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タイム・スパイラル  作者: やあやあやあ


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第二十五章 雪辱と後悔 第四話

その戸惑いと迷いが僕の心を絞めつけていった。そして僕はその迷いを抱きながら、彼女に近づいていく。しかし、僕が彼女へと足を踏みしめていくにつれて、僕の心を絞めたその手は力強くなっていった。手?その瞬間、僕は僕の首を絞めているものに気づいた。それは、僕の右手だった。彼女のナイフを持っていたはずのその手は今、僕の首を絞めて、僕を殺そうとしている。僕の瞳にうつるその腕が纏っていたものは殺意だった。その殺意は僕の心から追い出したはずの意味のない意志”幻想の強迫観念”だった。その殺意を見た瞬間、もうすでにその腕は、僕の右腕だったその腕は、もう誰かの腕になってしまっていたんだ。

その腕は僕に話しかける。「なあ。あなたはわかっていたはずだ。生きていれば、あなたの心はずっと傷ついていく、そんな当たり前のことは...そしてその傷こそがあなたそのものだということも...かつて、あなたは彼女に問いかけた、(どうしてそんなことができるの?痛くはないの?怖くはないの?恥ずかしくないの?後悔はなかったの?)しかし、あなたは知っていたはずだ。その問いかけが彼女の心にとどめを刺したことに。そして今その問いかけが巡り巡ってお前に返ってきたんだッ!」

僕の目の前で死んだ彼女。僕は彼女のその姿に対して驚くことはなかった。彼女の死は悲しかった、しかし驚くことはできなかった。どうして、驚くことができなかったんだろう。僕は悲しかったのに。その死んでいく彼女の姿を見た時の僕はこの現実の意味が分からないで、思考を手放して(=どうして?)、その場で泣きじゃくってしまったのに。

そうか、もともと驚きなんてなかったんだ。あの時の僕は心に巻き起こった悲しみの渦が、僕の驚きを含んだ数多の感情を覆いつくして消し去ってしまったのだろうと考えていた。しかし、今ならわかる。僕は驚くことができなかったんだ。そう、彼女と僕はあまりにも似ていたから。

その瞬間、目の前で死んでいる彼女の口が開いた。「どうしてあなたは生きているの?痛くはないの?怖くないの?恥ずかしくないの?」「恥ずかしくなんかない。僕は生きているだけで、幸せだってことを信じているのだから...」「本当に...私のこの姿を見てまだそんなことが言えるのッ!」次の瞬間、彼女の死体が僕の上に、そして僕の今までの記憶に積み重なった。その死体の山が僕の見ていた生きることその意味を覆い隠して、彼女の死が僕たちの今までを貶めて、そして今......

僕の首を絞めつける力はどんどん強くなっていく。

「雪辱を果たさないとあなたは幸せになれない。あなたは彼女の死を間のあたりにしてようやく彼女に告げた罪にやっと気づいたんだ。だけど、あなたが謝りたかった彼女は目の前であなたのすべてを拒絶した。あなたの心にあったはずの感情を否定しながら、あなたとの記憶、その意味を失くして。彼女は今を殺し、今からの逃避を選択したんだ、そうあなたを殺すために。これはあなたに言われたかつての言葉、その意趣返しだったんだよッ!どうやら、彼女はいまだにお前を許せないらしい。お前が彼女の後を追ったときも、あなたがすべてに絶望して楽になろうとしたときも、彼女はあの時の、お前が彼女に告げたあの時の姿のままでお前をいつも救い続けていたんだ。お前が彼女に見ていたのは理想、彼女みたいになりたいという憧れだったというのに。」彼女のふるまいをまねたところでそんなことに意味なんてなかった。彼女の存在は、彼女が纏っていた雰囲気は、彼女らしさはもうすでに失われてしまったんだ。

