表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タイム・スパイラル  作者: やあやあやあ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/80

第29章 霧 そして 角

休日の今日。俺たちは温泉旅行に興じていた。

~~~~~

「それ、あの有名なスポーツメーカーN社の新型自転車”TM-Ride”じゃん。」その問いかけに彼は怪訝な表情を浮かべる。「N社?違うよ。これはスポーツメーカーT社の新型自転車だよ。」「あれ?そうだったっけ。」

俺は露天風呂が好きだった。この温泉旅館は露天風呂の種類が多いことで有名だった。そう、俺たちがこの温泉旅館を選んだわけはこの温泉旅館が露天風呂に力を入れていたからだった。この旅館の温泉は屋内に大浴場が一つ、外には大きいサイズの露天風呂が二つ。そのうちの一つは岩に囲まれた所謂スタンダードな露天風呂、そしてもう一方は木と竹で囲まれた露天風呂だった。そしてその横には桶型のがあった。それは人一人ほどのこじんまりとした大きさだった。

俺はその桶型の温泉に浸かりながら、大浴場にいる彼が露天風呂に来るのを待っていた。しかし、どれだけ待っても彼は来なかった。もう、俺の指は完全にふやけて、シワシワになっていた。(どうしたのだろう。彼はこの露天風呂を楽しみにしていたはずなのに。)不思議に思っていた俺は彼の様子を見るために露天風呂から大浴場へと移動した。

「なにこれ...」俺の目の前が真っ白になった。あまりの眩しさに俺は目を細めてしまう。細めた目で俺は周囲を見渡した。そこには俺が露天風呂へと行くときに通り抜けた大浴場の姿は無くなっていた。ここにあったはずの温泉は、洗面台は、無くなっていて壁が、床が、天井が一面真っ白になっていた。この空間の中央には一人の男が立っていた。彼は何かを呟いていた。

~~~~~

俺は指先を見た。しかし、そこにあるはずの俺の指はなかった。そこにあったのは誰かの指だった。そこにあったのは誰かの手、誰かの腕だった。それを見た瞬間湧き上がってきたのは気持ち悪い焦燥感、じっとりとした冷汗をかいた心だった。俺はその腕から目を背けて、周囲を見渡した。俺以外にもこの温泉に入っている人がいた。彼らは全員仏頂面を浮かべて俺をジッと見ていた。彼らの瞳は灰色で焦点があっていなかった。彼らの視線を見ていると、彼らの顔を見ていると、言いようのない圧迫感が俺を襲った。嫌だ。俺はこの温泉から出ていこうとした。その時、あの声がした。「そうか。やっぱりお前はそうやって逃げるんだな。どうせお前はこれから先もこうやって逃げ続けるんだろうな。」俺はその声がする方向を見た。そこには漆黒の渦があった。

~~~~~

「やあ。卑怯者。久しぶりだな。」その声を聴いた俺は戸惑った。「どうして、俺を追いかけることができるッ!」「フフフ。お前から煽っといてその言いぐさ、ほんと滑稽だよ。」その瞬間、彼が指を鳴らす。その刹那、俺以外の人間が声も出さないで倒れていった。彼らは口から、胸から、首から血を流し、それが天井を、床を、壁をアカ黒く染めていった。俺は彼を睨む。「おやおや、お前は今になってもまだこの状況を、今を呑み込むことができないらしい。」そう言って彼は目の前に一冊の本を取り出した。俺は彼がその本を持っていることが信じられなかった。「どうしてッ!お前がそれを持っているッ!」「簡単さ。俺が地獄から奪ったんだ。」「ありえない。お前は、天使は、あの門を通り抜けることなんてッ!」「フフフ。本当に恐ろしいな。思い込みなんてさ。じゃあこれでわかるか?」彼は懐から剣杯を取り出した。そう、それはまさしくウノの...「『ごめんな。我が主のためにもこうするしかないんだ。』なんてね。」その声はウノの声だった。

