王子を婿に迎えるための人形だった公爵令嬢は、自分の人生を生きることにしました。
シャルディア・レデル公爵令嬢は驚いた。
目の前にミレーヌ・フラン公爵令嬢がいたからだ。
ここは王宮の夜会会場に向かう廊下。
シャルディアは、ミレーヌに向かって、
「わたくし、アライド第二王子殿下にご招待を受けましたの。今宵の夜会のダンスの相手をして下さいと」
ミレーヌも扇を手に微笑みながら、
「あら、奇遇ね。わたくしもよ。ダンスのお相手をと」
シャルディアはイラついた。
アライド第二王子殿下。
金髪碧眼で美男のアライド第二王子は17歳。
婿入り先の選定を始めると、一週間前に王家から発表があったばかりだ。
シャルディアもミレーヌも共に16歳。
シャルディアは幼い頃から父に、
「シャルディア。お前は必ずアライド第二王子殿下を婿に迎え、我がレデル公爵家の名を高めるのだ。よいな」
と、育てられていた。
王族を婿に迎えるのはこの王国では名誉な事だ。
だから、シャルディアの父であるレデル公爵は、シャルディアを磨きに磨いて。
シャルディアも父の期待に応えようと、美しさに磨きをかけてきた。
今日の夜会。招待状が来た時は嬉しかった。
アライド第二王子がダンスの相手をお願いしたいと。
わたくしが婚約者に選ばれるのかしら。
そう思った。
それなのに、ミレーヌも招待されていたの?
母を幼い頃に亡くしたシャルディア。
父はシャルディアがアライド第二王子の心を射止めて、婚約者の座を勝ち取ると信じているのだ。
もし、勝ち取れなかったら?
父に、
「今まで幾らお前に金をかけたと思っているんだ。ドレスやアクセサリー。王族を迎えるにふさわしい妻としての教養。もし、アライド第二王子殿下に選ばれなかったら、それは全てお前の努力が足りなかったせいだ。アライド第二王子殿下に気に入られろ。フラン公爵令嬢に負けるではないわ」
と叱られる。
ミレーヌは美しい。金の髪で青い瞳の彼女は、大人っぽく、シャルディアより少し背が高くすらりとした令嬢だ。
シャルディアだって金の髪に青い瞳で、美しさには負けてはいないが。
王宮の廊下を美しきアライド第二王子が護衛に囲まれてこちらにやってきた。
「二人ともよく来てくれた。礼を言う」
挨拶をした後、ちらりとシャルディアを見やるも、ミレーヌに手を差し出した。
「ミレーヌ。君を先にエスコートを。シャルディアは私達の後についてきてくれ」
惨めだった。
ミレーヌを優先されて自分は後回しにされた。
父に知られたら怒られる。
夜会の会場に入ったら、ファーストダンスをアライド第二王子はミレーヌと踊った。
その様子を壁際に立って見つめる。
ミレーヌは薄い青色のドレスを翻し、金の髪をアップにして。
踊る姿も美しかった。
アライド第二王子とミレーヌが踊る姿をじっと見つめる。
選ばれないと父に怒られる。
幼い頃から、アライド第二王子を婿に迎えるが為に、シャルディアは美しさや教養に磨きをかけてきたのだ。
その期待に応えないと。
焦るシャルディア。
一曲目が終わった。
ミレーヌと二曲目をアライド第二王子は踊りだす。
お願い。わたくしとも踊って。アライド様。
わたくしはここよ。
ミレーヌがこれ見よがしに優雅なダンスをアライド第二王子と踊る。
二曲目が終わり、三曲目もミレーヌと踊るアライド第二王子殿下。
三曲も続けてミレーヌと踊って、アライド第二王子は思いだしたように、シャルディアに向かって、