「あなたの前には二つの選択があった。それは今を生きるか、過去を追い続けるか。お前は後者を選択した。お前が見殺しにした彼女のふりをし続けて、そこにいたはずの彼女の隣にいたかつてのお前自身の面影を追っていたんだ。だけど、その彼女のふり、繰り返される記憶の終着点には絶望という名の運命がそこで待っていたんだ。そこでお前は嫌でも理解することになる。一生果たすことの出来ない雪辱の始まりと彼女の死が告げた裏切りの意味を...その裏切りの意味は後悔のナイフとしてその心の奥深くへとお前に突き刺さったんだ。かつてのお前はずっと今を生きていたんだ。それだけで、お前は幸せだったから。だけど、お前はその(選択)を後悔してしまったんだ。彼女の姿を見て後悔してしまった。」僕の目の前には大きな水槽があった。その中を満たしていたのは底しれない深淵、澄み渡った闇。そしてその闇の中にうつるこの僕自身の姿だった。そこにうつる僕は馬鹿みたいだった。「そうさ、お前は卑怯者だった。そう、選択を貫くことができれば、そう過去から目を逸らさないで今と向き合う覚悟さえあれば、あなたは見つけられたはずだ。今を生きる道を。だけど、お前はそれができないで、彼女の真似をして、そのまま、いつもの歩道橋の上から下を覗き込んで、誰かを巻き込んで、その歩道橋の下へ広がった底なしの奈落へと飛び降りて死んでいくんだ。かつて彼女がやったように。」

~~~~~~

僕は彼女を抱きしめた。「どうして...」彼女は小刻みに震えていた。「僕はあなたのことが怖かったんだ。僕にとってあなたは生きている意味、そう希望の象徴だったんだ。だけど、あなたと笑っていた僕は、幸せだったあの時の僕は、生きていく中でこの心を穢してしまったんだ。そう、それが今の僕なんだろうな。だけど、僕の瞳にうつるあなたはあの時のままだった。そう、僕はあなたがずっと好きだったんだ。その気持ちをずっと知らず知らずのうちに誤魔化し続けていたんだよ。」

彼女の背後の水槽にひびが入る。「あなたはあんなにも僕のことを見てくれていたのに、僕はその向けられた瞳から目を逸らしてあなたと会話していたんだ。そんな会話で互いのことが深く知れるわけがないのに。そう、僕は知りたくないし、知られたくなかったんだ。僕はあなたを僕の理想から貶めたくないし、あなたに僕が知られてしまうことで失望されてしまいたくもなかったんだ。だけど、本当は汚れ切ったこの僕を変わってしまった僕を直視したくなかっただけだったんだ。そして、あなたが変わってしまったと感じてしまうのが怖かっただけなんだ。」

水槽に入ったひびが大きくなっていく。「今思えば、すべて恥ずかしいよ。僕はずっと僕を苦しみから守るためだけに、過去から目を逸らして、それでいて今を見ているだなんて調子のいい夢を見ていたんだ。そう、これは自業自得なんだ。僕は僕のために、大切な存在だったあなたを犠牲にしてしまったんだ。そして、僕は自分自身に嘘をついて誤魔化し続けて、そしてそのおぞましい馬鹿な嘘は今本当になろうとしているんだ。そう、僕はいつも死にそうになっていたんだ。この真実を前にして、僕はいつも死へと踏み込んでいたんだ。だけど、そんな僕をあなたはいつも助けてくれた。僕をこの地獄の底から引っ張り出してくれたんだ。」

