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タイム・スパイラル  作者: やあやあやあ


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第二十五章 雪辱と後悔 第二話

僕がその監獄に出来た裂け目を通り抜けるとそこは水族館だった。唖然とする僕の前には巨大な水槽がその円筒状のガラスを広げていた。その中で泳ぐジンベエザメ、その周りを泳ぐイワシの群れ。僕はこの水槽を暫くの間、黙ってみていた。イワシが泳ぎ、その動きが水中をうねらせて渦を成す。まるで、風でたなびくカーテンのように。

僕がそこで水槽を見ていると誰かが話しかけてきた。「港!お待たせ。」僕はその声のする方を向いた。そこにいたのは一人の少女。誰だろう?僕は彼女を知らない。しかし、彼女は僕の名前を呼び掛けていた。そして、彼女の身振り手振りからどう見ても僕と彼女は初対面じゃないことは明らかだった。だけどやっぱり、僕はこの人のことを知らない。

「こんにちわ...」「さあ、今日は約束通り目一杯付き合ってもらうわよッ!」僕の戸惑い交じりのよそよそしい言葉は彼女の明るい声でかき消された。彼女は僕の右腕を掴んで、力強く引っ張っていく。僕の気持ちを、戸惑いに浸されたこの心を置いてけぼりにして。

彼女の足は一つの水槽の前で止まった。そこで彼女はその小さな水槽を眺めていた。その水槽の中には一匹の海月が入っていた。この海月が展示されていたこの場所は全体的に暗いこの水族館の中でも一層暗く、そしてその暗闇の中でその水槽が輝いていた。その光の中で海月はゆったりと漂っていた。「綺麗ね。」彼女の呟きはその水槽に跳ね返り、彼女の背後にいた僕の耳に入ってきた。その海月は確かに綺麗だった。しかし、一方で僕はこの水槽を見てどこか退屈だと感じていた。海月は水槽の同じところを行ったり来たりを繰り返す。そんな単調な姿を晒しているこの海月はとても気持ちがよさそうだった。

ねえ。恥ずかしくないの?その海月は僕を一瞥した後、はっきりと告げた。「(はじ)などない。私は未来に生きているのだからッ!」

彼女の足は一つの水槽の前で止まった。そこで彼女はその小さな水槽の中の珊瑚を眺めていた。この珊瑚が展示されていたこの場所はこの水族館の中でも一層明るく、そしてそののっぺりとした明るさの中でその珊瑚が自身の色を魅せていた。その色は輝かしい日光に照らされた大海原の輝きを集めて、ぐちゃぁと固めたかのような青色をしていた。「綺麗ね。」彼女の呟きは、その水槽のガラス表面に投影された影だった。その珊瑚の色は確かに美しかった。しかし、一方で僕はこの珊瑚の形が気持ち悪いと感じていた。そう、その珊瑚は自身の色で自分自身を誤魔化しているかの様だった。そして、珊瑚はその水槽の中でこれ見よがしにその姿を魅せ続けている。

ねえ。恥ずかしくないの?その珊瑚は僕を一瞥した後、はっきりと告げた。「辱などない。今の私は幸せなのだからッ!」

彼女の足は一つの水槽の前で止まった。そこは大きな水槽があった。その水槽の中には何もいなかった。僕はその水槽を不思議に眺めていた。「ねえ、港?この水槽嫌いなの?」僕がこの水槽を見ていると、彼女が話しかけてきた。僕は応える。「よく、わからないな。こんな何もない水槽に嫌うことができるほどの意味なんてあるのかい。」「本当に?」彼女は僕を見た。その顔には涙が滲んでいた。「あなたはずっとこの水槽に来るまでずっとつまらないような辛気臭い顔を浮かべていたわ。そしてあなたがこの水槽を前にしたときの毒虫をかみ殺したような瞳を見て確信してしまったのよ。」「だったらなんだ?」「どうして?私はあなたとここで過ごすこの日をずっと楽しみにしていたのよ。なのにどうしてあなたはそんなに嫌そうな顔を浮かべているの?」「いや、水槽を見ていると思い出してしまって。」「何を?」彼女は僕の顔を覗き込みながら深刻な表情を浮かべながら問いかけた。「だって、魚は何度も、何度も同じところを行ったり来たりして、それでいてあんなに幸せそうな自然体のままで過ごしている。その姿を見ていると僕のこの生きている意味なんてないんだろうなって感じてしまって。わかるよ。あなたはたぶんもっと楽に生きることができるって夢想しているのでしょう。彼らの生き姿を感じ取ることによって。でも、それは僕たちが後になって後悔と呼ぶにふさわしい記憶へとなってしまうんだよ。僕たちは今を生きて、過去を見て、そしてそこから未来を勝手に想像して生きている。だけど、あなたのその行為は水槽の魚を僕たちに当てはめることで僕たちが積み上げ続けてきた過去を一時的だったとしても捨て去ってしまうことに他ならないんだ。そう、あなたはこの捨て去る行為をひと時の生の重荷からの開放(自由)と美化してしまって気持ちよくなっているのでしょうね。だけど、あなたは大切なことを忘れてしまっているんだ。僕たちはだれしもが盲目的不自由を抱えているということに。そう、生きているうえでは自由なんかは夢物語さ。生きているうえでの幸せは、過去の未熟だったこの僕自身を乗り越えて雪辱を果たすことでしか叶えることのできないものなんだよ。そう、今のあなたは卑怯者なのさ、ずっと逃げ続けているんだ、存在しないあなたの海をこの虚構の海(水族館)に当てはめて、その自分自身で当てはめた海に対して一人で勝手に怖がっているんだ。そう、そこにはあなたがいてしかるべきだというのに。そう言えば、そうだったな。あなたは僕に聞いていたな、この水槽が嫌いかって!違う。僕はあなたが嫌いだったんだ。あなたみたいな卑怯者を見ていると、過去の選択を後悔してしまったかつての僕の姿を思い出してしまうんだよッ‼」

~~~

僕の目の前の水槽の中で死んでいた彼女。どうして、そんなことができるの?痛くはないの、恐れはないの?「もう、私は、私にとっては、生きていることの方が怖いのッ!」僕は彼女の真っすぐな瞳はこの世界を底なしの闇に沈める。

ねえ。恥ずかしくはないの?「私は、生きている実感を持てないこのままを、続けることにもう耐えることなんて出来ない...むしろ、私はこの恥のために死ぬのよッ!」後悔はないの?「後悔?私はずっと前を向いていた。過去の私は今から見ると愚かで見ていられない。そう、私はだから未来を見続けていたのよ。過去から逃避するためにッ!だけど、未来には、私の見ていた理想の中で過去の私が笑っていたわ。そう、それが既視感だったのよ。そして、その既視感が(はじ)となって私を追い立てる。そう、そこにあったのは辱という名の後悔だった。そしてその気持ちの悪い辱が雪のように私の上に、そして眼前に降り積もり、私の見ていた理想を隠し、貶め、消し去ってしまった。そう、私は逃げたいのよ、この雪辱を果たすことから。そう、他でもないあなたから逃げたいのよッ!」

「そうか。今までずっと逃げ続けたお前はついに幸せからも逃げるんだ。そして、お前は選択したんだ。自ら地獄に堕ちていく、そんな道を...」

続く

読んでくださってありがとうございます。

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