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第二章‐2

「それでは、ご相談の件なのですが」

 エリカが、そう切り出す。今はもう、皆、ケーキは食べ終えて二杯目の紅茶に口を付けているところだった。エリカはエプロンを外して畳むと、脇に置く。おそらく、これから真面目な話をするのに似合わない、と思ったのだろう。

「アッシュ、お怒りにならずに話を聞いて下さいね?」

 念を押すように言うエリカに、首を傾げながらも篤志は頷く。それを確認してから、彼女は口を開いた。

「レーナさんの魔装機を調べさせて頂きたいのです」

「え?」

 エリカのその言葉に、篤志は思わず、小さな巾着袋に入れて首から提げ、肌身離さず持ち歩いている、『彼女』の形見の、手首から中指の付け根までしか覆わない装飾用の青い手袋型の魔装具をシャツの上から押さえる。その突然の申し出の理由がわからなかったので、彼女に聞き返してみた。

「別に怒りはしないけど、なんでだ? 理由を聞かせてくれ」

 エリカは金色の瞳で彼を見つめながら、逆に問う。

「その前に、アッシュ。レーナさんは、どのようにしてこの星にやって来られたのだと思いますか?」

 そういえば、そんなことは考えたこともなかった。まさか、宇宙空間を泳いできたわけではあるまい。とすれば、答えは簡単だ。

「宇宙船で?」

「それはそうだよねぇ」

 お茶請けに並べられたクッキーを齧りながら、アリーセが同意する。エリカが軽く彼女を睨むと、アリーセは舌を出して、自分は話には無関係ですよ、という顔をした。

「アリーセも申し上げた通り、勿論、そうでしょう」

 エリカは篤志に向き直って、同意の言葉を繰り返す。だが、続けてその口から発せられたのは、それを否定するような説明だった。

「しかし、レーナさんが貴方と出逢った頃にこの星に来ていた船は、貴方もよくご存知の、海軍第七艦隊旗艦ドラスネイルしか記録にありません。それより以前には、私どもへの荷物の受け渡しに来る定期便もこの星に来ていますが、これに密航してきたとは考えられません。つまり――」

「記録に残らないように、密かに自分の宇宙船でやって来た、ってことか」

 エリカの台詞を引き継いで篤志がそう結論を口にすると、彼女は頷いて再び口を開く。

「はい。しかも、レーナさんは単独で仕事をする盗賊でした。仲間がいて、航宙船を操縦していたとは考え難いのです」

「てことは、今もまだこの星のどこかに『彼女』の乗ってきた宇宙船――いや、航宙船だったか? その船があると?」

「はい。私どもはそう考えています。正確には、航宙船自体は、おそらく、この星のどこかの軌道上に停泊させてあって、この星の上に残されているのは、大気圏内往還船(シャトル)のみだと思っていますけれど」

 それは論理的な結論だった。その話には納得出来る。だが、彼のした質問の答えにはなっていなかった。篤志はまた問い掛ける。

「その話が、どう『彼女』の魔装機と繋がるんだ?」

 その疑問に、エリカが答えを口にした。

「レーナさんの魔装機には、大気圏内往還船(シャトル)を下ろした場所が記録されているはずです。同様に、航宙船を停泊させている座標も記録されているでしょう。私どもとしては、それを調べ、この星の文明レベルを超えた技術が使用されている、それらの大気圏内往還船(シャトル)と航宙船が、この星の住人に発見される前に回収したいのです」

(そうか……。彼女たちの任務には、彼女たち、異星からの訪問者やその異星の技術を、この星の住人にバレないようにする、ってのもあったんだっけ)

 エリカの答えに、そんなことを思い出す篤志。エリカが少し上目遣いになって、言いづらそうにまた口を開く。

「それから……、あの、アッシュ、本当にお怒りにならずに聞いて下さいね?」

「なんだよ。やけに念を押すな?」

 篤志の言葉に、エリカは、いったん目を伏せてから、覚悟を決めたように彼に向き直って話し始めた。

「その……、レーナさんの魔装機内には、おそらく、彼女の本拠地の場所も記録されているはずです。ですので、私どもとしては、それを突き止めて、そこから彼女が盗んだ金品をいくらかでも回収出来れば、と考えているんです」