「待たせてすまなかった。ダンスのお相手を」
アライド第二王子とダンスを踊る。
薄桃色のドレスが優雅に花開く。
この日に合わせて作った美しいドレス。
アライド第二王子は踊りながら、
「私だって悩んでいるんだ。君かミレーヌかどちらと結婚しようかと。ここは慎重に選ばないとね」
「選択の中に入れて下さり光栄でございますわ」
緊張したらステップを間違えた。
アライド第二王子は、にこやかに笑って、
「ミレーヌ嬢はステップを間違えなかった。思わず三曲踊る程、素晴らしいダンスだった」
「未熟で申し訳ございません」
一曲だけダンスを踊った後、ミレーヌの傍にアライド第二王子は行ってしまった。
二人で楽しそうに話をしている。
惨めだった。
父に怒られる。
泣きたくなった。
レデル公爵家に戻れば、父レデル公爵に執務室に呼ばれた。
「アライド第二王子殿下はフラン公爵令嬢の方と三曲踊って、お前とは一曲だけ踊ったそうだな」
「申し訳ございません」
「選ばれなかったらどうするんだ?」
怒鳴られた。
「お前にいくら金を使ったと思っている」
「申し訳ございませんっ」
「次こそは気に入られるように努力しろ」
気に入られるようにって、どうしたらいいの?どうしたら……
更に一週間後、王宮の庭でガーデンパーティがあり、招待された。
父はシャルディアに向かって、
「次こそは気に入られるようにしろ。いいな」
「はい。お父様」
薄桃色のドレスを着て、ガーデンパーティに出席した。
ああ、まただ。
またミレーヌの傍でアライド第二王子殿下が話をしている。
シャルディアは二人の傍に行き、
「アライド第二王子殿下。ご招待頂き有難うございます」
「母上が君も招待しろというものだから」
ああ、貴方の心はもう決まっているのね。
ミレーヌに。
ミレーヌはちらりとシャルディアを見て、口端を引き上げこれみよがしに笑った。
そう、勝ったように。
シャルディアはアライド第二王子とミレーヌが話をしている傍で、相槌を打ち、にこやかに話を聞いた。
アライド第二王子は、
「ミレーヌは、色々と博識なのだな」
「まぁ、お褒め頂き光栄ですわ。わたくし色々と努力してきましたの」
「隣国エデル王国の遺跡についてだが」
「知っておりますわ。三百年前の王家の鍛錬場が残っているとか、素敵ですわね」
シャルディアも口を思わず挟む。
「馬の訓練場ですわ。人ではありません」
ミレーヌに睨まれた。
アライド第二王子は、
「人でも馬でも鍛錬が必要だから、どっちでもよいだろう」
気まずい空気が流れる。
早くガーデンパーティが終わって欲しい。そう思えた。
そういう事が何度かあった。
アライド第二王子はミレーヌを優先して、シャルディアとあまり交流してくれない。
だったら、さっさとミレーヌと婚約してよ。
父に怒られる。
でも、二人の仲の良さを見せつけられるのが嫌だった。
ミレーヌもイラついているようで。
とある日、夜会でアライド第二王子に、
「婚約をいつ発表して下さいますの?わたくしを選んで下さいますのでしょう?父もわたくしが選ばれると信じていますわ」
アライド第二王子は、
「だが、シャルディア嬢も捨てがたい。せっかく毎回、足を運んでくれているのだ」
シャルディアは頭に来た。
捨てがたいって。ろくに交流してない癖して。
もしかしてレデル公爵領が捨てがたいの?
