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第一章‐2

(女の子の家に招かれたのに、手ぶらってわけにもいかないよな……)

 篤志は、ラブコメもののマンガやラノベに描かれるようなそういうシチュエーションを思い出して、そんな風に考えた。今回の訪問には特に恋愛要素はないので、厳密には、シチュエーション的にはそれらとは違うのかもしれないが、手土産はないよりあったほうがいいだろう。それでなくとも、彼女たちにはお世話になりっぱなしなのだ。甘いものでも買っていくべきだろうか、と思う。しかし、普段、甘いものなど食べないせいで、どこの店が美味しい、というような情報がない。こういうことは女子に聞くのが手っ取り早いだろうと、翌日登校するとすぐに、一番話しやすい女子に声を掛けてみた。

「なぁ、委員長。ちょっといいか?」

「委員長って言うな。なに、倉嶋?」

 数人のクラスメイトとなにか話をしていたクラス委員、蒲郡(がまごおり)紫子(ゆかりこ)が、振り返って聞き返してくる。篤志は前置きもなしに尋ねた。

「この辺で、ケーキの美味い店とか知らないか?」

「ケーキ? あんたが?」

 怪訝そうな顔になる紫子だったが、すぐに教えてくれる。

「そうね……。駅前の商店街の外れのほうにある、イル・ビットって洋菓子屋さんのケーキが美味しいって評判だけど。……あぁ、でも、あそこ、ちょっとわかりづらいのよね。待ってなさい。今、地図を――、いや、案内してあげるわ。今日の放課後でいい?」

「そうか、悪いな。んじゃ、今日の放課後、頼むわ」

 気軽に応じる篤志に、紫子は少し意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。

「その代わり、ケーキの一個も奢りなさいよね」

「う……、はいはい、わかりましたよ、紫子サン」

 篤志は軽く溜め息を吐いて、自分の席に戻る。

「なーにぃ、紫子、放課後デートぉ?」

「そんなんじゃないわよ。クラス委員としては、困ってるクラスメイトを見捨てて置けないでしょう?」

「はいはい、言ってなさいよ。あー、でも、男子が急にケーキなんて言い出すなんてアヤシくなーい? オンナの家に遊びに行く手土産かもよー?」

「えー? ってことは、倉嶋くんの噂の青い髪の外国人の恋人ー?」

「ばか! 恋人って決まったわけじゃないでしょー!」

 紫子の周りではなにやら大いに盛り上がっているようだったが、篤志はなるべく耳を傾けないようにした。また『彼女』のことが話題に上っているらしかったからだ。眼鏡を外して、机に突っ伏す。

(まぁ、いいさ。もう二度と目撃されることはないんだから……)

 こうしてやり過ごしていれば、いずれ話題にされることもなくなるはずだ。篤志は、包帯を巻いた『彼女』の右手で頬杖を突くと、溜め息を吐いて、春の陽射しが差し込んでくる窓の外を眺める。彼の気分とは裏腹に、とてもいい天気だった。

 そうしているうちに放課後になり、篤志は紫子と並んで、帰宅部の生徒に混じって校門をくぐる。彼女とは中学時代から面識はあるものの、それほど親しい間柄というわけではなかったので、こうして二人きりで下校するなどというのは初めてのことだ。先日までの眼鏡が壊れていた期間中は、彼女にノートをコピーさせてもらっていたので、放課後、クラス委員の仕事を片付ける彼女を待つ――というより、仕事を手伝わされるようなことは何度かあった。だが、そのノートのコピー自体は、学校の購買部に設置されているコピー機で済ませていたので、校外で彼女と二人きりになるようなことはなかったのだ。如何に相手があのお説教好きの委員長とはいえ、女子と二人きりでの下校というのは、やはり緊張した。緊張を悟られないように、篤志は世間話を振ってみる。

「委員長は部活とか入らないのか?」

 篤志たち一年生にとっては、現在は部活動の仮入部期間だった。しかし、アルバイトで忙しい篤志は勿論、紫子もなにか部活動に仮入部しようという様子はないようだ。

「委員長って言うな。そうね。特に入ろうとは思ってないわね。わたしは生徒会に入るつもりだから、そうなったとき、部活との両立は難しいだろうし」

 紫子は視線を空のほうに向けながら答える。篤志は聞き返した。

「紫子サンは生徒会に入るのか?」

 それは似合っているような、似合っていないような、微妙な感じだ。だいたい、それでは『委員長』ではなく『生徒会役員サマ』になってしまう。

「やっぱ、内申の為?」

「あんた、言いづらいこと、ズバッと聞くわねぇ」

 篤志のあまりにも直球な質問に、紫子は少し呆れたような声を上げると、彼の顔に視線を戻した。

「まぁ、それは、ないと言えば嘘になるけど。でも、一応、みんなによりよい高校生活を送ってもらいたいって気持ちもあるにはあるのよ」

 照れもせずそんなことを言う紫子に、篤志は感心したように相槌を打つ。さすがは委員長、などと思うが、なにがどうさすがなのかは、自分でもよくわからない。そんな彼に、紫子が尋ね返してきた。

