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短編もの

星を追う肉球 ―移民船フェリス号の居候たち―

作者: 秋乃 よなが
掲載日:2026/04/19

 無機質なはずの船内は緑で溢れ返っていた。


 自給自足用の植物プラントエリアから伸びた枝や蔦が、船内設備の太いパイプに巻き付いている。中には花を咲かせ、実をつけているものもあり、さながら植物園に見えなくもない。実際にそう見えないのは、ところどころでくつろいでいる猫たちがいるからだ。


 操縦桿のあるメインブリッジには、熱帯魚の群れのホログラムが泳いでいる。通路の床には円盤型の自動掃除機が走っており、その上で猫がおすわりをしていた。


 そんな中を、一匹の茶トラのオス猫が悠然と歩いていく。そしてホログラムの前に座れば、熱帯魚が女性の顔の映像に切り替わった。


『おはようございます、テト。ご機嫌いかがですか?』


 ホログラムの女性はそう言って、猫に微笑んだ。


 彼女は超高性能AIの通称・マザー。まさしくこの宇宙船のブレインたる存在だ。


「にゃあ」


 茶トラのオス猫・テトは「悪くない」と言うように目を細めて短く鳴く。返事を受けたマザーは頷いて、少し間を空けてから続けた。


『昨日お伝えした通り、この船は無事に新地球・エデンの周回軌道に入りました。これから着陸プログラムを起動します』


 マザーの言葉に続くように、操縦桿のあるメインコンソールがチカチカと光り出し、自動でボタンや操作レバーが押されていく。今何がなされているのか理解しているかのように、テトはその光景を静かに眺めていた。


 そのとき、メインブリッジにシステムエラーを知らせる警告音が鳴り響いた。


『これは……困りましたね』

「にゃ?」

『着陸プログラムが起動しません』


 よくよく見てみれば、操縦桿は猫たちの長年の爪とぎによって摩耗し、物理的に折れている。メインコンソールのボタンの隙間には毛玉が入り込み、スイッチが取れてしまっているところもある。


『地球を出発してから四百年。あなたたちを自由にさせすぎたようですね』


 マザーは苦笑いをする。そしてテトを見て、言い聞かせるように口を開いた。


『いいですか、テト。もはや私だけではこの船を降ろせません。『下僕』を一人、起こすことにしましょう』

「にゃあ」


 テトは「了解」と鳴いて、メインブリッジから出る。廊下を通って、十字路を右に折れた、さらに奥。人間が入れるほどの大きなポッドがいくつも並ぶ部屋に入った。


 この部屋のことは、代々の長猫(おさねこ)の間で語り継がれている。なんでも人間と呼ばれる猫の『下僕』が眠っている部屋らしい。


 テトが部屋の入口のところにあるモニターを見上げれば、ちょうどそこにマザーが顔を出した。


『一番手前が、船長のアーサーの休眠ポッドです。今から彼を起こします』


 プシュウと空気の抜けるような音がした。ポッドのガラス面がゆっくりと持ち上がると、そこには一人の中年男性――アーサーが眠っていた。


「にゃー」


 テトは休眠ポッドの上に跳び上がり、アーサーの胸の上に立つ。そして彼を起こすように、ザラザラとした舌で顔を舐めた。


「――ん……」


 ピクリとまぶたが動く。震えながら見開かれたアーサーの青い目に最初に映ったのは、一匹の茶トラの猫だった。


「……猫……?」


 アーサーは静かに状況把握に努めた。計画通りであれば、自分が目覚めたということは、新地球・エデンに到着したということだ。しかし周りを見れば目覚めたのは自分だけで、窓の外には暗い宇宙が広がっている。何か想定外のことが起きているのだと、彼は瞬時に理解した。


『おはようございます、アーサー船長。少し予定外のことが発生しました』

「おはよう、マザー。状況を説明してくれ」


 アーサーは胸の上からテトを降ろし、まるで四百年も眠っていたのが嘘のように身軽に起き上がる。そしてマザーから船の状況を聞けば、すぐにメインブリッジへと向かった。


 途中、廊下の窓から巨大な惑星の姿が見えた。――青く輝く星、新地球・エデンだ。


「ああ……。俺たちは、本当に辿り着いたんだな……」


 無事に新しい惑星に辿り着けるかどうか。シミュレーションでは完璧だったものの、実際の宇宙では何が起こるか分からない。こうして目的の場所まで来られたことに、アーサーは胸が熱くなるのを感じた。


