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第一章‐3

 そんな思い掛けないお茶会をした翌日の昼休みのこと。昼食のパンを買うべく購買に行こうと、席を立ち上がって足早に教室のドアに向かう篤志を、紫子が呼び止めた。

「倉嶋」

「なんだ、委員長? 俺、急いでるんだけど」

 早く行かないと、めぼしいパンが売切れてしまう。ただ腹を膨らませる為のような、大きいだけが取り得の、味のないコッペパンや、逆に、なにか実験を行っているとしか思えない、ドリあんパン――ドリアン味のあんこが詰まったパン――等のイロモノパンで昼食にするのは出来れば避けたい。

「委員長って言うな。その……」

 しかし、焦って足踏みをしている篤志の状況をわかっていないのか、紫子はたっぷり五秒は沈黙してから、ようやく口を開く。

「これ……、お弁当。昨日のお礼」

 紫子が元々大きな胸をことさらに張り、しかし、それとは裏腹に視線は少し逸らしながら、ハンカチに包まれた弁当箱を差し出してきた。篤志は一瞬、なんのことだかわからずにきょとんとしたが、すぐに思い当たって聞き返す。

「いいのか? 昨日ケーキ奢ったのは案内してくれたお礼だったんだから、お礼のお礼になっちまうけど?」

「いいのよ。借りは作らない主義なの! ……それに、あんた、一人暮らしだから栄養偏ってるんじゃないかと思って。昼はいつもパンだし、夜だってどうせ毎日コンビニ弁当なんでしょう? 若いうちはいいけど、年取ったときに付けが回ってくるわよ」

 少し顔を赤くして早口で言う紫子。だが、喋っているうちに、その表情はいつもの呆れたような、怒ったような、お説教モードの顔に変わっていた。

 ともあれ、せっかく、わざわざ作って持ってきてくれたのだ。ここで断られても、処分に困るだけだろう。そう考えて、篤志は、変に遠慮せずに貰っておくことにした。

「じゃあ、遠慮なく。サンキュな、紫子サン」

 なんにせよ、食費が浮くのはありがたい。礼を言って弁当箱を受け取る。紫子は、相変わらず包帯に包まれた篤志の右手に視線を落とした。

「その手じゃ箸が使いづらいだろうと思って、フォーク入れといたから」

「それは、重ね重ねサンキュー、紫子サン」

 重ねて礼を言う篤志に、紫子はくるりと背を向ける。肩までの長さのストレートの黒髪と、膝丈のプリーツスカートが、ふわりと広がった。

「まぁ……、感想ぐらい聞かせなさいよね」

 背を向けたままでそう言うと、そのまま、彼の返事も聞かずに自分の席に戻っていってしまう。

「おう」

 一応、その背に向かって返事をしてから席に戻ると、さっそく弁当の包みを解き、蓋を開けた。どうやら、その弁当は冷凍食品の類は使っていないようだ。出汁巻き卵や野菜の煮物、魚の煮付けといった和風のメニューの中に、取って付けたようにウインナーや、プチトマトを添えたマカロニサラダが詰められている。それにしても、弁当のウインナーといえば、タコやカニの形に切られているのが定番だと思っていたが、彼女に貰った弁当のそれは、シンプルに半分にスライスしてあるだけだった。やはり、あの委員長は、そんな可愛らしいキャラではないらしい。

「いただきます」

 そんなことを考えながら、篤志はフォークで出汁巻き卵を刺して口に運んでみた。

「美味い」

 篤志は、好きなものを先に食べるタイプだ。その出汁巻き卵は少し甘めの味付けだった。甘みの加減が、ちょうどいい具合だ。紫子に指摘された通り、コンビニ弁当やレトルト食品以外のまともな食事など、先日の事件翌日にエリカたちの駐留基地でご馳走になった夕食以来だった。久しぶりの美味い食事を、一品一品よく味わいながら食べ進める。そうして弁当を食べていると、購買でパンを買ってきた伊勢田(いせだ)誠人(まこと)がやってきた。

「あれ? 倉嶋、今日、弁当? おまえ、一人暮らしって言ってなかったっけ?」

「ああ。委員長に貰った」

 煮魚を食べながら、篤志が答える。疑念を顔に浮かべた誠人が、いつものように彼の前の席に座った。

「……おまえ、ホンットーに委員長と付き合ってないんだよな?」

「付き合ってるように見えるか?」

「見えるから聞いてんだよ、このヤロー!」

 誠人が叫んで、篤志の頭を軽く叩こうとする。だが、篤志はそれを、煮物の人参を口に入れながら、ひょいっとかわしてしまった。

(この程度の攻撃、エリカの剣に比べれば止まってるみたいなもんだ)

「何度も言うが、付き合ってねぇよ」

 さらに、もぐもぐとご飯を頬張りながら篤志が言う。今度は、珍しく少し真面目な調子で誠人が聞いてきた。

「なぁ、委員長のどこが気に食わないんだ? いいじゃん、委員長。胸デカイし、美人だし、髪綺麗だし、胸デカイし」

「今、おまえ、『胸デカイ』二回言ったぞ」

「そんなことはどうでもいいんだよ!」

 篤志の突っ込みに、再び彼の頭を叩こうとする誠人だったが、またも、あっさり避けられてしまう。勿論、弁当は食べたままだ。

「……おまえ、反射神経いいな」

「おまえとは、くぐってきた修羅場の数が違うんだよ」

 そんなバトルマンガのような台詞を吐く篤志だったが、それが言葉通りの意味であることを誠人は知らない。

「別に、委員長が気に食わないとかじゃねぇよ。ただ単に、俺と委員長の関係はそんなんじゃねぇってだけだ。俺と委員長は――」

 どういう関係だろう? 自分で言いかけて、首を捻る篤志。その様子を見て誠人は溜め息を吐いた。

「……付き合ってないなら、それでいいや。ってことは、我らが巨乳女神、巨乳委員長のあの巨乳は、まだ誰のものでもないってことだな!」

「いや、他に付き合ってるやつがいるかもしれないだろ?」

「……倉嶋、おまえ、本気で言ってんのか?」

「なにが?」

 問い返す篤志だったが、誠人は呆れ顔で、もうなにも言わず、購買で買ってきた焼きそばパンの包みを開ける。

「……まぁ、いい。こいつがこんなだから、まだ我々にもあの巨乳をこの手に掴める可能性が残されてるってことだ」

「なんだかわからんが、頑張ってくれ」

 焼きそばパンを齧りながら呟く誠人に、弁当の最後の一口を食べながら篤志が答えた。

「ごちそうさま」

 弁当箱に蓋をして、ハンカチで包み直す。これは、洗って明日返すことにしよう。その際、素直に、美味かった、と感想が言えれば上出来だ。

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