もう、自分が選ばれるのは諦めていた。
だから、早く、決着をつけて貰いたかった。
とある日、王宮にある図書室に用があってシャルディアが出かけたら、廊下で声をかけられた。
ミレーヌだ。
睨みつけられた。
「お話があるの。誰も聞かない所がいいわ」
「解ったわ」
中庭に共に移動する。
ミレーヌはシャルディアに、
「貴方、さっさと諦めたらどうなの?わたくし、お父様に何やっているのだと怒られているのよ」
「わたくしはもう、諦めております。婚約者を決定しないのはアライド様ですわ」
「わたくしを気にいっているようなのに、フラン公爵家とレデル公爵家を天秤にかけているんだわ。どっちに婿入りした方が得かどうか。それでも、わたくし、貴方に負ける訳にはいかない。アライド様を婿入りさせる為に生きてきたのですもの」
「それはわたくしも同じよ。アライド様を婿入りさせるために、自分を磨いてきたわ。マナーから、知識から全てを。アライド様の為に生きてきたの」
そう、シャルディアはアライド第二王子の為だけに生きてきたのだ。
彼を婿入りさせること。それが自分の存在意義。
ミレーヌはシャルディアを睨みつけて、
「わたくしだってそうよ。アライド様の婿入りが失敗したらわたくしは修道院へ行けと言われているわ。お父様に役立たずだと罵られて」
大嫌いなミレーヌ。
それでも、彼女は自分と同じなんだと。アライドと結婚するためだけに生きてきたんだと。
だったら気持ちは一緒のはず。
邪魔をするわたくしの事が憎い。
憎くて憎くてたまらない。
わたくしだって同じよ。
わたくしの生きる意義はアライド様に選ばれること。
その障害になっているミレーヌが憎い。
互いに睨み合う。
ミレーヌは扇を手に、
「あの方がわたくしと貴方を天秤にかけているというのなら、尚更、負ける訳にはいかないわ。勝ちを確実にしてみせる」
「わたくしだって、必ず巻き返してみせるわ」
その日の夕食で毒を盛られた。
メイドが一人姿を消したのだ。
毒が盛られた夕食を食べて、シャルディアは倒れた。
医者が駆けつけるのが後、少し遅かったら命を落としていると言われた。
熱にうなされながら、ベッドの中でシャルディアは思った。
フラン公爵家がわたくしを殺そうとした。
わたくしが邪魔だから。
わたくしさえいなくなれば確実にミレーヌが選ばれる。
毒を盛られた後遺症で、しばらくベッドから起きられなくなった。
アライド第二王子の婚約者はミレーヌに決定したと通知が来た。
レデル公爵は、
「この役立たずが、身体が回復したら修道院へ行くがいい」
そう言い放った。
悔しかった。
毒まで盛られて、生きて来た自分の人生までも否定され、アライド第二王子殿下にも選ばれず。
そんな折に叔母から手紙を貰った。
「シャルディア。兄にはわたくしから話をつけます。身体がよくなったら、隣国のわたくしの家に来ませんか?修道院よりはマシでしょう。待っているわ」
叔母マーガレットは、隣国に嫁ぐ前、可愛がってもらった覚えがある叔母だ。
母を早くに亡くしたシャルディアにとって、大好きな叔母だ。叔母の元へ行こう。そう思った。
叔母の元へ行って、シャルディアは新しい人生を始めた。
そして二年が過ぎた。
久しぶりにシャルディアは帰国した。
王宮の廊下で歩いていたら、ミレーヌがシャルディアを見て、
「あら、貴方、死にかけて、隣国へ行ったと聞いたけれども戻って来たのね」
自分に毒を盛ったミレーヌ。
酷い酷い酷い。
この女がメイドに命じて自分に毒を盛ったのだろう。
今でも手が痺れる後遺症がある。
それでも、シャルディアは背筋をピンと伸ばして、ミレーヌに向き合った。
「用があって戻って参りましたの。如何お過ごしかしら?」
「アライド様はわたくしの元へ婿入りしたわ」
「それは良かったですわね」
アライド第二王子殿下は婿入りした。
婿入り先で散財を繰り返し、フラン公爵家は大変だと聞いた。
王族が婿入りすることはフラン公爵家にとって名誉である。
その事に増長したのだろう。
追い出したくても王族だから追い出せない。
離縁したくても離縁できない。
背後からシャルディアは声をかけられた。
「シャルディア。そろそろ時間だ」
黒髪碧眼の美男、ゼフェル・ソルト外交官。
シャルディアの今の夫だ。
毒の後遺症があると、言ったのだが、ゼフェルは、
「君の無理しない範囲で働いてくれればいい。子も望めれば望めばいい。君の博識ぶりに私は惹かれた。君程、素晴らしい女性はいない」
と、シャルディアに惚れこんでプロポーズしてくれたのだ。
