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第四章‐2

 それから、四人は入星審査を受けた。エリカが予め用意していたらしい人数分の電子書類を提出し、いくつかの質問に答える。そして、四人と一匹は、未開惑星の風土病等を持ち込まないように、医療検査も受けた。暫くの後、書類の審査も通り、医療検査の結果も問題なしと出て、ようやく宇宙港の構内へと出ることが出来る。

「ふぅ。やっと終わったか」

「うん。肩が凝っちゃったねぇ」

 アッシュが伸びをして言うと、アリーセがそれに応じて、ぐるぐると首を回した。サーニャも話の輪に入ってくる。

「予定外のバフスクがいたので、少し手続きに時間が掛かりました。いつもはもう少し早いです」

「そうか。おまえのせいか」

 アッシュはチッピィの鼻先をつついた。

(チッピィ、なに?)

 チッピィはなんのことだかわからないようで、小首を傾げる。アッシュはそれを軽く笑ってから言った。

「それにしても、こういう手続きってのは、どこでも同じようなもんなんだな」

 彼は海外旅行の経験はなかったが、映画等で見る国際線の入国審査の手続きに似ている印象を受けたのだ。エリカが微笑む。

「そうですか? これでも、私たち、フォーアルの人間は審査が簡略化されているんですよ。一般の方が未開惑星から帰ってきたりしたら、丸一日くらいは手続きや検査に時間が取られるでしょう」

「フォーアル?」

 自動翻訳アプリを自分で使うのは初めてだったが、さっそく翻訳出来ていない単語が出てきた。アッシュはそれを聞き返してみる。初出の名詞の翻訳には若干のタイムラグが存在するという自動翻訳アプリの弱点をわかっているのか、エリカがもう一度、同じ言葉を繰り返してくれた。

「軍属、です。私たち、軍属の人間の審査は簡略化されている、と申し上げたんです」

「なるほど。そうなのか……」

 軍属のおまけであるアッシュも、審査の簡略化の恩恵は受けているのだろう。丸一日もこんなところで足止めを食らわずに済んで、ほっとする。

 それにしても、今は既にエリカたちは彼女らの母星語で話しているはずだが、自動翻訳されてアッシュの耳に届くその言葉は、喋りの間といい、イントネーションといい、先ほどまでそうしていた、直接、彼の国の言葉を話していたときと全く区別が付かなかった。アッシュは、改めて自動翻訳アプリの技術の高さに舌を巻く。この完璧に近い翻訳に比べれば、たまに名詞の翻訳にタイムラグが出ることくらいは十分許容範囲内だろう。

 会話が一段落したところで、アッシュは改めて宇宙港(スペースポート)の広い構内を見回してみた。雑多な人種が溢れていて、彼の星の国際空港の雰囲気に似ている気がする。ただ大きく違うのは、そこかしこを行き来している人々の髪の色だ。『彼女』と同じような青い髪もいれば、赤や黄や緑や紫、ピンクの髪の人々までいた。勿論、黒髪や茶髪、金髪などの、一見しただけでは彼の星の住人と見分けが付かないような人もいる。失礼にならないように注意しながら周囲の人々を観察してみると、髪の色だけでなく眼の色も、彼の星の住人ではあり得ないような、様々な色をしているようだ。

(まるで、アニメか恋愛シミュレーションゲームの登場人物だな)

 アッシュはそんなことを思いながら、物珍しげにきょろきょろと辺りを見回しつつ、歩き出したエリカたちの後について歩いていく。基本的には、彼の星の空港と同じような雰囲気と造りだが、高い天井付近に立体映像(ホログラフィー)の時刻表や行先案内板が浮かんでいたり、通り掛かる人に合わせて自動的にお勧めの広告を立体映像(ホログラフィー)で映し出す広告板があったり、自走式の飲み物かなにかの自動販売機らしきものが動きまわっていたり、全自動の清掃機械がゴミを拾っていたり、と彼にとっては珍しいものだらけだ。それに、時折、やけに幼い職員とすれ違ったりもして、目を惹かれた。

