第二章‐3
話に区切りが付いたと宣言するように、エリカがそろそろ冷めてきた紅茶を飲み干す。深刻な話は、それで終わりだった。真面目な話をしている間、退屈そうにしていたアリーセが、みんなでゲームをやろうと言い出したので、先日も遊んだ古いゲームを、今度はエリカも含めて四人で遊ぶことにする。やってみると、やはり、エリカはあまり上手くなかった。どうも、慣れていない為か、すぐに慌ててしまうせいらしい。この手のものが一番上手いのは、案の定、サーニャのようだ。最終的に順位を付けたなら、篤志とサーニャがほぼ同率でトップ、という感じだろう。少し気になったので、どうしてほんの二年前にこの星にやってきた彼女たちが、こんな古いゲーム機を持っているのか尋ねてみると、商店街の玩具屋の倉庫で埃をかぶっていたものを、惣菜屋でアルバイトしていたエリカに、玩具屋の店主がくれたということだった。エリカは商店街の人気者なのだろう、という先日の推測自体は間違っていなかったようだ。
(というか、その玩具屋の店主ってのは、エリカに気があるんじゃないか?)
つい邪推してしまう。エリカは、どちらかというと大人びた雰囲気の美少女だ。あり得ないことではないだろう。
やがて、空が茜色に染まり始め、エリカが夕食の準備の為に席を立つ。
「アッシュ、お夕飯、食べていかれますでしょう?」
「おう。こないだもご馳走になったのに、悪いな」
「いいえ、お気になさらず。食事は大勢で食べるほうが楽しいですから。それにケーキのリベンジ――いえ、お礼もありますし」
篤志にそう言って、エリカは先ほど畳んでおいたエプロンを掛けて、キッチンに向かった。昼からずっと、とろ火で煮込んでいた料理の味見をする。醤油ベースらしい、食欲をそそる匂いが漂ってきた。エリカは味見の結果に満足したように一つ頷くと、それを大きな器に山盛りに盛って、居間のテーブルに運んでくる。
「……肉じゃが、か。美味そうだな」
「はい。この国の伝統的な料理なのでしょう? アルバイト先のおばさまがたに、レシピを教えて頂いたんです」
篤志の感想に、また先日のように惣菜を並べた大皿を運びながら、エリカが答えた。テーブルの上に大きなボウルに盛り付けられたサラダや各人のご飯、味噌汁等も並び、四人は食事を始める。
「いただきます」
篤志は、さっそく肉じゃがに箸を伸ばし、それを食べてみた。『彼女』の右手も少しずつ慣れてきていて、ぎこちないながらもなんとか箸は使えるようになっている。その肉じゃがは、よく味が染み込んでいて、味付けも彼の好みに合っていた。
「美味いな。お袋の味を思い出すよ」
「お口に合ったようで、なによりです。……ところで、お袋とは、なんですか?」
「あぁ、母親のことだ」
問い掛けてきたエリカに説明する。彼のその答えを聞いて、エリカが気付いたように尋ねてきた。
「アッシュは、親元を離れて、お一人で生活していらっしゃるんですか?」
「……ああ、まぁな」
曖昧な感じで頷く。うっかり、自分から、あまり話したくない話題に触れてしまった。篤志は、不自然でないように話題をすり替える。
「親元を離れてるって言えばさ、確か、エリカはこの前、この星に二年駐留してるって言ってたけど、アリーセとサーニャもそうなのか?」
「そうだよぉ」
「そうです」
口々に二人が答えた。重ねて問う。
「二人ぐらいの歳だと、基礎学校――だったか? それを卒業して、すぐ陸軍に入ってこの星へ来たって感じか?」
「そうだねぇ」
「そうです」
また二人が口々に答えた。ということは、彼女たちの星の基礎学校が、この国の小学校と同じものだとすると、二人の年齢は、篤志よりも一つ歳下ということになる。アリーセは小柄だし、サーニャはとても細いしで、もう一つ二つ下かと思っていた。
今度は、エリカに向かって尋ねてみる。
「エリカはどうなんだ? エリカの歳だと、二人より早く陸軍に入って、他の任地からこの星に来たって感じなのか?」
「私は陸軍士官学校に進みましたので、二人より二つほど歳上ですけれど、私もこの星が任官して最初の任地になります」
エリカが答えて、さらに言葉を継いだ。
「私は自分から辺境警備隊を志願したのですけれど、まさか任務でなく生活の面で苦労することになるとは、思いもしませんでした」
軽く嘆息する彼女に、篤志は思わず笑ってしまう。それは、確かにそうだろう。
