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いつもと違う夏

作者: 東西南喜多

テーマ小説「夏」他の先生方の作品は、「夏小説」で検索すると読むことが出来ますので、是非ご覧下さい。


高校二年の夏―――


僕達が付き合い始めて、早二ヶ月。未だに手も繋いだ事がない僕達を、廻りのみんなは冷やかしていた。

教室の中にいるのは、数人の生徒。明日からは夏休みに入るので早々に帰り支度をして帰る者や

のんびりと友達と話している者。部活に精を出している者など様々。

そんな中、僕はと言うと―――

「いい加減、少しは進展したのか?透」

「んっ…いや、まだ……だけど―――ごほっ」

掴まりたくない悪友に掴まり質問攻めにあっていた。煮え切らない僕の背中を容赦なく叩いているのは、友達の高志。

男前なのだが、その思考回路がかなり飛んでる顔が、僕を見てはニタニタと笑っていた。楽しんでいるよ…こいつ。

どうせ、僕から聞き出して明日には学校中に広めようって魂胆だろう。まあ…明日から夏休みだからそれは無理か。

「しかし、お前があの子と付き合うとは、思ってもいなかったけどな」

「それは、僕の方が驚いているよ。なんで僕なのか…未だに―――」

「未だに…何?」

「うわっ!」

突然聞こえてきた声に僕と高志は驚いて、バランスを崩して転んでしまった。

痛む腰を擦りながら、後ろを振り返ると―――


「未だに…何なのかなぁ〜、透君」


悪戯っ子のような笑みを浮かべて立っていたいたのは、今まさに話題に上っていた当の本人。

一年の時から男子生徒に人気があり、かなりの告白を受けても全て断ったという伝説を持っている女の子。

その人気で一年の時はマドンナと呼ばれていた。

「か、香織さんっ!」

「もぉ〜…また、さん付けで呼んでるっ。いつも言ってるでしょ、香織でいいって」

腰に手を当てて、いかにも怒ってますよと言わんばかりのポーズで、僕の前に立っている香織さん。

その顔は、どことなく楽しいそうに笑っているように見えた。

「えっ…いや、えっと…ごめんなさい」

「むぅ〜…もういいよ。それよりまだ帰ってなかったんだね?」

今度は首を傾げて不思議そうに僕を見ている香織さんは、キョロキョロと辺りを覗っている。

周りにいるのは、暇人なクラスメイトとその友達ばかり。その中に僕も入っている訳だけど…。

「それは、こいつが香織嬢を待っていたからだよ」

「あっ、馬鹿っ!高志、余計なことを―――」

「そうなんだぁ…嬉しいな。それと居たんだね…高志君」

「それは酷いぞ…高瀬香織」

「フルネームで呼ばないでよ―――恥ずかしいよ。ねぇ、透君」

ちょっと顔を赤くして嬉しそうな顔で僕を見ている香織さんと、その後ろで笑いを耐えている高志の姿が目に入ってきた。

絶対に僕で遊んで楽しんでるな…高志の奴は。それにしても、相変わらずお似合いの二人だ。

未だに信じられないんだ…僕が彼女と付き合っている事を…。もしかしら、僕はただのおまけじゃないかと思う時もある。

「ちょっと待ってくれるかな?もう少しで用事が終わるから」

