38: 我輩は猫である
あれから、どれほど歩いただろうか。
我輩は今、全く見知らぬ土地に居る。
休み休みではあるが、ずっと歩き通しで足が棒のようだ。
このところ爪の手入れもしていないからか。
伸びきった爪が地面に引っかかり、歩きにくいことこの上ないことも、その症状を悪化させている気がする。
幾多の街を抜けた。
野生の犬畜生に追われたこともあった。
食事を確保していたら、同族の縄張りに足を踏み入れしまい、喧嘩になったこともあった。
そして、ある街で。
人に飼われている同族を見かけた。
不思議だった。
この時世、人に飼われている同族など腐るほど居る。
ここまで通った街にも恐らく居たに違いなく。
その近くを通ったことだって、きっとあっただろう。
だが、ここまでそのような同族を見かけた記憶はない。
旅をするのに、生きるのに必死だったからか。
だから気付かなかったのかもしれない。
いや、恐らくそうなのだろう。
では、今何故我輩はその同族に気付いたのか。
分からない。
とりたてて、大した同族には見えない。
発情したメスでもなければ、綺麗なメスでもない。
好ましそうなオスでもなければ、好敵手そうなオスでもない。
どうしてだろうか。
まさか、その同族を呼ぶ飼い主と思われる人間の言葉が。
――の口から数え切れぬほど聞いた音と同じだったということが、原因ではないだろう。
その同族は足取り軽く、その同族の主人と思われる人間に近づき。
丁寧に抱き上げられると、そのまま何処かへ去っていった。
……先を急ごう。
何てことはない。
我輩には関係のない世界だ。
我輩は猫である。
名前はもうない……のだから。