 篤志はその言葉の意味を理解しようとする。

「それは、つまり――」

 『彼女』の家を突き止めて、勝手に家捜しするということだ。エリカが言いづらそうにしていた理由が、やっとわかった。

「それらを回収して返還出来れば、司法取引で彼女の罪状を多少なりとも軽減することも可能なはずですし」

 彼の心情を気にしているのか、エリカは付け足すように、そうすることのメリットも口にする。

 篤志は考えてみた。『彼女』のものに勝手に他人が手を触れる、ということには、抵抗がないと言えば嘘になる。しかし、それで『彼女』の罪状が少しでも軽くなるというのなら、ここは納得するべきなのかもしれない。自らの意思で盗みを働いていたのだとはいえ、出来るのならば少しでも罪を清算して、綺麗な身体で眠らせてやるに越したことはないだろう。そう思考を巡らせて、彼は頷いた。

「OK、理解した。……ただ、出来たら『彼女』の家を家捜しするときは、俺にも立ち会わせてくれないか?」

「はい。それは構いません。広域指名手配犯第五六〇三二号――レーナさんの件については、私ども、陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊第八小隊が受け持つよう、正式に引継ぎが行われています。貴方を立ち会わせて差し上げるのも、私の権限内で可能です」

 見るからに、ほっとした様子でエリカが言う。よほど、篤志が怒り出すと思っていたのだろう。気分が落ち着いたのか、エリカはカップに口を付けて、紅茶を一口飲んだ。篤志は、自分の頼みが承諾されたことに安堵する。しかし、それとは別に、彼女の言ったことが少し疑問に思えたので、尋ねてみた。

「あんたたち、軍人だろ? 犯罪の捜査もするのか?」

「わたしたち、辺境警備隊は、辺境惑星にその部隊しか駐留していない、ということが多いので、限定的ですが、警察に属するような権限も与えられています」

 黙って彼らの話を聞いていたサーニャが、篤志の問いに答える。その後を、エリカが引き継いだ。

「今回の件は少々イレギュラーですが、広域手配犯である第五六〇三二号――レーナさんが最後に来られた地である、この星の治安維持を担当する私どもの小隊の受け持ちだろうということになりまして」

「なるほど……」

 二人の答えに納得する。言われてみれば、そもそも彼女たち、辺境警備隊の主な任務は、辺境惑星における魔法を使った犯罪の取り締まり等だと、先日の事件の際に最初に聞いていたのだった。それにしても、エリカの説明は、体よく貧乏くじを引かされたようにも聞こえて、篤志は密かに苦笑する。しかし、生真面目な彼女のことだ。そんなことは露ほどにも思っていないのだろう。

「それから、話は変わるのですけれど、実はこちらのほうが、本日ここまで足を運んで頂いた本題になるのですが――」

 とエリカは、逸れた話を引き戻すように、再び切り出した。だが、本題というわりには、先ほどまでの言いづらそうな雰囲気はない。今度の話は、特に彼を怒らせるようなものではないのだろう。

「ああ。なんだ?」

 篤志も紅茶に口を付けて、尋ねる。カップを置いて、エリカが話し出した。

「実は、先日の事件の報告書を作成する際に、アッシュ、貴方のことを勝手ながら、私ども、陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊第八小隊の現地協力員として登録させて頂きました。そのほうが一民間人が事件に深く関与していたとするより、話がややこしくならないと判断したものですから」

 つまり、現地協力員の調査により、海軍第七艦隊司令、レガード=ボルジモワ提督が連邦法で禁じられた魔法兵器を大量に隠し持っていることが発覚した為、強制捜査に踏み切った、という形にしたらしい。