「分かった…」

「ごめんね。直ぐ終わると思うから…」

申し訳なさそうに手を合わせている香織さんは、少しおどけた表情をして―――

「じゃぁ待ってねっ」

「うんっ」

嬉しそうな顔をして手を振りながら教室を出て行った。

「ラブラブ…だな」

「うわっ…いきなり何するんだっ!」

後ろから抱き付いてきた高志を引き剥がして睨みつける。この暑い時に何をするんだ…背中が汗で気持ち悪いだろ。

「あぁ〜あ…行っちゃった。寂しいな…透ちゃんよぉ」

「あのなぁ…」

間の抜けた声で話している高志を他所に僕は窓の外を眺めていた。

雲一つ無い空が僕の目に飛び込んできて、いやでも夏だと感じる鳴き声が合唱しながら響いていた。

そんな事を考えながら、ぼんやりとしていると―――

「それにしても……今日の香織嬢は元気だったな、透ちゃんよ」

「―――んっ?」

そう言われて始めて気づいた。そう言えば、やけに元気な感じだった…何かあったのかな。

いつも誰にでも優しくて明るくて元気だけど、今日は特別元気な気がするのは、いつもより喋ってるからだろうか。

「まぁ…あれくらい元気な方がいいぞ。明日からは楽しい夏休みだ―――頑張れっ、少年っ」

「なっ!―――何を頑張るんだよっ!」

「それを言わせるのか?透ちゃんっ」

いやらしい笑みを浮かべてバシバシと僕の背中を叩いている高志。

それからくだらない話を高志をして暇を潰して、そろそろ時間かなと思った頃。

「まぁ…それより、これからどっか行かないか?」

「どこに行くんだよ…それにまだ―――」

「お待たせっ」

なんともタイムリーな現れ方をした香織さん。ちょっと息を切らして肩が上下に動いている。

走ってきたのかな…無理をしなくていいのに。

「おっ、揃ったな―――行くぞ、少年っ!と、その彼女ニ号っ」

「少年言うなっ」

「えっ?…何?ニ号?」

「心配するなっ、一号は俺だっ!」

「気色悪い事言うなっ!高志」

状況を理解していない香織さんの頭にはクエスチョンマークが点滅してるみたいだ。

誰が彼女一号だ…僕にはそんな趣味はないぞ、高志。目の前でクネクネと動いている高志が気持ち悪い。

いつもの事ながら、この突拍子も無い行動をする高志にはついていけない。

そんなこんなで、かなり強引な高志に連れられて僕達は学校を後にした。






「それで―――なんで、ここに来てるんだ?」

「んっ…夏と言えば海だろ」

隣に座っている高志は、「当たり前だろ」と言わんばかりの顔で僕を見ている。

意味が分からず僕は何気なく海を眺めてみる。綺麗に光り輝く波―――太陽の光を浴びて、海全体が大きな宝石箱

のように輝いていた。しかし―――暑い。まぁ…座っている場所が悪いだけなんだろうが…。

海岸沿いの防波堤の上で、お尻も暑いが日陰もないので頭も暑い。全身が暑いと言った方がいいのかもしれない。

「暑いぞ…透」

「暑いよ…透君」

「それは僕の台詞だ…馬鹿高志。それと僕も被害者だよ、香織さん」

ジト目で睨む高志を真似て、同じように僕を睨む香織さん。これは僕のせいではなくて高志のせいなのっ!

