第22章 二人目#2.5
チリン...
その音は私の背後から聞こえてきた。聞き覚えのある音。その音はこの白昼夢のような説明のつかないこの世界にいきなり現れたリアリティだった。私はそのおもむろに現れたリアリティに一抹の不安と言いようのない安心感を覚えていた。そう、この時の私は何か安心できる”確かなもの”に縋りついていたかったのだ。私は振り返り、背後を見た。そこには自転車に乗る一人の男がいた。
その男は落ちくぼんだ瞳にぼさぼさの髪、だらしのない無精髭と締まりのない口をしていた。なんてだらしのない男なのだろう。私がその男に抱いた第一印象は最悪だった。彼は自転車にまたがったままで私を見ながら”にたり、にたり”とした笑みを浮かべていた。私は気持ち悪いと感じていた。その笑みには悪意が見て取れた。そう、まるで私が気持ち悪く感じてしまうように見せているかの様だった。
私は深呼吸をして、もう一度あたりを見渡す。そこには白銀の世界が広がっていた。あったはずの街並みはもう見る影もない。空は曇天、そして雪が少しづつ降っていた。その雪には寂しさのようなものがまとわりついていた。その寂しさはこの世界の空虚さを私の心に突き付けていた。
「あの、すいません。」私は目の前で笑い続けるその男に話しかける。その男は私の言葉に何も言わないでただその気持ちの悪い笑みを浮かべているだけだった。「あの、すいません!」私は目の前にいる男に向かって歩き出す。その男は何も言わないでただそこにいた。私は言いようのない不安を感じていた。目の前の男に存在そのものを無視されているそんな不安を感じていた。そう、その男に存在そのものを否定されているような...
私はその男へ向かって走り出す。どうして?どうして距離が縮まらないの?私は混乱する。私は確かに走っている。その男は私の目と鼻の先で自転車にまたがりながら笑みを浮かべ続けている。だけど、彼に近づくたびにその男はどういうわけか遠ざかってしまっていた。彼は動いていないというのに。目の前の男は次第にその顔に浮かべている笑みを膨らませ始めた。そう、爆笑をこらえるかのように。「何がおかしい!」私は叫ぶ。その瞬間、彼は大きく笑い始めた。どうしてだろう?その笑い声は私の背後から聞こえていた。気持ちの悪い声、だけどどこかで聞いたことのある声...私は振り向く。そこにいたのは”私”だった。
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俺は驚いて大きく尻もちをついた。その立ち上がった死体はその腐っているその顔のかろうじてついた唇をぐにゃりとうねらせながら俺に向かって歩き出す。足からアカ黒い液体を垂れ流し引きずりながら、左手は向くべき方向とは逆方向を向いていた。俺は恐怖を感じていた。死体が動き出したことに対して、そしてその死体の握りしめた漆黒のナイフに対して。
続く
読んでくださってありがとうございます。
試行錯誤の結果、ここで一度切った方がいいと判断しました。
今日の話は短いですが明日はその分長くなります。
遅くなりました。申し訳ございません。