「僕はずっと逃げていたんだ。他でもない僕自身から。だけど、僕は僕から逃げることに必死であなたをずっと蔑ろにしてしまったみたいだ。そう、僕はあなたが死んでしまってからずっとこの僕自身を許せなかったんだ。僕はあれから幸せを見失って、かつて感じていた幸せの面影は血濡れた不幸へと変わってしまったんだ。そう、だから僕はずっとこの命を、今までの積み重ねてきた記憶を犠牲にして幸せになりたかったんだ。そう、どうしても贖うことのできない罪を贖ったふりをして僕を無理やり納得させようとしていただけなんだ。だけど、それもこれも全部、僕自身のためでしかなかったんだ。」

「どうして、今更あなたは今と向き合う気になったの?この今際の際で...」彼女の声は震えていた。「もう言い訳はしないよ。ただ、僕は気づいたんだ。あなたが死んだとき、僕は僕の生きているこの世界はもう死んだつもりだったということに。僕はもう、生きていると思っていなかったんだ。だけど、あなたを前にして僕は死んでいなかったんだって、そう僕は実感してしまったんだ。僕が生きているということを。あなたを見て、そこにあった本当の死を見てしまった僕は、そこであなたが纏っていた気持ちの悪い忌避感、そして虚無とその不自然で自然的な死という概念に対するその気持ち悪さを僕は感じてしまったんだ。それを今見てしまって僕は、死んでなんかいないんだ。今、僕は生きているんだって感じることができたんだ。」

水槽に閉じ込められた闇にひびが走る。

「どうして...あなたは今までずっと、諦めようと...していて、それでどうして..今になって私があなたの罪を清算するために...ここまであなたを導いたのに...遅いよ、あなたはいつも遅いんだよ...」彼女の瞳には涙が滲んでいた。「ごめんなさい。だけどやっぱり、あなたを犠牲にしてまで僕は生きたくなんてないよ...あなたの死を、あなたの存在そのものをなかったことにするなんて、僕には耐えられないよ...そう、もういいんだ。僕の見ていた幸せは誰にだって与えられるものじゃなかったんだ。そう、その幸せはこの僕自身がこの手でつかんで初めて幸せだって感じることができるんだよ。」彼女は何かをこらえるように泣いていた。その涙を、その彼女の声を聴いて僕が彼女に抱いていた寂しさのようなものが消えていく、「今までありがとう。あなたは、僕の中にいたあなたはずっと僕を支えてくれていたんだ。そう、あなたは僕にとって生きていくための希望だったんだよ。ずっと僕はあなたを探していたんだ。」その瞬間、水槽に突き刺さったナイフが本来の形を取り戻す。貶められた自分勝手な犠牲が反転し、その刹那、その白銀の光が水槽の中に閉じ込められていた闇を切り開いた。

そうだ、僕はずっと彼女を抱きしめていたかったんだ。彼女のぬくもりを感じていたかったんだ。そう、失われてしまった彼女のぬくもりをもう一度感じていたかったんだ。

気づけば僕たちはあの歩道橋の上にいた。下に広がる街並み、車のヘッドライトに照らされる雪、そして街頭に照らされた私たち。僕たちはしばらくの間、黙ったままで互いに抱きしめあっていた。僕はもう彼女を手放したくない。そう、この手を離したくないと感じていた。そう、僕は彼女とずっとこうしていたいと感じていたんだ。