「そう言う、あんたは? なにか部活、入らないの?」

「俺は、バイトが忙しいからな。そんなもん、やってる暇はない」

 即答する篤志に、またも紫子は呆れたような声を上げる。

「なにか、打ち込めるものを作っといたほうがいいわよ? 高校生活の三年間は一度きりしかないんだから」

 婆臭いことを言う。

「言っちゃ悪いけど、あんたの内職は生活の為で、なにか目標があって打ち込んでるわけじゃないでしょう?」

「まぁ、確かにそうなんだけどな。でも、俺にとっては、あのバイトは半分趣味みたいなもんだし。それに、今からそういう仕事をやっておけば、将来就職するときに有利に働くかもしれないだろ?」

「……あんた、案外、打算的なとこもあるのね」

 そんな話をしているうちに、商店街へ入る交差点に差し掛かった。彼らの通う高校から駅方面へ向かう道でもあるので、周囲には同じ学校の生徒たちがたくさん歩いている。駅へ向かう為に、左折して商店街の中へ入っていくそれらの人波から外れて、紫子はそのまま交差点を直進して住宅地のほうへ向かうようだ。

「あれ? 商店街のほうじゃないのか?」

「言ったでしょう、ちょっとわかりづらいって。こっちなのよ」

 小走りで彼女に追いつき、問い掛ける篤志に、紫子が答える。それから程なくして辿り着いた目的の洋菓子店は、商店街と住宅地の狭間を、大通りから少し奥に入った辺りにあった。確かに、少し説明しづらい立地の店だ。こじんまりとしたわりにどっしりとした石造りの外装の店で、店の前には青銅製の骨組みの凝った細工のお洒落なテーブルと椅子が二組並べられている。どうやら、オープンテラスになっていて、そこで店内で注文したケーキとお茶が頂けるようになっているらしい。

「あぁ、確かにちょっと、わかりづらいとこだな。道案内、サンキュな、紫子サン」

「どういたしまして。じゃあ、わたしはこれで――」

「せっかくここまで来たんだから、試食していくか。――紫子サン、案内してくれたお礼に奢るよ」

「え? いいの? 半分冗談だったんだけど」

 戸惑う紫子を尻目に、篤志はその店内に入ろうとする。後についてこない彼女に、振り返って言った。

「こんなとこで男一人でケーキ食ってたら、おかしいだろ。付き合ってくれよ」

「そ、そうね。そういうことなら、仕方がないわね」

 一瞬の笑顔を、すぐにいつもの呆れたような顔で取り繕い、紫子が小走りに近寄る。二人で店内に入り、ショーケースに並ぶ色とりどりのケーキを眺めて、暫し悩んでその中から一つずつ選んで紅茶とのセットを注文した。オープンテラスのテーブルに向かい合って座る。今日は風もなく、春の陽射しが暖かい。篤志は、やがて運ばれてきたラズベリーのタルトにフォークを刺して、一口、口に入れた。さっくりとしたタルトの食感が心地いい。そして、甘酸っぱいラズベリーの味が、口の中いっぱいに広がった。

「うん。美味いな」

 滅多に甘いものなど食べない彼だったが、別に嫌いなわけではない。むしろ好きなほうだったが、普段は金銭的な余裕がなくて手が出せないのだ。それを考えると、この出費も痛かったが、まさか案内してくれた女子に払わせるわけにもいかない。篤志にも、そのくらいの見栄はあった。

「そうね。美味しいわ。奢りだと思うとなおさらね」

 紫子はそう言って、少し意地の悪そうな笑みを浮かべると、自分の前のケーキをフォークで切って口に運ぶ。

「そっちのも美味そうだな。それ、なんだ?」

「レモンカスタードシフォンパイよ」

 なんだか、呪文のような名前だった。

「ふーん。一口くれよ」

「いいけど、あんたのも半分寄越しなさいよね」

「ああ。――って、なんで、半分!?」

「冗談よ。そんな本気でケーキを避難させないでくれる?」

 そんなやりとりの後、お互いのケーキを一口ずつ交換する。彼女のそのパイは、レモンと聞いて想像したのよりも、ずっと甘かった。

「うん。これも美味いな」

「そっちのも、ラズベリーがほんのり酸っぱくて美味しいわね」

 彼のタルトを食べた紫子も笑顔になる。篤志は紅茶を一口飲むと、また自分のタルトを口に入れた。美味い。

「あぁ、天気もいいし、ケーキは美味いし、幸せだなぁ」

「……そうね。とっても幸せ」

 晴れた空を仰ぎ見ながらそんなことを言う篤志に、紫子が小さな声で同意した。

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