第二章‐4
「倉嶋、眠そうね。相変わらず内職?」
祝日明けの火曜日。ざわざわとさざなみのような喧騒が満ちる教室内の雰囲気に、席に着いて頬杖を突いた状態で眠り込みそうになっていたところへ、紫子がそう声を掛けてきた。はっとして、篤志は慌てて返事をする。
「いやいや、寝てないよ、寝てませんよ、委員長」
「委員長って言うな。……別に、わたしも、休み時間に寝てるのまで怒ったりはしないわよ。授業は、ちゃんと受けてるみたいだし。まぁ、でも、身体のことも考えて、内職もほどほどにしなさいよね」
紫子は、両手を腰に当てるいつものポーズで言った。いつもの呆れたような、怒ったような顔で言われたその台詞は、結局、お説教になっている。篤志はおとなしく頷いておくことにした。頷いて、言い訳のように呟く。
「いや……、四連休に向けて準備が、な」
「なぁに? 四連休、なにかあるの?」
聞き返してくる紫子に、篤志は答えた。
「ああ。ちょっと旅行に行くんだ」
「ふぅん。海外?」
「まさか」
紫子の問いを、軽く手を振って否定する。海外ではなく星外だ、と言ったら、彼女はどんな顔をするだろう。それを考えると、篤志はおかしくなって、ついにやけてしまう。
「その旅行資金の為に、内職してるってわけ?」
にやけているのを、旅行が楽しみな為だと思ったらしい紫子が、座った篤志を見下ろすようにして呆れたような声を上げた。
「まぁ、そんなとこだ」
実際は、魔法使いの星への星外旅行に備えて魔法をプログラミングしているのだが、大筋では嘘は言っていない、と思う。ふと篤志は、面白い考えが頭に浮かんだので、紫子に言ってみた。
「そうだ。こないだの弁当のお礼に、お土産買ってきてやるよ」
「え? でもそれ、あんたの言葉を借りれば、お礼のお礼のお礼になっちゃうわよ?」
「まぁまぁ、いいから。楽しみに待っててくれ」
にやにやしながら言う篤志に、紫子は少し、そっぽを向くようにして答える。
「そ、そう? じゃあ、期待しないで待ってるわ」
そう言い残して、彼女は自分の席に帰っていった。篤志はまた包帯に包まれた右手で頬杖を突いて、窓の外を眺める。今日は少しぐずついた空模様だった。旅行当日は天気がいいといいな、などとぼんやり思う。
(さて、魔法のほうは、出発までに全部完成するかな?)
いざ魔法のプログラムのコーディングを始めてみると、つい楽しくなってしまったのだ。最初は、以前に作ったものを復元するだけのつもりだった。だが、いつの間にか、あの事件の最中に実戦で使ってみてわかった、改良すべき点を反映してみたりし始めている。
(それでも、魔力消費の問題で使えないものもあるんだけどな……)
結界内の全ての生命体の生体時計を停滞させ、擬似的に時が止まったような空間を作り出す『時の鳥籠』。空間に縫い止める拘束効果を持ち、射撃魔法よりも大きなダメージを与えられる魔剣を大量に射出する『罪業の輪廻』。戦艦の主砲クラスの大威力の砲撃に対抗する為の究極の防御魔法、積層式エネルギー減衰型防御魔法陣、『月下の白虹』。そして、魔力で作り出した帯状の超高密度魔法陣の上の時空連続体を停滞させ、その表裏のずれによって小規模な時空断層を引き起こす『天涯の剣』。少なくとも、この四つの大魔法は、今の篤志の魔力では起動することすら出来ないはずだ。
もう、激痛と引き換えに、膨大な魔力を供給してくれる『魔人血晶』はない。そういう意味では、作るだけ無駄になるのだが、念の為にそれらも復元だけはしておくことにしていた。なにかのはずみで改良案が閃いて、使えるようになるかもしれない。
(あー、やることが山積みだぜ)
一人、心の中でぼやく篤志だったが、その顔は変わらずに楽しそうだった。