(アリーセやサーニャで慣れたつもりだったけど、ホントにこの星では皆、若いうちから働いてるんだなぁ)

 アッシュは自分より歳若い職員を眺めながら、そんな感想を抱いたりする。やがてエリカたちが、横幅が優に二十メートルくらいはありそうな大きな扉の前で立ち止まった。余所見をしながら歩いていたアッシュは、前を歩いていたアリーセにぶつかりそうになって、慌てて足を止める。

「ここから、首都セレストに降ります」

 エリカがアッシュを振り返って言った。

「なんだ、この扉? ひょっとして軌道エレベーターってやつか?」

 SF小説で得た知識で、そう尋ねるアッシュ。だが、その言葉を聞いて、エリカは小首を傾げた。

「軌道エレベーター、とはなんですか?」

 どうやら、通じなかったようだ。ということは違うのかな、と思いつつ、アッシュは簡単に説明する。

「ここから地上まで降りる、長いエレベーターだ」

 それを聞いて、エリカは首を振った。

「そのような長いエレベーターを作るのは、非効率ですね。これは『転移門(ワープポータル)』ですよ」

 確かに、ここから地上まで転移が出来るのならば、わざわざ地上まで続く長いエレベーターなどを作る必要はないだろう。アッシュは少しがっかりした。

「なんだ、ワープポータルか。それにしても、デカイな」

 先日の事件の際、初めて使った『転移門(ワープポータル)』は、人一人が入れる程度の大きさのカプセル型のものだったのだ。そのアッシュの感想に、エリカが笑う。

「それは、これだけ大勢の人が行き来するような『(ポータル)』ですから。さぁ、入りましょう」

 エリカが『転移門(ワープポータル)』の横のチケット売り場のようなところで、四人分の『転移門(ワープポータル)』使用料をまとめて支払った。チケットのようなものはなく、直接手の甲にスタンプを押される。そうして、四人は『転移門(ワープポータル)』の中に入った。勿論、彼らだけではなく、大勢の乗客と一緒だ。この巨大な『転移門(ワープポータル)』は人が入る都度動かすわけではなく、起動する時刻が決められているらしい。これだけの長距離を転移させるので、使用する魔力炉のエネルギーも莫大になる為、少人数で何度も動かしていると無駄が多くなるからだろう。そうこうしているうちに『転移門(ワープポータル)』の起動時間になった。エレベーターガールのような乗務員が壁に付いたパネルを操作すると、眩暈のような感覚に襲われる。そして、一瞬後には、彼らは惑星セレストの地表に降り立っていた。扉を出て、また、先ほどまでと同じような広い施設の構内を歩く。

「ここは既に惑星セレストの地表で、今いる施設は、首都セレストの中央(セントラル)(ステーション)です。この惑星セレストの各地へ繋がる『転移門(ワープポータル)』が設置されています」

 歩きながらエリカが説明してくれた。

「ふーん」

 相変わらず、アッシュは、きょろきょろと周りを見回しながら、彼女たちの後について歩いていく。今、エリカは『中央駅』と言ったが、やはり、どちらかというと駅よりは空港のように見えた。そんな挙動不審なアッシュに、アリーセが言う。

「アッシュぅ、ちゃんと前見て歩かないと危ないよぉ? 手ぇ繋いであげよっかぁ?」

「……いや、大丈夫だ」

 アッシュは、自分が、ひどい田舎者になったような気分になる。

(いや、実際、ここの住人から見れば、俺なんかえらい田舎者なのか)