~~~~~~

「遅かったね。私はあなたを待っていたんだよ。港。覚えてる?私がこの景色が好きだって話したあの時のことを。そして私たちが水族館に行った時のことを...」僕は思い出した。「私はあなたの言う通り、このままじゃいけないんだろうね。そして、私はあなたとこのまま逃げ続けることもできないんだろうな。」

彼女は歩道橋の下を見た。歩道橋の下には”かつての僕”がいた。彼女はこちらを一瞥して、その歩道橋の下に目線を合わせた。そのままで彼女は話し続ける。「あなたは私の生きる希望だったわ。だけど...」彼女はこちらを見て言った。「あなたにうつる私自身の醜悪な姿を見た時、私はいつもこの心をこのナイフで何度も何度も刺して刺してを繰り返してしまうのよッ!」

彼女は歩道橋の下を見た。「あなたは生きていた。あなたは”今”を生きていたわ。」

そして彼女の視線は空を、そこに広がる曇天を捉えていた。「だけど、私は今を生きているつもりだけだったみたいだね。ずっと、私は私の屍から目を逸らしていることを生きているだなんて勘違いしてしまっていたんだ。私はもう...」

彼女の視線は歩道橋の下へと移る。「そう、私はずっとあなたにこの滲みをつけてしまっていたのよ。あなたのことが嫌になっていくの、そしてあなたのことが嫌になったこの私自身も嫌になっていった。だけど、あなたはずっと私に寄り添ってくれた。そう、私はいつもあなたに救われていたのッ!」

しかし次の瞬間、彼女の視線はこの僕を捉えた。「そう、だから私はあなたを創り出してしまった。そう私は救いようのない馬鹿だったんだ。そう、私は私の救いをこの手で貶めて穢し台無しにしてしまったんだ。私に無いもので、できていたはずのあなたは、私にあるもので、できたあなたに。私と同じ感情、違うのは記録だけ。あなたの頭には感情のない写真の連続が死んだように積み重なっているだけなのよッ!」彼女は僕を殴った。歩道橋の階段は凍っていた。僕の頬を力強く殴りつけた彼女、大きくのけぞった僕、そして僕は足をその氷にとられて、後ろへと階段の上から大きく地面へと仰向けに倒れた。長く、実際には短い、そんな痛みがやってくるまでの小休止。僕は最期に歩道橋の上にいる彼女を見た。彼女の視線はもう僕を見ていなかった。「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

彼女との今までの記憶が走馬灯のように駆け巡る。記憶の中で蘇る今までの彼女との思い出。繰り返す希死念慮。そのたびに助けてくれた彼女。そのたびに嫌いになっていく僕自身。そんな僕の頭の中にある日浮かんだアイデアは大きな希望のように映ったんだ。そうだ、僕は私になってしまおう。さあ、絶望から逃避して、希望を見続けよう。

「どうしてそんなことをするの?」彼女は僕に問いかけた。「ねえ、なんか言ってよ。どうしてそうやって黙っているの?」あたりに響く叫び、そう彼女は追いつめられていった。僕は彼女の問いかけを無視した。もう、僕には彼女の救いはいらないと証明するために。「どうして、どうしてそうやって黙っていられるのッ!」ついに見つけた私を守るために、僕は彼女の問いかけに無言を貫いた。「どうしてそんなことができるんだッ!」彼女は僕の服の襟をつかんで僕の顔面を覗き込み...「返してッ!」次の瞬間、彼女は階段の踊り場から僕を叩き落した。階段へと落とされた僕。階段の一段一段の角が僕をめった刺しにした。階段に仰向けに倒れた僕は薄れゆく意識の中で、最後に見たのは彼女の微笑みだった。その微笑みを見て湧き上がってきた絶望。辺りに響き渡る断末魔。その叫びは私か、それとも僕か。この時の僕はわからなかった。

第二十五章 雪辱と後悔~完~

おまけ

僕はそのナイフを強く握りしめた。目の前で彼女はずっと待っていた。このナイフを突き立てるその時を。僕は何かに突き動かされるようにゆっくりと彼女へと近づいていく。その足取りは重く、彼女とのそこまで離れていなかった距離が、永遠に感じられるほどの彼方へと遠ざけられてしまったなんて、そんな幻想を抱いてしまって、その虚構に酔ってしまって、だけど、このナイフを持った僕は彼女へゆっくりと、しかし確実に近づいてしまっているこの現実が今ここにあって、その今が嫌になって、その嫌になったこの僕自身も嫌になっていく。

世界の終わり、その予言がもし本当に存在するのなら、今日がその日なんだろう。僕は思考を紡ぎ続ける。その思考が紡ぎだした後悔だらけの人生。その後悔だらけの人生が告げたその予言が僕の世界を終焉へと導く。目の前で彼女は手を前へと開いていた。まるでその時を今か今かと待っているかのように。そう、この僕を、この僕が持つこのナイフが彼女の首筋を、そして全身をめった刺しにするその時を、待っているかのように。

読んでくださってありがとうございます。

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