「そうだったね…暑いよ、馬鹿高志君」

「馬鹿とは失礼なっ!高瀬までそんな事を…って怒ると余計に暑い」

そう言って立ち上がっていた高志は拳を握り締めたまま、また座りなおした。

「泳ぎたいな…透ちゃん」

「いきなり何を言い出すんだ?お前は…」

「夏と言えば海…海と言えば水泳―――そして、水着の美女だぁ!」

またもや握り拳を掲げて立ち上がった高志は、海に向かって叫びだした。恥ずかしい奴だ…周りにいる人が

何事かとこちらを一斉にみてるじゃないか…。他人のふりが出来ないのが辛いところだ。

「さて…花火がしたい」

「いきなりな奴だな…」

「いいなぁ…私もしたい」

高志に同調するように言って、僕の顔を覗き込んでいる香織さんの顔はどこか楽しそうだった。

「おっ…さすがは高瀬、話が分かるねぇ―――それに引き換え、お前さんの彼氏は乗り気じゃないけど…」

「そうだねぇ〜、寂しい限りだよ」

そう言って楽しそうに笑っている二人を見ているとなんとなく疎外感を感じてしまう。

高志は顔は悪くない…いや、これでもかなりもてる方だ。それが今まで特定の彼女を作らないから色々と噂にもなっていた。

実は男が―――とか、本命が他にいるのではー――とか…。

傍から見ていても、高志と香織さんはお似合いだった…僕なんかよりは数倍も。

一時期、噂にもなったくらいの二人だ。お互いが意識してない訳はないだろう…。

それに僕には何も取り得はない…顔も、勉強も…スポーツも何も人並みだから―――

「どうした?透」

「どうしたの?透君」

これまた二人同時に―――本当に息のあったコンビみたいに僕を見て聞いてきた。

何故だろう…胸が痛い。どうしようもなく、胸が締め付けられて苦しい。この場から逃げ出したい衝動に駆られる。

「いや別に―――なんでもない」

「そうか?ならいいけど…それじゃ―――」

そう言って高志と香織さんは二人で話している。何を話しているのか聞こえない距離ではないのに、何故か僕の耳には

入ってこなかった。どこか違う所に意識が飛んでいたせいなのか…。

「それじゃ…明日なっ」

「うん、じゃぁね。高志君」

「えっ…」

気づいた時には、高志は手を振りながら帰っていくところだった。

「透君…大丈夫?」

「えっ…うん、大丈夫」

そして、目の前にある香織さんの顔にも今気づいた。どれだけの間、僕は何をしていたのだろう…。

「帰ろうっか?」

「うん…」

そう言ってゆっくりと前を歩いて行く香織さんの少し後ろを歩いていた僕に―――


「もう…透君。―――ここ」


指差したのは、香織さんの隣だった。ちょっと恥ずかしそうに頬を染めて、僕を見ている。

「うん…」

そう言って僕はゆっくりと香織さんの隣に並んだ。かなり照れくさいけど、嬉しそうに微笑んでくれている香織さんの

顔がそばにあって僕の心臓はこれ以上ないくらい跳ね上がっていた。伸ばせば届きそうな距離になる手―――

でも、触れる事の出来ない僕の弱い心。

このまま二人でいたいと願うのなら…いつかはその手を掴む日が来るだろう…そう信じていたけれど。

だけど、本当にそれでいいのだろうか…僕はこのままでいいのだろうか。

「明日、花火するんだって高志君が張り切ってたよ」

「明日…?」

「聞いてなかったでしょ?透君」

そう言われてドキッとした。確かに僕は何も聞いていなかった…いや、聞きたくなかっただけかも知れない。

楽しそうに話している二人を見るのも辛かったから。

「明日の夜に、海で花火しようって―――ねぇ、聞いてる?透君」

「えっ?う、うん、聞いてるよ」

「そう?…それじゃ、また明日ね」

いつの間にか道が二手に分かれていた。右に行けば僕の家、左に行けば香織さんの家。

正反対の場所にある僕達の家。なんだか、僕の気持ちを現しているみたいだ。

たぶん僕だけが感じている違和感で、香織さんには分からないだろう。


「ばいばいっ、透君」


手を振りながら歩いていく香織さんが見えなくなるまで、僕はその場でただ佇んでいた。

何故、こんなにも怖いのだろう…。「もしも…」ばかりをさっきからずっと考えている。

今までは考えることなんてなかったのに、なんで今なんだ…今考える必要がどこにあるんだ。




次の日は雨だった―――

昨日までの天気が嘘のように降り続く雨は、地面を容赦なく叩きつけていく。

この調子では、今夜の花火は中止だろうな―――そんな事を考えながら、携帯を見ると電源が落ちている事に気づいた。

「あれ…電池が無いのかな?」

そう思い充電器を繋ぎ離れようとしたら、突然携帯電話が鳴り出した。


「この曲は…高志かぁ」


高志が自分専用の着信音だと言って設定して曲だ。なんとも気だるい感じで携帯に手を伸ばして開いてみると、

ディスプレイには高志の名前が表示されている。そのまま通話ボタンを押して―――


『おっそいぞっ!早く出ろっ』


開口一番怒られてしまった。

「なんでいきなり怒られてるんだよっ」

『何度電話しても繋がらないからだっ』

「ごめん…充電が切れ―――」

『そんな事はどうでもいいっ!今すぐ病院に来いっ』

かなり切迫した声が受話口から聞こえてくる。今何ていった…?病院?

「病院って…?」

『高瀬が事故にあったんだっ!』

その言葉が聞こえてきた時、僕は携帯を落としそうになっていた。高志は誰が何にあったって言った?

