もう、サヨウナラ
私の傷は癒えそうな気がした。
今でも隼人のことがたまらなく好きだけど、誠司くんがあんなに優しく愛してくれている。
それで、いいじゃないか。
昨日のデートを思い出し、快感に浸った。
携帯が鳴った。
時間にして夜の21:00だ。
「今から会えない?」
隼人からのメールだった。
嬉しさと切なさが交差する。
私は体だけなのだ。菜々子と同じ、性欲処理係。心は陽子が支配している。
「会えるよ」
私はそれだけ返信した。
聞きたいことを、全て抑えて。
*
沈黙が流れた。
場所は、喫茶店“優香”に決まった。隼人の都合に、私が合わせた。しかし、そんなものは建前であり、本当は隼人の家に行きたくなかっただけだった。
色んな女を抱いている家、しかも陽子の写真が隠されている。
切なくなって、表情が暗くなるのはゴメンだ。
「あのさ」
隼人がやっと沈黙を破った。
私達は一応付き合っているが、二人の関係が急速に冷えていることは隼人にも分かるようだ。
コーヒーをすすった。
「うん」
別れ話だな──そう思った。
「言わなきゃいけないことがあるんだ」
隼人の顔色が見えないのは、私がうつむいているからである。
怖い。ついに来てしまった、この日が。
「…うん」
私は必死でうなずいた。
「この店の事なんだけど」
隼人は言った。良かった、とホッした。それを表に出さず、私は「うん」と口にした。
客は私一人だ。
隼人が作業着で、私の目の前に座っている。
こんなに近いのに、あんなに遠い。
「この店の名前、優香っていうだろ。女の名前。これ、誠司の元カノの名前なんだ。」
「えっ?」
何が言いたいんだろうか。
「誠司が優香にフられて、店の名前を優香にしたら、もしかしたら優香が店に来るかも…ってさ。バカだよな」
笑った隼人はカワイイ。
「そうなんだ、誠司くん…」
そんな過去があったなんて知らなかった。
「あのさ、…だから、俺、カンナが一番好きなんだ」
私は何も言えなかった。
「カンナさ、勘違いしてんじゃねぇかなって。最近、全く連絡ないしさ…心配になった」
恥ずかしそうに、隼人は話す。
優香って女の名前の店を、私が焼きもち妬いてると思っているんだろう。
私は黙って聞いた。
「カンナ、好きだよ」
そう言って私の唇を合わせた。
幸せな筈なのに、言葉の1つ1つが冷たく聞こえる。
でも、隼人の表情は温かった。
両方の頬から、涙が溢れた。
零れる涙は大粒で何故か止まらない。泣かないようにしていたのに、一度崩れたらどうしようもないのは分かっていた。
あれだけ、別れの覚悟していたのに──。
「…ごめっ…」
謝った。隼人は驚いている。
嬉し泣きなのか、何なのか判断がつかないようだった。
「カンナ?」
相変わらず、隼人は優しい。
カッコイイし、優しいし、笑うとカワイイし、なのに何で涙が止まらないんだろうか。
「もう、嘘っ…つかなくて、いいよ…」
隼人は何とも言えない顔をしていた。私には“陽子が好きだ”という表情にしか見えない。
走ってその場を立ち去った。
次回、最終回になるかと思います!