 その広い構内を抜けて、セレスト中央(セントラル)(ステーション)から高層ビルの立ち並ぶ首都セレストの中心街に出た。確かに、エリカが言っていたように、春物の服装でちょうどいい気候だった。出発したときのアッシュの街の気温よりも、若干高いかもしれない。湿度は、こちらのほうがだいぶ低いように感じる。アッシュは、高層ビルに囲まれた空を見上げてみた。彼の星よりも、心なしか青色が濃いような気がする青空が広がっている。その青空を縦に裂くようにしてそびえる、周囲の高層ビルよりも遥かに高いタワーが一際目を惹いた。それが気になったので、アッシュは尋ねてみる。

「あのタワーはなんだ?」

「この首都セレストのランドマークの一つ、セントラルピラーです。本来の用途は電波、魔力の通信塔ですが、展望台もあって、この首都セレストを一望出来るそうですよ」

「へぇー」

 エリカの説明に、アッシュは、スカイツリーみたいなものか、と思いながら相槌を打った。それから、エリカは、事務的な方向へ話を変える。

「まずは、ホテルにチェックインしてしまいましょう」

「ホテルなのか? 陸軍のほうに宿舎とかがあるのかと思ってたんだけど」

「陸軍本部に勤務する隊員用の寮施設等はありますけれど、こうして外から来た人間が、一時的に泊まれるような施設はありませんね。申請すれば、寮の空き部屋を使うことくらいは出来ますが、それでは落ち着かないかと思いまして」

「それは、気を遣ってもらって済まないな」

 エリカの説明にアッシュがそう言うと、彼女は軽く微笑んだ。

「それでは、参りましょうか」

 そうして四人は、エリカを先頭にホテルへと向かう。アッシュは飛行魔法で飛んでいくのかと思ったが、普通に道を歩いていくようだ。そういえば、歩道には彼の星と同じように雑多な人々が行き来しているし、空を見上げても飛んでいる人影は見当たらない。広い車道には、見慣れないデザインではあるが自動車らしきものもたくさん走っている。アッシュは少し拍子抜けした。これでは、彼の星の都市部とそう変わらない。

 やがて到着したホテルは、彼の国のいわゆるビジネスホテルなどよりは、少しだけ高級そうに見えた。エリカが、フロントでチェックインの手続きをする。その彼女がアッシュを手招きした。

「アッシュ。そのバフスク――チッピィの登録証はありますか? 登録証を提示して証明出来れば、バフスクほど知能の高いペットなら連れて入れるそうです」

「登録証?」

 アッシュはチッピィの入ったバスケットを下ろすと、とりあえず首輪に付いたタグをいじってみる。案の定、タグの裏に付いていたスイッチを押すと、ペット登録証らしき立体映像(ホログラフィー)が表示された。

「これか?」

「はい。結構です」

 その登録証を確認したフロントマンが言い、ホテルの管理システムの操作端末らしきものになにかを打ち込む。それから、エリカがチェックインの手続きを終えるのを待って、二人でアリーセとサーニャのところへ戻った。エリカが、アッシュに向かってカードキーの一枚を差し出す。

「部屋は、アッシュと私たち三人の二部屋です。私は荷物を置いたら、陸軍本部へ出頭しなければなりません。いろいろと報告等があるものですから。アッシュは申し訳ありませんが、ストルニムリ・ウル・アミセングランでセミオリ・ピオーネ・ユニデレファシー登録の手続きをして頂けますか?」

「……済まん。もう一回頼む」

 自動翻訳されなかった単語が少々長過ぎた。繰り返すのも面倒だったので、そうエリカに頼むと、彼女はもう一度繰り返してくれる。

「移民局で連邦準市民登録をして下さい、と申し上げたんです。アリーセとサーニャが同行しますので、わからないことがありましたら、二人にお聞き下さい。それと、銀行口座の開設もお願い致します」

「準市民登録ってのが必要なのは、身分証明の為とかなんだろうけど、なんで銀行口座も必要なんだ?」

 エリカの言葉に、アッシュはカードキーを受け取りながら疑問を返した。

「それは、貴方は、私ども、陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊第八小隊の現地協力員として登録されているので、わずかですが軍から手当てが出ることになっている為、その振込口座が必要なんです」