シャルディアは夫に付き従い、外交官の仕事をしている。
幸い、手の痺れは多少あるが、他に毒の影響は残らなかった。
子も望める身体だと。いずれ彼の子を産みたい。
ミレーヌは、シャルディアの方を睨みつけて、
「幸せそうね」
「わたくしは、自分の人生を自分で掴みましたわ。有難うございます。アライド第二王子殿下と婚約して下さって」
ゼフェルが、
「そういえば、行方不明になったメイドが見つかったとか。それで私達は隣国から王宮騎士団に呼ばれてきたのです。犯人は捕まえないと。愛しい妻の為にね」
シャルディアは、
「わたくしに毒を盛れとメイドに指示したのは、一体全体誰なのか。極刑にしてもらいたいものですわ。殺されるところだったのですもの」
ミレーヌは真っ青な顔になった。
「わ、わたくしは知らないわ。まったく関与していないわ」
そう言うと背を向けて走って行ってしまった。
わたくしを殺そうとした女。そう、ミレーヌが関与していたのなら、それなりの罰を受けなくてはならないわね。
憎くて憎くて憎くて。
でも、もういいわ。
今、わたくしは幸せなのですもの。
貴方がわたくしを殺そうとしたのなら、しっかりと報いを受けて頂戴。
騎士団によって探し出されたメイドの自供によって、ミレーヌが逮捕された。
アライド元第二王子は、フラン公爵に、
「妻が殺人未遂?私はどうなる?フラン公爵家は」
フラン公爵は、
「まったく我が娘は、もっと上手くやればよいのに。証拠を残して。犯罪者を出した家になりますから、この王国の法律では爵位を返還して平民にならなくてはならないでしょう」
「平民に?この私が?」
この王国の法律では、妻が殺人未遂を犯した場合、それが貴族だと夫も身内も皆、平民に落とされる事になる。
それが例え、元王族でもだ。
アライド元第二王子は焦った。
「離縁するっ。罪が確定する前に私は離縁してミレーヌと縁を切る。私は犯罪者の夫になりたくない」
フラン公爵はため息をついて、
「それは我が王国の法律が許しておりません」
平民になったアライド。
彼の贅沢三昧の生活は、フラン公爵領の領民達に恨みを買っていたので、屋敷を馬車で出ようとしたアライドを領民達は襲撃した。
そこへ、変…辺境騎士団(屑の美男を教育する)が現れて、
アライドを領民達から救ったのだ。
「イキのいい屑の美男だ」
「我らヴォルフレッド騎士団が貰って行く」
「寄越せというなら触手でお仕置きだ」
「三日三晩の呪いをかけてやるぞ」
と、脅しておいたので、領民達は仕方なくアライドを諦めた。
今頃、アライドは変…辺境騎士団で正義の教育を受けているだろう。
シャルディアは久しぶりに父レデル公爵に再会した。
「お前が出て行って、養子を貰った。マーガレットの元へ行きよって。知らぬ間に結婚?お前は修道院へ行けばよかったんだ。この恥さらしが」
シャルディアはレデル公爵に、
「お父様。わたくしはもうお父様に会いには来ないですわ。この家と関係のない所で生きていこうと思っておりますの。叔母様がこの家を出た時は、どうしてわたくしを置いて行ったのか理解できませんでした。でも叔母様もお父様に生き方を押し付けられるのが嫌だったと言っておりましたわ。わたくしの生き方はわたくしが決めます。もう、わたくしはこの家の娘ではありませんの。さようなら。お父様」
「お前はっ……お前は修道院にっ」
夫のゼフェルが、
「初めまして。お義父様。私はシャルディアの夫のゼフェル・ソルトです。外交官を務めております。もう、妻はレデル公爵家の娘ではありません。ソルト伯爵夫人です」
シャルディアは夫ゼフェルに寄り添った。
父は悔しそうに、こちらを見ていた。
自分の思い通りになる娘が、他の男のものになったのが悔しいのかしら。
いつまでもわたくしはお父様の人形ではないのよ。
ミレーヌが処刑されるという。
この王国では殺人未遂は処刑だ。
憎い女だったミレーヌ。
憎くて憎くて。でも、彼女も公爵家の名誉の犠牲者だったのだ。
もう、憎しみはどうでもよくなっていた。
だから、ミレーヌの最後を見る気はしなかった。
アライド第二王子に選ばれる為に、彼を婿に迎える為だけに生きて来たシャルディア。
だがこれからは愛する夫ゼフェルの為に、そして自分の為に生きていこうと、
そう改めて思った。
外交官として祖国に来るかもしれない。
でも、もう二度と、父には会わない。
わたくしは夫と共に自分の人生を生きるのだから。
さようなら。人形だったわたくし。
さようなら……