「ああ、別にいいよ。俺のことは気にせず、エリカたちのやりやすいように扱ってくれて全然構わない」

 エリカの言葉に、篤志もカップを置いて頷いた。彼女は話を続ける。

「それで、本星のほうで、この事件に関して査問委員会が開かれるのですが、貴方にも出席して頂かなくてはならないんです」

「ああ。――って、え? 本星ってのは、あんたたちの星のことか!? その星に、俺が行くのか!?」

 彼女の言葉に頷きかけてからその意味に気付き、篤志は驚いて聞き返した。その問いに、エリカはこともなげに首肯する。

「はい。私ども、セレストラル星系連邦の首星、セレストラル星系第三惑星セレストに、来て頂かねばなりません」

「……そんな、いきなり、別の星に来いって言われてもなぁ。さすがに、ちょっとびっくりしたぞ?」

「ですが、先ほど、貴方も仰っていたじゃありませんか? レーナさんの家を捜索する際には立ち会わせて欲しいと」

 面食らったように言う篤志に、エリカが不思議そうな顔で言葉を返した。そう言われてみれば、確かにその通りだ。『彼女』の家がどこにあるかは知らないが、この星にないことは確実だろう。

「そうか……、そうだよな。そこまで考えてなかった」

 篤志は、その黒髪の半分を占める白髪を染めてある頭を掻いた。我ながら考えが浅かったものだ、と思う。篤志は気を取り直して、エリカに尋ねた。

「で、それは、いつ行けばいいんだ? 行くにしても、学校があるから、あんまり長期間は無理だぞ」

「そう仰ると思いまして、委員会のほうの日程は、この国の次の四連休の期間に重なって開催されるように調整してあります。出席して頂くのは、そのうちの一日だけで済むはずです。ですので、四連休の間に、十分、行って帰ってこられると思っています」

「それなら、まぁ、いいけど……」

 彼女の答えに、ひとまず納得して頷く。

「で、どうやって行けばいいんだ? エリカたちが、その航宙船とかを持ってるのか?」

 それから発した問いに対して、エリカは、ポニーテールにまとめた長い金髪を揺らして首を振った。

「私どもは航宙船を所持していません。本星に帰る際には定期便を使うか、滅多にありませんが、火急の場合には迎えを寄越してもらうんです」

「じゃあ、その定期便で行くのか? それとも迎えが来るのか?」

 続けて問う篤志に、エリカはまたも首を振る。

「そこで、先ほどの話に戻るのですけれど、レーナさんの航宙船を発見して、それを本星に持ち帰るのを兼ねて、それに乗って帰ってくるように、という命令なんです」

「それはまた、合理的というか、ケチくさいというか……」

 思わず、呆れたような感想を漏らす篤志。それを聞いて、エリカが珍しく苦笑のような表情を浮かべる。

「出来るだけ経費を削減しようとするのは、どこの組織でも同じです。そういったわけですので、次の四連休、お時間を頂けますか?」

「ああ、わかった。行ってやろうじゃないか、あんたたちの星に」

 思わぬところで、四連休の予定が決まってしまった。しかも、おそらくこの星の住人ではまだ誰もしたことのない、異星への星外旅行だ。篤志は、不謹慎だとは思いながら、あの事件以来、久しぶりにワクワクする気持ちを感じていた。

「じゃあ、四連休の間に、『彼女』の航宙船を見付けて、あんたたちの星に行って、『彼女』の家を家捜しして、査問委員会とやらにも出席しなきゃならないのか。なかなか、ハードスケジュールだな」

「大変そうだねぇ」

 四連休の間にやらなくてはならないことを挙げて感想を述べる篤志の言葉に、アリーセが他人事のように同意する。あまりにも彼女が他人事のように言うので、篤志は心配になって確認してみた。

「それって、勿論、エリカたちも一緒に来てくれるんだよな? 当然だけど、俺、その航宙船の操縦なんて出来ないし。ていうか、誰か、操縦出来るのか?」

「はい。私どもの小隊全員で一緒に参ります。私たち三人も、査問委員会には出席しなくてはならないものですから。航宙船の操縦については、私が免許を持っています。士官学校の選択科目で取りました」

