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「そのことについては、僕らも納得してるんです」


 田所さんは笑顔で答え、隣にいる奥さんの肩に優しく手を置いた。


「納得、ですか?」


 取材に同行しているディレクターの遠藤も、拍子抜けしたような顔で、「納得」という言葉を繰り返した。


 もちろん、僕も同じ疑問を抱いていたが、何も言わず、話を聞くことにした。


 今回の取材は無かったことにした方がいいのではないか、ここに訪れる前、珍しく弱気になっていた遠藤の顔を思い出す。


 怪訝な顔を浮かべる遠藤に動じることなく、田所さんも奥さんも、広いダイニングテーブルに背筋をピンと立てて、にこやかな笑みを崩さない。


 まだカメラは回っていないのに、どこかぎこちない。田所さんは大きく息を吸った後、「妻が決めたことですから」と一息に答えた。


「でも、実際のお気持ちとして・・・」


 遠藤が食い下がる。取材に入り込み過ぎて、前のめりになる彼を、軽く視線を送って制した。


 今年で30歳、僕より二つ歳下の彼は、ベテランの多いドキュメンタリー番組のディレクターとしては、まだまだ若手になるだろう。


 僕が代わりに話を引き取ることにして、質問を続けた。


「その日のことについて、お話を聞かせてもらえませんか?」


 その日と口にした瞬間、リビングにいた長女の穂乃果さんの肩が、わずかに揺れたように見えた。


 事前の取材では、まだ15歳だと聞いていたが、実際に会ってみると、高い身長と整った顔立ちのせいか、同年代の少女よりも、ずっと大人びて見える。


「その日というのは?」


 全く検討がつかないという口ぶりではなく、話を前に進めるための橋渡しのような、優しい口調だった。


 奥さんの美智子さんは、元教師だと聞いていた。教壇に立つこの人は、こんな風に柔らかに生徒に語りかけていたのかも知れない。


「つまり・・・」


 質問の文言を考えながらもう一度、穂乃果さんの方へと目を移す。


 家族3人で暮らすには、十分に広い家だ。自分の部屋はあるはずなのに、僕らが取材に訪れてからずっと、学校帰りの制服のまま、リビングのラグの上で胡坐をかいて、スマートフォンを見ている。


「奥様がご家族に初めてお話をした日のことをお聞かせいただけますか?」


 僕が話を先に進めると、見間違いようがないほどハッキリと、穂乃果さんの肩が震えた。


 こちらの会話に興味がないフリをしながら、さっきからスマートフォンを操作する手は止まっている。冷静に振る舞っているように見せても、大人を騙しきれない。そのアンバランスさが、今は悲しく見えた。


「もちろん、びっくりはしましたけど」


 田所さんは、電気工事の仕事で日焼けした太い腕を、テーブルに置いて答えた。


 僕よりも一回り以上年上のご主人だが、まだ配偶者との別れを覚悟するには早すぎる。


 早すぎる、田所さんに向けた言葉なのに、途端に切先を変えて僕にも向かう。



 ずっと、ニコニコ相槌を打っていた奥さんが、そのままの笑顔で口を開いた。


 今回の取材は、奥さんの方から、プロデューサーに連絡があった。深夜に見たドキュメンタリー番組の誠実さに心打たれ、ぜひ取材してほしいと、制作会社を調べて連絡をしてきたのだ。


 どこまでが本音なのか、掴めずにいたが、密着取材をしてほしいという願い自体は、本音だったと、今日初めて会って確信した。


 わたしが安楽死をする瞬間を映像に残して欲しいと、メールには書いてあった。




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