「そうなのか? なんだか申し訳ないな」

 エリカの返事に、アッシュはそんな感想を口にする。実際に現地協力員として仕事をしているわけでもないのに手当てを受け取るというのは、多少、気が引けた。

「ご心配なく。これから働いて頂きますから」

 珍しくエリカが冗談めかして言う。その言葉に、思わずアッシュは笑ってしまった。エリカが話を戻す。

「それらの手続きがお済みになりましたら、その後は夕食の時刻まで自由にして下さって結構ですので」

「そうか……。それじゃ、その後は、その辺を観光でもしようか」

 アッシュが答えた。アリーセがそれに応じる。

「じゃあ、あたしたちが案内してあげるよぉ」

「ああ。頼むな」

 話が一段落したと見て、エリカがその場をまとめるように言った。

「それでは、そろそろ部屋へ向かいましょう」

 四人がホテルの一階ロビーの隅にある円筒形のシャフトの前に立つと、シャフトの前面が自動で開き、中空のシャフト内に光で出来た床のようなものが出現する。エリカたちがそこに乗り込んでいくので、アッシュも恐る恐るその光の床に乗ってみた。柔らかなカーペットの上にでも立っているような感触だ。シャフトの前面が閉じると、内壁の辺りに操作パネルのようなものが浮かび上がる。エリカがそのパネルのボタンを押すと、光の床がシャフト内を上昇し始めた。どうやら、これはエレベーターだったらしい。これはSFっぽいなぁ、とアッシュは少し嬉しくなった。光の床は八階で止まり、またシャフトの前面が自動で開く。四人が光の床からエレベーターホールへと降りると、その光の床は消滅し、シャフトの前面が閉じた。このシステムなら、エレベーター待ちをする必要がなさそうで便利だな、などとアッシュは思う。

 このホテルは十五階建てだったので、彼らの部屋があるこの八階はちょうど真ん中だ。アッシュの部屋はエレベーターの近く、エリカたち三人の部屋は廊下を進んだ奥のほうで、少し離れていた。

「では、後ほど」

 と、頭を下げるエリカたちと別れ、アッシュは自分に割り当てられた部屋に入る。一人用のその部屋は、彼の自宅アパートのワンルームの部屋と大差ない広さの部屋だった。窓からはセレスト中心街の高層ビル群が眺められ、ランドマークだというセントラルピラーも見える。部屋の中には、機能的なデザインの机や椅子、ベッドが置いてあった。それらは、彼の星のものとほとんど変わらないように見える。実用的なデザインを突き詰めると、似たような形状になるものなのかもしれない。しかし、部屋の隅には見慣れない機械が置いてあったりもした。うちの星にいるのと変わらないように見えるけど、やはり違う星なんだな、などと思う。適当に荷物を置いて、トイレやバスルームも覗いてみた。トイレは彼の星のものとほとんど変わりなかったが、バスルームにはバスタブがなく、人一人が入れるくらいの円筒形のカプセルが設置されている。

「……なんだこれ?」

 あとでエリカたちに使い方を教えてもらおう、と思いながら部屋に戻り、とりあえずベッドに腰掛けた。

「あぁ、なんか結構疲れたな」

(アッシュ、疲れた?)

 独り言のつもりだったのだが、ベッド脇に置いたバスケットの中のチッピィが念話で応じてくる。アッシュはチッピィの鼻の頭をつついて言った。

「ああ。主におまえのせいだぞ?」

(チッピィ、なに?)

 チッピィは小首を傾げる。知能が高いというのだから、先刻の戦闘を覚えていないわけではないだろう。単に、気にしていないだけなのかもしれない。アッシュは苦笑すると、くしゃくしゃとチッピィの頭を撫でまわした。

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