最悪を切り裂く風はbitter
遊園地では様々なアトラクションに乗り回し、昼食を終え、またアトラクション。
乗り物に乗るときは、隼人と私が隣、菜々子と誠司くんが隣同士、陽子が1人、の順だった。ローテーションすることなく、自然にこの順番になるのだ。意識しているのは私だけである。
隼人とは、本当にいつも通りだった。気付かないふりで精一杯だったけれど何とか可愛い笑顔を作りきった。
時刻は15:00を回った。一息しよう、ということで園内のクレープ屋で過ごすことになった。
白くて丸いベンチに座り、雑談をする。
「菜々子って結構、体力あるね」
誠司くんが笑いながら言う。
「まあね」
得意気になる菜々子に、隼人が「おい」とツッコむ。
「ずっと文化部なのにね」
と私が言うと、笑い声が聞こえて、
「マジかよ!野獣だな」
と誠司くんが言った。
陽子は笑いながら、「美女だから」と口をはさむ。
──こうしてれば、普通の友達、なのに…。
談笑していると、
「俺、トイレ行ってくるわ」
と隼人が言った。
「あ!私も」
陽子も立ち上がった。
「りょーかい!」
「うん」
誠司くんと菜々子が言った。
ちょっとした沈黙が流れた後、私は携帯を開いた。
「あ!電話来てる。ちょっと待ってて」
「うん」
菜々子がうなずいた。誠司くんも分かった、という顔をしている。トイレへ向かった。二人の姿はもう見えない。
着信先は母さんだった。
化粧室で、電話をかけてみる。
電源が切れているようで、かからなかった。全く、何なんだろう。
何故か、胸騒ぎがした。
二人揃ってトイレ、ということに疑問を感じた。普通のことかも知れない。でも、私たちの関係は普通じゃない。
女子トイレから出た。
菜々子達がいるテーブルは、距離として離れており、化粧室の入口すら見えないぐらいの位置にある。
女子トイレに異常はなかった。男子トイレに陽子が入り込んでいるとか?さすがにそれはないだろう。
第一、トイレに二人して逃げたとは限らないのだ。
そう考えれば、「トイレに行く」というのは100%嘘であろう。
わざわざトイレに行かなくても、二人きりでいられる場所はいくらでもある。ましてトイレなんて、バレるリスクが高すぎる。あり得ない。
私はちょっと考えた。
直感で思いついた。
人の多い遊園地で二人きり、密室になれる場所。
私は、今とは違う場所の化粧室に、駆け足で向かった。
──車椅子用トイレ。
ここなら、広々としており、もちろん鍵付き。
菜々子達が座っているテーブルからは、私が電話を確認した化粧室より、車椅子用のトイレは離れている。
正確には、化粧室に車椅子用、男性用、女性用と設置してある。
私は、車椅子用のトイレを確認した。誰か入っているようで、赤マークが目に、はいった。
耳をすませば声が微かに聞こえる。 しかしたくさんの音に掻き消されていく。こんな所で、耳をすます人なんて誰一人いない。私だけだ。
障害者用のトイレなんて、誰も見向きもしない。
私は懸命に耳をすました。
車椅子用のトイレのドアに、背中をギリギリまで近寄せる。もちろん、音をさせないように。
「あっ…ダメ」
「良いじゃん…折角会えたんだし…」
隼人と陽子の声だ。
ビンゴだった。よっしゃ!と少しだけ思ったのも束の間、すぐに泣きたくなった。
話は全て本当だった。
それから、話し声が聞こえた。
しかし小声で、しかも耳元で喋るような小さな会話だったようで、聞こえない。
断片すら聞こえなかった。
「こんな所で、ダメ…」
やっと聞こえたと思ったら酷い声だった。
「いいだろ…陽子近くにいんのに…手も繋げない…はぁ…んっ…」
隼人を感じさせているのは言うまでもなく陽子だ。
「何言ってんのっ…。カンナ幸せにするから、こんな関係許可してるんだよ…勘違いしないで…っああん…」
陽子…。
それは彼女なりの優しさなのだろうが、そんなの優しさでも何でもない。
「分かってるよ…。でも俺、陽子が一番好きなんだよ…ホントは分かるだろ?…ハァ…」
「私も愛してる…」
涙は不思議と出なかった。
意思とは別に拳を握りしめていた。
「好きだっ…陽子…あぁ…」
隼人のその声は、本当に何とも言えなかった。
私はもう聞かずに、走ってテーブルへと向かった。
風を切り抜ける時、また切なくなった。
──何で?
──どうして?
──酷い…!
──信じたくない。
色々な思いが交差するのが自分でも分かった。
菜々子たちのいるテーブルが、遠くから見える頃、私は疲れたので歩いた。
──菜々子と誠司くんがキスをしていた。
キスは短く、すぐに終わった。
唇が触れたくらい。
誠司くんと菜々子は隣同士に座っているので、横顔と横顔がくっついているのを私は見た。
私はまたショックを受けた。
死にたいという文字が脳裏をよぎる。
重い足取りで、テーブルへ向かった。