「そうか。よかった」

 エリカの言葉に相槌を打ったところで、ふと気付く。

「なぁ、確か、この星の警備って、あんたたち三人だけでやってるんだよな? 全員で出掛けて、留守にしちまって大丈夫なのか?」

 その篤志の懸念に、エリカは笑みの表情を作って答えた。

「実は今、この星には、先日の事件の調査の為に、陸海両軍共に、それぞれ調査委員会を編成して、現地調査にやって来ているんです。ですから、今のこの星は、平時よりもよほど警備が厳重なくらいなんですよ」

「そうなのか。なら、安心して出掛けられるな。……あれ? てことは、今、魔法使いがたくさん来てて、魔法を使ったりしてるんだろ? そのわりには、そこの魔力監視装置は全然反応してないんじゃないか?」

 篤志は居間の隅にある、古びた部屋の中でこれだけ周囲から浮いている、この星のミニチュアらしき球の立体映像(ホログラフィー)をその上に浮かべているSF的な装置を指差す。エリカも、ちらりとその装置に視線を投げて説明した。

「調査員の方々の魔力波形は装置に登録して、それが先日のあの島と、第七艦隊旗艦ドラスネイルが停泊していた軌道上の座標で観測される限りは、警報の対象から除外するように設定してあるんです」

「魔力波形?」

「人の発する魔力は、一人一人違った固有の四次元的波形を持っています。これによって、個人を特定することも可能です」

 サーニャが説明してくれる。

「へぇー」

 指紋や眼紋、掌の静脈認証のようなものらしい。なんとなく剥き出しの左掌を見たりしている篤志に対して、エリカが居住まいを正して話を戻してきた。

「……それで、アッシュ、最初の話に戻るのですが、レーナさんの魔装機を調べさせて頂いてもよろしいですか?」

 エリカが再び、少し上目遣いになって申し出てくる。そうだった。まずはそれを調べてみないことには、彼女たちの本星へ行くどころか、『彼女』の航宙船を探し出すこともままならない。篤志はシャツの中から巾着袋を引っ張り出し、その口を開けて、『彼女』の形見の、手首から中指の付け根までしか覆わない装飾用の青い手袋型の魔装具を取り出した。エリカに頷き返す。

「ああ、いいよ。調べてくれ」

 差し出したそれを、エリカが恭しいとも言えそうな手付きで受け取った。

「お預かりします。――サーニャ」

 エリカが呼ぶと、今度はサーニャが手を出して『彼女』の魔装具を受け取る。

「調査を開始します。接続(コネクト)

 この件を篤志に相談する前に、既に打ち合わせを済ませてあったのだろう。サーニャはすぐに自分の魔装機と『彼女』の魔装機をリンクさせると、魔装機の操作端末を開いて、ファイルの検索用アプリケーションらしきものを起動し、『彼女』の魔装機の中から目的のデータを探し始めた。それを横目で見ながら、篤志は、わからないままに話を進めてきた単語をエリカに確認してみる。

「ところで、査問委員会ってなんだ? 軍法会議みたいなもんか?」

 軍隊のことなので戦争映画等で聞く単語を連想してそう尋ねる篤志に、エリカが細い顎に人差し指を当てて言った。

「軍法会議ほど重くはないですね。ですが、そう気軽なものとも申せません。なにしろ、貴方は海軍第七艦隊旗艦を攻撃して損害を与えているのですから」

「う……」

 言われてみれば、そうだった。自らと彼女たちの身を守る為とはいえ、戦艦一隻に打撃を与えたことには違いない。あれは正当防衛で通るんだろうか、などと篤志は考える。エリカが言葉を続けた。

「査問委員会とは、簡単にご説明すると、事件の調査の為に、関係者に質疑応答をして、その罪や過失を明らかにする為のものです。正直に申し上げれば、貴方は戦艦ドラスネイルに損害を与えた件で、責任を問われることになるかと思いますけれど」

「マジか……」

 そのエリカの言葉に、気が重くなる。篤志は、額に包帯の巻かれた右手を当てて軽く嘆息した。

「それほど深刻に考えないで下さい。あれは身を守る為にやむを得ない措置だったと、報告書にも記載しておきました。おそらく、投獄されたり、賠償請求されたり、というほどのことにはならないはずです」