誰がどうなったって?僕の聞き間違いか…。

『透っ、聞いているのかっ!透っ』

「えっ…あぁ、聞いてる」

『だったら早く来いっ!』

「分かった」

そう言い終わるより早く電話は切れてしまった。今の状況を理解するのがどれだけ大変なのか頭は分かっているようだ。

でも体が動かない…まるで鉛を持っているように体が重い。何がどうなっているんだ…どうして…。

頭の中には、訳の分からない思考がグルグルと駆け巡っていた。なんで高志がいるんだ?

僕よりも先になんで高志が病院にいるんだ…。まさか、一緒に―――。

おかしな思考に支配されそうになっていた頭を振り、重い体を引きずって僕は病院への道を急いだ。

雨が体を容赦なく濡らしていくがそんな事は今はどうでもいい。

ただ、導かれるように足が目指している。その場所を―――あの人がいる場所を…。




「高志…」

びしょ濡れになりながら病院に辿り着いた僕の目に入ってきたのは、同じく濡れて疲れきった高志の姿だった。

「透…」

「何がどうなっているんだよっ」

何がなんだか分からない僕は、高志に襟首を掴んで詰め寄っていた。

「高瀬の友達から電話があったんだ…『高瀬が事故にあった』ってな。それで透に連絡して欲しいと言われたんだ」

「じゃぁ…香織さんと一緒にいた訳じゃ―――」

どうしても気になっていた事を聞いてみるが、高志は僕を睨みつけるように―――

「なんで俺が高瀬が一緒にいるんだよっ」

半分キレ気味に僕を引き剥がす。

「高瀬はお前の携帯が繋がらないからって、今日の事で話をしたかったみたいなんだ」

そこまで話して、高志は一息いれて―――

「お前の家に行く途中で…車に―――」

「そんな…」

それを聞いて何とも言えない感情が溢れてきた。

それじゃ…僕の家に来る途中に事故に遭ったんだ。どうしてこんな事になってるんだ…どうして…。

「それよりも、病室行くぞ」

「―――そうだっ、香織さんはっ!香織さんは大丈夫なのっ」

「自分の目で確かめろ…透」

そう一言言ってから、歩き始めた高志の後ろを付いて、僕は病室へ向かっていった。

外の雨のせいで薄暗い病院内―――どこか異世界にきたような感じがする。歩いている廊下がまともに歩けてるのか

それすらも分からないぐらい、足元がフワフワとしているようだ。


「ついたぞ…ここだ」


立ち止まって僕の方を見ている高志の横に、ネームプレートがある。

そこには見覚えのある名前が書かれていた。高瀬香織―――それは、僕にとって一番大切な人。

「入るぞ…」

ドアノブに手をかけてゆっくりと廻し開けていく。扉はなんの違和感もなくすんなりと開いていき、そして―――


「あれ?…どうしたの?高志君―――あっ、透君」


なんとも普通の声が返ってきた。ベットの上でチョコンと座っている香織さんは、僕達の登場に心底驚いたような

表情をしていた。それ以上に僕の方が驚いていたのは言うまでもない。

「―――か、香織…さん?」

「んっ?…どうしたの?透君」

首を傾げている香織さんは、不思議そうな顔をしていたけど、急に―――


「あっ…どうして携帯電話通じないのぉ〜、もぉ〜」


と、怒り出してしまった。それを見ていた高志は、途端にお腹を抱えて笑い出した。

「なんだよっ、全然平気そうじゃねぇかよ。心配して損したぞ」

「酷いよぉ…これでも、怪我してるんだよ」

どうにもついていけないテンションの二人。

確かに事故にあったとは言われたけど…なんでいつも通りなんだ、この二人は。

「それじゃ…香織さんは―――」

「んっ?…私は平気だよ。ちょっと足を挫いただけだから。でも念の為に精密検査をしようって事で

入院する事になったけど、問題ないと思うよ」

「高瀬は足以外はピンピンしているみたいだな…意外と運動神経はいいと判断した」

「ちょっと、高志君っ。それはちょっと酷いよぉ」

なんと表現していいか分からないが、酷く疎外感を感じてしまう。なんで二人共、こんなに平気そうなんだ。

こんなに心配しているのに、なんで二人共笑っていられるんだ。僕だけがおかしいのか…?