~~~~~

俺の目の前の男。彼の呟きはどんどん大きくなっていった。「お前が感じていた気持ち悪さは俺にとっての気持ちよさだったようだ。そう、お前が見ていたのは他人の中にあったお前と同じ部分だった。そして、他人が持っているお前とは違う部分をお前は見て見ぬふりをした。その結果があの選択を招いた。そしてその選択がこの運命を招いた。そして今お前はかつての選択を後悔しようとしている。」次の瞬間、その男は自身の首を彼自身の手で力強く絞め始めた。「どうしてそんなことができるんだッ!その後悔は、あなたの今まですべてを否定して、あなたの選択を否定して、あなたにとっての希望だったあの選択を否定して、今を拒絶して、運命を拒絶して、あなたを否定して、他人を拒絶して、そしてあなたはこの絶望という名のかつて希望とともに心中しようとしているッ!

だけど、あなたは知っていたはずだ。その選択には”大いなる代償”が伴うということに!そう、だから覚悟が必要だったんだよ。選択した今を受け入れ、その代償を支払った過去をも受け入れ、その選択が導いた運命に立ち向かうことができるそんな覚悟がッ!」彼は傍から見ても明らかなほどにその手にありったけの力を込めてその首を絞めていた。「だけど、お前はその覚悟を持っていなかったんだ。そう、だからお前は卑怯者だったんだよ。選択した過去を受け入れられないで、あの時を後悔し続けて、そして今この運命を前にして現実逃避という名の言い訳をしようとしている。どうだ、わかるんだよ!お前の魂胆はなぁ!言い訳が心を癒せるかッ!ふざけるなよ!それはあんたの救いでも何でもないただの荒唐無稽な夢、もう存在しえない理想なんだよッ!」目の前の男が倒れていく。その口から嗚咽を漏らしながら、いまだその首をその手が力強く握りしめたままで、仰向けに倒れた。

~~~~~

俺は黙って彼の言葉を聞いていた。その言葉には俺たちを見下すかのような冷ややかな響きがあった。「お前は初めこのやり方に満足していたな。それもそうだ、あんなどうしようもない会議を続けることには意味なんてないだろうからな。そして、このやり方である意味公平なチャンスがあると思えばいいと感じていたんだろうさ。だが、この聖戦を繰り返しているなかでお前は気づいてしまった。たぶん、お前だからこそ気づいてしまったのかもしれないな。本来、この儀式は彼らの力を結集し、この世界の救済という名の刹那の輝き(奇蹟)、その光が延々と続く世界、祝福が原罪に贖罪という名の答えを示してくれるそんな世界の実現のためのものだったから。特にお前の方式はそうだったんだろ?そう、お前にとってあの聖戦はこの儀式の存在そのものを貶めてしまう行為に他ならなかったんだ。だけど、そのことに気づいたときにはもう遅かった。彼女が死んでしまった。それも、お前の目の前で...。そんな取り返しのつかないことが起きてしまって、お前にとって貶められてしまったこの儀式に対するお前の答えは諦めだったんだ。そう、すべてを諦めたお前は選択した。」

俺の顔が曇る。「どうやら、ここまで言ってようやくお前は呑み込めたようだな、この今をッ!そうだ、(チェックメイト)だッ!俺はお前に今までの選択そのすべての報いを返し、運命の執行人としての責務を果たすッ!」目の前の男を中心に感情、その象徴たるSpiralがこの空間を震わせた。辺りに満ちるのは純粋な殺意。その殺意は鋭利な刃物のように鋭く、それでいて澄んでいた。その透き通った闇、深淵が見せた形は漆黒のナイフだった。そのナイフが俺の心をズタズタに引き裂いて侵食していった。俺の心に、記憶に、侵食したそれは俺を約束された無へと誘い、俺の記憶の欠落が眩しい純然たる白色に埋め尽くされていった。

読んでくださってありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