 エリカが、少し表情を弛めて言う。篤志は少し憂鬱になりながら、彼女の希望的観測に同意した。

「だといいけどな」

「アッシュ、捕まっちゃうのぉ?」

 アリーセが無邪気な感じに聞いてくる。完全に他人事だ。むしろ、面白がっているのかもしれない。篤志はもう一度嘆息した。

「捕まらないといいな、って話だ」

 そんな話をしているうちに、サーニャが作業を終えたようだ。

「発見しました」

 相変わらずの無表情でそう言って、くるりと操作端末のモニターを回してこちらに向ける。覗き込んでみると、この地域のわりあい広域の地図が映し出されていた。この彼女たちの駐留基地のある海に近い街から見ると、内陸の都心部を通り抜けて山間部に入ったところに、マーカーが明滅している。

「山の中に隠してあるのか……」

 妥当なところだろう。

「てことは、ここらから電車で三時間は掛からずに行けるかな」

「はい。思ったよりも近くて助かりましたね」

 行程を推測する篤志の言葉に、エリカも同意する。

「じゃあ、四連休初日は、まずは、ここを目指すってことでいいんだよな?」

「はい、そうですね。――サーニャ、航宙船の停泊座標とレーナさんの本拠地の場所のほうはどうですか?」

「それらも発見しています」

 エリカの問いに答えて、サーニャがモニターに触れて、別のウインドウを二つ、前面に出した。エリカがそれを覗き込む。

「航宙船は、予想通り、この星の低軌道上に停泊しているようですね。レーナさんの本拠地のほうは――、これは首都セレストの近郊ですか? ずいぶんと都心に近いところにあるようですけれど」

「はい。この座標だと、首都セレスト郊外の住宅地だと推定されます」

「それは……、捜索に行くには、予想外に近くて助かりましたけれど……。それにしても、こんな都心の近くに……」

 自分の問いに対するサーニャの答えに、エリカは少し呆れたような声を上げた。それを聞いて、篤志は心の中で苦笑する。そんな図太いところが『彼女』らしい。気を取り直したエリカが、サーニャに確認する。

「コピーは取ってありますね?」

「完了しています」

「よろしい。では」

 とエリカが差し出した手に、サーニャが『彼女』の魔装具を乗せた。それを今度は先ほどとは逆に、篤志へと返却する。

「お返しします」

「ああ」

 篤志はそれを受け取って、再び巾着袋に仕舞い、懐に入れた。その様子を見て、エリカが口を開く。

「ところで、アッシュ。ここからは、あくまで私の個人的な意見になるのですけれど――」

「ああ、なんだ?」

 気軽な調子で尋ね返す篤志に、エリカは意外なほど真剣な色をその金色の瞳に浮かべて、質問を投げ掛けた。

「貴方はもう、魔法は使わないおつもりですか?」

 それは予想もしていなかった質問だ。篤志は自分の――『彼女』の右手に視線を落とす。今は包帯に巻かれているその手には勿論、あの禍々しい紅い石は埋まっていない。

「そう言われてもな……。もう『魔人血晶(まじんけっしょう)』はないし」

 呟くように言う篤志に、エリカが指摘した。

「ですが、魔装機はあるじゃありませんか」

「……あ」

 包帯に包まれた右手で、シャツの下に仕舞ったばかりの巾着袋に入れた魔装具を押さえる。言われるまで、考えもしなかった。これは単に『彼女』の形見の品だという認識しかなかったのだ。

「そうか……。これがあれば、また魔法が使えるのか……」

「はい。あくまでも個人的な意見ですが、貴方ほどの才能を持った魔法使いをこのまま埋もれさせるのは惜しい、と思うんです」

 半ば無意識のように呟く篤志に、エリカが答える。

 異星人とは縁が切れたと思っていた。だが、こうして、また彼女たちと行動を共にすることになったのだ。魔法とも縁が切れたと思っていた。同じように、また魔法を使ってもいいものだろうか。判断が付かなかった。

「……なんとも言えないな……。その件については、保留にさせてくれ」

 自分の心の奥底を覗き込むような目をして、篤志は言う。

「はい。考えておいて下さい」

 エリカは彼の心を落ち着かせるように、笑みを作ってそう言った。

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