安心は母の甘い味
母さんがスーツ姿で私を不思議そうに見つめる。
「母さん…」
「ちょっと、コンビニ行こうと思って行ったら昔の友達と再会しちゃって。友達の家で飲んでそのまま寝ちゃってたわ」
「え…」
「心配しなくていいの。泣かないで」
「うん…」
流れでうなずいた。
「さあ、部屋に入りましょう。何か作るわ」
母さんは何事もなく鍵を開けた。優しいこの背中をもう二度と見れないと思っていた。
力が抜けた。色んな意味で。
ソファに倒れ込んだ。
朝にいた時と感覚が違うのは私の心を表しているようだった。
ボーっとしていたと思う。あれこれ考える余裕がないだけだったかもしれない。
考えるほど、物分かりは悪くない。
「ほら、出来たわよ」
気付いたら母さんが皿に乗せて何か持ってきた。
何だろう、と皿を覗いた。
ホットケーキとかいうやつだった。
「おいしいから」
母さんがニコッと笑う。
無論、苦手な分野に入る食べ物だ。
「うん」
折角、作ってくれたからうなずいた。この感じは久しぶりである。
恐る恐るフォークで切り、口に運んだ。
「どう?」
母さんは私の感想を待つ。
どうもこうも、甘くて不味い食べ物に決まってるじゃない──。
「あっ」
思わず声が出た。
「ふふ」
次は母さんがニッと笑う。
「そのホットケーキはシロップをかけてないの。バターだけを塗ったホットケーキ」
「母さん…」
「カンちゃんは、私に似て甘いものが嫌いだからね」
覚えていてくれたんだ…と心が温かくなる。母さんはそのことを正直、もう忘れたと思っていた。
「ありがとう」
ふいにつぶやいた。
「いいのよ」
母さんは、ニコニコ笑っている。何故、こんなに優しいんだろう。何故、こんなに笑顔でいれるんだろう。不思議だった。
母さんが作ってくれたホットケーキの生地は、ほんのり甘かった。
*