さておき、エリカは二人よりも二つ歳上ということは、篤志よりも一つ歳上ということになる。同年代だと思っていたのでタメ口で喋っていたが、敬語にしたほうがいいのだろうか、などという考えがちらりと頭を過ぎった。だが、今さら変えるのもかえっておかしいだろうと思い直し、今まで通りでいくことにする。
ふと、そこで、一つ前の話題が遅れて意識に引っ掛かってきた。サーニャに向き直って聞いてみる。
「なぁ、サーニャ。おまえ、魔法医の免許持ってるって言ってたけど、それ、どうやって取ったんだ? 専門課程の学校に行ってないんだろ?」
「この星に赴任してきてから、通信教育で取りました」
肉じゃがを口に運びながら、サーニャが答えた。
「……通信教育?」
通信教育で取れる医者の免許というのも、なんとも不安なものがある。思わず、篤志は彼女が魔法で接合した右肩を回してみた。幸い、違和感はない。その彼の不安げな様子を見て、エリカが笑って口添えしてきた。
「この星のいわゆる通信教育とは別物で、映像付きの相互通信で講師と一対一で教育を受けるものです」
「テレビ電話で授業を受けるようなもんか……」
彼女の説明に感心する。
「さすがに進んでるなぁ。アリーセは? なんか資格持ってんのか?」
「ないよぉ」
篤志は尋ねてみたが、アリーセはあっけらかんと答えた。あまりに軽く否定的な答えを返してくるので、少し肩を落とす。
「おまえも、サーニャを見習って少しは勉強したらどうだ?」
自分のことを棚に上げて、そんな母親のようなことを言ってしまった。
「えぇー、勉強嫌いぃ」
アリーセは頬を膨らませてそう言うと、惣菜の大皿に手を伸ばす。エリカがフォローするように言ってきた。
「小隊内での役割の分担が出来ていますので、アリーセはそれで構わないんです。この娘には天賦の資質がありますから。私やサーニャの測定魔力値は、一線級の魔法使いとしては平均的な二百前後ですけれど、アリーセの測定魔力値は四百を超えているんですよ。その上、魔力特性、『増幅』まで併せ持っています」
「四百!?」
驚く篤志。自分の測定魔力値が二百五十二で、それでも『彼女』は、かなり高い、と評していたのだ。思わず、エビフライを銜えたアリーセの顔を、まじまじと見てしまった。それほどの魔力があるから、あれだけの弾数の魔力弾を一度に操ったり、大出力の砲撃を撃ったり出来るのか、と納得する。
「そのおかげで、私どもの大隊でなにか大きな作戦行動があるようなときに、アリーセだけ召集されることもあるんです。それで、この娘のほうが、サーニャより階級が上なんですよ」
「へぇ、そうなのか。……あれ? でも、こないだ、おまえ、実戦は初めてって言ってなかったか?」
エリカの説明に、先日聞いた台詞との矛盾点を発見して、篤志はアリーセに確認してみた。アリーセはエビフライを尻尾まで食べながら答える。
「だってぇ、そういうときはいつも、遠くから悪い人の隠れ家とかを砲撃するだけで終わりなんだもん。そんなの、実戦なんて呼べないでしょぉ?」
どうやら、大出力の固定砲台代わりに使われるらしい。
「まぁ、確かにそういうもんか」
篤志は、彼女の言葉に同意した。少なくとも、先日の事件のときのような、互いの顔が見える距離での戦闘に比べれば、実戦という感覚は薄いのかもしれない。
「魔力値が四百オーバーで、『増幅』の特性まで持ってるのか。それは確かに、下手な資格なんか要らないかもな」
篤志は感想を漏らす。それから他の二人に向き直って聞いてみた。
「エリカの魔力特性は『電撃付与』だったよな? サーニャは?」
「わたしは魔力特性は持っていません」
白身魚のフライを惣菜の大皿から取りながら、サーニャが答える。
「そうか……」
考えてみれば、確か、『彼女』も、特性持ちは百人中、二、三人だ、と言っていたはずだ。四人中三人が持っているこの状況のほうが、特殊なのだろう。
「そういえば、アッシュも魔力特性をお持ちですよね? なにか防御的な」
エリカが尋ねてくる。篤志は頷いた。
「ああ。よくわかったな」
「先日、貴方のオリジナルの魔法を拝見して、推測が付きました」
そう言ってくるエリカに言葉を返す。
「『停滞』と『減衰』だ」
「二つも持ってるのぉ!?」
「しかも、どちらもかなり稀少ですね……」
アリーセとエリカが声を上げた。
「あぁ、最初に測定したときも、そうやって驚かれたよ」
