、精神的に大きな一歩を踏み出した時……辛く、苦しい試練を乗り越えた時、より大きく成長する。それは、魔力の制御も例外ではない。

 魔力と共に、歌声もテンションを上げていき、終曲フィナーレを予感させるものへとなっていく。

(この歳で、何も持たないまま別世界に放り出され、帰る手段も分からない。不安だったろう、寂しかったろう……けど、乗り越えたのじゃな)

 歌声には希望が宿っている。本人から聞いたわけではないが、何よりもその歌が物語っている。

(必ず、帰れるとも。諦めぬ限りな)

 ついにフィナーレを迎え、それとともに魔力が落ち着きを取り戻し、あるべき場所に戻っていくようにして遊助の体内に収まっていく。まるで暴走しているのではないかと思うぐらいに流れ出ていた魔力は、遊助によって『調律』され、収まった。

「ど、どうしたんですか?」

 涙を流すジャリスを見て、遊助は困ったように声をかける。

「お主……その歌……」

 思わずそう呟いてしまう。ジャリスは、この少年が心の底から哀れだと思った。しかし、その一方で哀れと思ったところで仕方がないとも思った。本人は吹っ切れたのだ。それを哀れと思い、同情するのは失礼にあたる。

 問いかけてみると、どうやら彼は趣味で作曲をやっていて、いつもあれに近い感じになっていたそうだ。それも、知らず知らずのうちに。

「知らないうちに魔力の制御をしていたか。……これからはその魔力が外に流れていない感覚を維持するのじゃ。ふむ、制御までに最低でも二週間弱はかかると思ったが、意外と一時間弱ほどで出来てしまったの。お主には魔術の才能がありそうじゃな」

 ジャリスは自分の考えを素直に話した。

 遊助には、魔術師の才能がある。大量の魔力に制御する力、それに魔術を発動するうえで大切な想像力も音楽をやっているのならば強いだろう。

 ジャリスは、本人が望むなら魔術師に育てることに決めた。

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