「どうした?透。そんな怖い顔して―――」

「どうしたの?透君…ねぇ、透君ってばっ」

聞こえてくる二人の声がどこか遠くで聞こえる。なんでだろう…どうしてこんな事を感じるんだろう。

目の前で繰り広げられてるのが、茶番に見えてきてしまっていた。二人して楽しんで…僕は除け者みたいだ。

僕がどれだけの思いでここまで来たのか、それを二人は―――


「僕がどれだけ心配したと思ってたんだよっ!」


体中に溜まっていた感情が一気に爆発したように、堰を切って溢れ出してきた。

「おい・・・とお―――」

「と、透君っ!」

ただその場から逃げ出したかった―――それがその時の気持ちだった。

病室の中から聞こえてくる二人の戸惑った声が聞こえてきたけど、それすらも僕には辛い。

どこをどう走ったのか覚えてないが、僕は自分の部屋のベットにうつ伏せになっていた。




それから数日――――

夏休みが始まっても、僕の気持ちは晴れる事はなかった。それどころか日増しに暗く、気持ちが落ち込んでいくのが分かる。

原因は分かっている。でもそれを確かめるのは怖いんだ。


「どうして…あの時―――」


声だけが響き渡る部屋で僕はベットに突っ伏していた。外は暑苦しいセミの鳴き声が木霊していてうるさい事この上ない。

ただ部屋の中で一人ウジウジと考えている僕は夏とは無縁の人間かも知れない。

こんなにいい天気なのに、僕はもう何日も部屋を出ていない。誰かに会うのが嫌だった…。

何度も高志から携帯に電話が入っていたが、僕は頑として出なかった。あの日以来、香織さんからは電話はない。

それが意味するところは―――考えても、考えても出てくる答えは一つしかなかった。

「どうしたら…」

出てきては掻き消していた答えがまた浮かんで、それを必死に振り払っていると、

携帯の着信を告げる音色が鳴り響いた。

「―――この音は…」

携帯を取りディスプレイを確認してみると、そこには高志と表示されていた。

一瞬どうしようかと迷ったが、これ以上心配かけるのもあまり好きではないので電話に出る事にした。

『透かっ!お前何やってるんだよっ』

「なんだよ…」

『何回電話しても出ないしよっ!あの日は勝手に飛び出して、挙句の果てには高瀬泣かせて―――』

「えっ…?」

その言葉が僕の胸に突き刺さった。香織さんが泣いていた…僕のせいで…。

僕が泣かせたんだ。冷静になれば、僕が悪いのは分かっている…だけどあの時は、どうしても我慢できなかったんだ。

『高瀬が私が悪いんだって、何度も言ってぞ。俺にはお前の行動が理解できなかったけどな』

「それは―――」

今なら全部話せると思い、高志に今まで感じていた事全てを話した。

黙って聞いていた高志だが、開口一番―――

『お前は馬鹿かっ!』

と、怒鳴られてしまった。ここまで怒った高志は始めてだが、次に―――

『俺はお前達を応援はするが、お前から高瀬を奪ったりはしない』

きっぱりと言い切った。

『ちゃんと、高瀬に言ってやれよ。お前の気持ちを…伝えて来いっ!透っ』

「うん…分かった。それからごめんね…」

『あほ…謝る相手が違うぞ。俺達は友達だ―――これからは何でも言って来いっ』

「うん…高志、ありがとう」

電話の向こうで照れたように笑う高志の声が聞こえて、電話は切れていた。

暫く電話を眺めていたが、僕の気持ちは決まっていた。僕一人が勝手に盛り上がってしまい、

二人に変な嫉妬をして迷惑をかけてしまった。だから、ちゃんと謝らないといけないんだ。

そう思い、急いで出かける準備をしていると、またもや携帯の着信音が鳴り出した。


「んっ…?」


それは高志が設定した着信音でもなければ、僕が設定した着信音でもない。

聞きなれない着信音に不信に思いながら、携帯のディスプレイを覗いてみると―――


「かお…り……さん?」


ディスプレイに表示されている名前は、間違いなく香織さんだった。

今まさに会いに行こうとしている相手からの電話に、どうするか考えていると不意に着信音が鳴り止み

電話は静かになってしまった。突然の事に急いで携帯を見てみると、画面には伝言メモのマークが点滅を繰り返して