誰に、という言葉は口にしない。エリカが身を乗り出した。
「やはり、アッシュ。貴方のような魔法使いがこのまま野に埋もれていくのは、大きな損失です」
「大袈裟だよ。それにその件は、さっきも言ったように――」
「……はい。申し訳ありません。結論を急ぎ過ぎました」
エリカが座り直して頭を下げる。篤志は箸を持ったまま右手を振って、気にしていないことを示した。
「済まないな。暫く考えさせてくれ」
「はい」
篤志は重くなりかけた空気を誤魔化すかのように、肉じゃがとご飯をかき込む。魔法の資質の面で篤志を負かしきれなかったアリーセが、肉じゃがに手を伸ばしながら、最前の話に戻してきた。
「アッシュは、あたしに勉強しろって言ったけどぉ、そう言うアッシュは、なんか資格持ってるのぉ?」
「ああ、一応な。基本情報技術者って資格持ってるぞ」
篤志が答えると、珍しくサーニャが自分から口を挟んでくる。
「似たような資格を、わたしも持っています」
多才な娘だった。
「……まぁ、この星の資格だから、おまえたちの星の情報処理技術よりは全然稚拙なんだろうけどな」
少し肩身が狭い。
(そういや、エリカも航宙船の免許持ってるって言ってたな)
さすがに、たった三人だけでこの星全土を守っているだけのことはある。
そんな会話をしながら、食事を進めた。先日の事件翌日のときと同じように、概ね和やかな夕食の食卓だ。そうして和やかな雰囲気で食事を終えて、テレビを眺めながら食後のお茶で一服すると、篤志は立ち上がる。
「さて、それじゃ、そろそろ帰るかな」
「そうですか? なんのお構いも出来ませんで」
先日と同じように、頭を下げるエリカ。
「いや、晩飯、美味かったよ。ごちそうさん」
篤志はそう応じて、玄関に向かう。三人も見送りに立ち上がってついてきた。靴を履いて振り返る。
「じゃあ、またな。次の四連休に会おうぜ。旅行については、細かいことが決まったら、念話で連絡してくれ」
「はい。では、また後日、ご連絡させて頂きます」
「じゃーねぇ、アッシュぅ。またねぇ」
「さようなら」
挨拶を返す三人に手を振って、外へ出た。カンカンカンと足音を立てて、鉄製の階段を下りると、駅へ向かって歩き出す。今夜は少し雲が多く、月が見えなかった。だが、幸い、雨の心配はなさそうだ。
電車を乗り継ぎ、自宅アパートのある街の駅で降りると、考え事をしながら家に向かう。たらふく夕食をご馳走になったので、特にコンビニに寄る必要もなかった。自宅アパートの部屋に、手ぶらで帰り着く。篤志は靴を脱いで狭いワンルームの部屋に入ると照明を点けて、デスクの前の椅子ではなく、『彼女』がよくそうしていたようにベッドに腰を下ろした。まだ暫し考えてから、ようやく決断して『彼女』の魔装具を懐の巾着袋から取り出す。それを見下ろして、エリカの言葉を思い返してみた。
「……使う使わないは置いといて、準備だけは、しといてもいいよな……」
呟いて、心の中で『彼女』に、借りるな、と断りを入れる。それから、右手の包帯を解き、手首から中指の付け根までしか覆わない装飾用の青い手袋型の魔装具を、『彼女』のほっそりした右手に装着した。そして眼を閉じ、キーボードのキー配列まで入念にイメージして眼を開く。すると、使い慣れたQWERTY配列のキーボードを持つ魔装機の操作端末が目の前に投影されていた。
「さて、なにが入ってるかな」
かつて『彼女』が『魔人血晶』を調べるときに言ったのと同じ台詞を呟いてから、モニターに触れて魔装機の中を調べ始める。
「……うわぁ」
以前、想像した通り、魔装機の中身はぐちゃぐちゃだった。片付けの出来ない『彼女』らしくて笑えてくる。サーニャは、よくこの中からあんな短時間で目的のデータを見付けられたものだ。さすが異星の情報処理技術者、と感心する。
「少し整理してやるか」
そう呟いて、篤志は『彼女』の魔装機の中身を整理し始めた。二、三時間ほど、その作業に没頭する。
「……こんなもんかな」
少し休憩して冷蔵庫に向かい、ペットボトルのお茶を飲むと、いよいよ魔法オブジェクトの作成に取り掛かり始めた。プログラムコードを記述したソースファイルなら、ほとんど記憶している。篤志は、以前、自分で組み上げた魔法のプログラムを覚えている限り再現しようと、コーディングを開始した。幸い、明日は祝日だ。今夜と明日を費やせば、およその目鼻は付くだろう。