 ここから新しい人生が始まる。アーサーは武者震いを落ち着かせるように、拳を握った。


 ――しかしその感動は、すぐに消えてしまった。


「……おいマザー、なんだこれは」


 かつての地球の最新鋭設備を詰め込んだ、恒星間移民船・フェリス号。そのメインブリッジが今、広大な猫カフェになっているではないか。


『あれは猫の集会です。毎日ああして集まって何やら会議を――』

「いや、そういう意味じゃなくて。どうしてこんなに猫が繁殖しているんだ……?」


 アーサーは呆然と猫たちを見渡した。たしかに新地球・エデンでの繁殖目的で、数匹の猫をこの船に乗せたところまでは覚えている。本来であれば、自分と同じように休眠ポッドで眠っているはずの猫だ。


 困惑しているアーサーの目の前を一匹の猫が通ったかと思えば、その場でのんびりと毛づくろいを始めた。


『休眠ポッドの不具合で、途中で目覚めてしまったのです。絶滅してはいけないと思い、なんとかこの船内での繁殖に成功させました』

「ポッドの不具合!? 他は大丈夫なのか!?」

『はい。念入りに調べた結果、猫の休眠ポッドだけが不具合を起こしてしまったようです』

「……幸いだったというべきか、なんというべきか……」


 アーサーは何とも言えない表情で、思い思いにくつろぐ猫たちを見遣る。そんな中、テトが彼の足元にすり寄った。


「お前は……俺を起こしてくれたやつか」

『彼の名前はテト。船内の猫の長を務めている猫です。唯一、私との意思疎通が可能な個体です』

「人間の言葉が分かるってか? 眠っている間にそこまで進化したんだな」


 アーサーはテトを抱き上げる。そしてその頭を撫でた。


「最初に目覚めた猫は、さぞ生きにくかっただろうな。よくここまで生き延びてくれた。ありがとう、テト」

「にゃあ」


 テトは目を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らす。額をこするアーサーの指が気持ちいいようだ。


『さて、アーサー船長。着陸プログラムを起動させるには、手動で操作しなければなりません』

「ああ、分かった。地球にいたとき何度も訓練したんだ。問題ない」

『実に頼もしいです。――テトも手伝ってくれますね?』

「にゃー!」


 アーサーがメインコンソールの前に座り、シートベルトを締める。その隣で、テトの台の上に立った。


『全乗組猫に通達。新地球・エデンへの着陸シーケンスに移行します』


 ズズズと機体が揺れる。どこかでエンジンが唸る音がした。


『メインエンジンの暖機運転を開始。出力良好』

「傾斜制御装置、入力開始。船体傾斜十度、二十度……よし、安定しているぞ」

「……にゃん!」


 船体傾斜が大気圏突入の角度になったとき、テトが知らせるように一鳴きした。


「おう。ありがとうな、テト」


 船体が大きく揺れながら、新地球・エデンの大気圏へと突入する。超高温のプラズマが発生し、メインブリッジから見える景色は炎に包まれた。


『高度四百キロメートル……三百キロメートル……』

「にゃっ」


 揺れに耐えきれず、テトの身体が一瞬浮き上がる。アーサーはそれを受け止め、片手でしっかりと抱きしめた。


『減速エンジン準備――三、二、一、点火』

「減速エンジン点火」

「にゃん!」


 船体の着陸準備へと入る。メインブリッジの窓には、新地球・エデンの晴れ空が広がり始めていた。


『高度十キロメートル……着陸態勢に入ります』

「いくぞ、テト――衝撃吸収フィールド、最大展開」


 レバーに触れたアーサーの手に、テトの前足が重なる。二人でレバーを押し込めば、さらに鈍い揺れが船体を震わせた。


『――高度百メートル。着地の衝撃に備えてください』


 ズゥゥゥン。腹の底に響くような低い衝撃音とともに、船の浮遊感が消えた。メインブリッジの窓に映る、春のひだまりのような景色を見て、アーサーは安堵の息を吐いた。


『着陸成功。フェリス号、完全に停止しました。外気の状態、非常に良好。これよりハッチを解放します』

「テト! 行くぞ!」

「にゃあ!」


 アーサーは椅子から立ち上がり、興奮したように船体の入口へと駆け出す。そして陽の光の眩しさに目をくらませながら、ハッチの外に出た。


「ああ……。俺たちは、無事に到着したんだ……」


 かつて自然豊かだった地球と良く似た惑星、新地球・エデン。風で髪を揺らしながら、アーサーは大地の柔らかさを踏みしめた。


「にゃー!」


 隣でテトが、見たことのない蝶のような虫を追いかけて、草むらの中を走っていく。アーサーはそれを見守りながら、苦笑した。


『全休眠ポッド、解凍シークエンスを開始。――おはようございます、皆さま。四百年間の休眠、おつかれさまでした。さあ、まずは四百年分の毛玉の清掃、および猫様への献身的な奉仕を開始してください』


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