伝言のある事を示していた。その画面を眺めていると、まともや電話が鳴り始めた。

それはさっきと同じ曲―――相手も同じ。ここは電話に出ないといけないのに…いざとなったら怖い。

何故あの時、僕は逃げたのだろう。あの二人を見ていると、胸が苦しくてあの場所にはいたくなかった。

でも、それは僕だけが感じていた言いようもない恐怖からくるものだったのだろう。今は違う…もう迷う事は無い。


『と、透君っ!』


そう思いながら、僕は通話ボタンを押していた。

数日間聞かなかっただけなのに、とても懐かしい感じがする声が電話の向こうから聞こえている。

『あの…その、ごめんなさいっ』

段々と声が擦れて聞き取り難くなっている。所々に嗚咽が混じり始めて、僕は電話の向こうで何が起こっているのか

理解した。香織さんが泣いている…僕が、泣かせてしまったんだ。

『ねぇ、透君。お願い…声、聞かせて―――』

もう涙声で上手く喋れてない香織さん。そんな香織さんの声を聞いているのは辛い。

でも、上手く言葉にならない自分の気持ちがもどかしい。

『透君―――私の事…嫌いになったの?』

その言葉はどういう意味?僕は香織さんの事、大好きだ。

大好きだから―――それが分からなくなって、疑心暗鬼になっていたあの時も、二人をみて疑って…。

『私は…透君の事、大好きだよ。誰よりも―――』

そこで声は途切れた。だけど、次の瞬間―――


「大好きなのっ!」


大きな声が外から響いてきた。今、電話で聞いていた人と同じ声が外から―――それも近くから聞こえる。

僕は急いで窓まで駆け寄り、下を見下ろした。

そこにいたのはやっぱり―――


「香織…さん」


だった。

「透君、ごめんね。私が何かいけない事したから、透君…怒って帰っちゃったんでしょ。私が―――」

違う…香織さんが悪い訳じゃない。誰が悪い訳じゃないんだ…。

「ずっと考えてた…嫌われちゃったんじゃないかって。だから怖くて…それで…」

香織さんの頬を伝う涙は、幾重にも流れている。泣きながら必死に僕に訴えかけてくる声。

その全てが僕の心に届いてくる。これだけ思われているのに…僕はどうして信じきれなかったのだろう。

僕自身が弱いから…ただ、仲良く話してるだけの二人を見て嫉妬して、そして勝手に怒ってどうしようもない奴だ。

そんな僕の事を、こんなにも思ってくれている香織さんに僕は―――


「僕も大好きだっ!」


有りったけの気持ちを込めて叫んでいた。そして走り出していた…香織さんの元に。

どんな言葉よりも、今の僕の気持ちを現すにはこの言葉が一番だと思った。

本当に大好きで、誰にも渡したくない。もうウジウジと悩んだりしない…もう迷わない。

だから何度でも言える―――


「香織、大好きだっ!」


玄関を開けて、そばまで走り寄った僕を香織さんは、嬉しそうに僕を見て微笑んでいた。


「やっと…香織って、呼んでくれた……」


瞳には涙をいっぱい溜めて、僕の胸に飛び込んできた香織さんを、力いっぱい抱き締めていた。

優しいその笑顔が僕は一番好きなんだ。だから、この言葉を何度でも言える。僕は本当に好きだから…。


「大好きだよ…香織」

「私も―――透君」


互いの鼓動を感じながら、僕達は瞳を閉じた…。


ゆっくりと感じる僕達の鼓動は―――


いつもと違う夏の始まりを、告げていた。






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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました。 主人公の葛藤が、うまく描かれていたように思えます。しかし、一方で、学園のマドンナでかたくなに交際を断り続けてきた香織が、なぜ主人公を選んだのか、その理由がわかりませ…
[一言] 主人公が自分の想いを固めていく過程が良く伝わってきました。 「大好きだっ」のあたり、何とも青春ですねえ。
[一言] 笑いあり涙ありのラブコメ小説(?)ですね。友達不信におちいってしまうところなんかリアリティーがあってよかったように思えます。
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