第23章 神秘と畏怖
私はこの道を歩いていた。この道はずっと長く続いていた。道の先が点のように見えてしまうほどに。だけど、私はこの道を進むことに対して、ためらいや迷いなんてなかった。むしろ、この道を進まなければならないという気持ちだった。
私がこの道を進み始めてしばらくすると、道の真ん中に何かが突き刺さっていた。私はそれを引き抜く。それは古ぼけたナイフだった。そのナイフはボロボロで錆びついていた。どうしてこんなところにナイフが?私はそのナイフを眺めていた。すると、どうしてだろう。私の感じていた閉塞感のようなものが消えていく。陰気な雰囲気を纏っていたこの森が一気に生気を取り戻したかのように感じた。私はそのナイフを懐にしまう。それからだった。私の気分が高鳴ったのは。鬱蒼とした雰囲気に鷲掴みにされていた心をこのナイフがめった刺しにした。その瞬間、この森が纏う神秘さと畏怖が死んだ。鬱蒼とした森にあったはずの恐怖はたちどころに消え失せ、道にあったはずの超然とした振る舞いは台無しになった。私はこの森を、道を見下しながら歩く。私のそんな態度に呼応するように、あんなにも長かったはずの道はもう終わりを告げ、その森は私から遠ざかっていった。そして私の目の前には古ぼけてどこか崩れた街並みがあった。
道の先には古ぼけて、どこか崩れた街並みがあった。その街は長い間放置されていたようで人の気配を一切感じなかった。私はその町の中を見て回る。そして私は既視感、デジャブのようなものを覚えた。「あれ?」私の既視感の始まりは一つの建物だった。その建物は出入り口がシャッターで閉鎖されていて、中の様子を窺い知ることはできなかった。その建物は出入り口らしき所に看板が立っていたが、その看板に張られていた何かは無理やり引き裂かれており、私はその断片を見ることしかできなかった。「最大級のCD数...」CD?私は懐かしく感じていた。私はかつてあるCDを探して町のリサイクルショップを梯子していた。その時、私は既視感の正体に気が付いた。この店は私の町の駅前にあるリサイクルショップだということに。私はその建物をもう一度見る。出入り口の形、周りの建物の形。なるほど、あのリサイクルショップだ。平静だった私の心は失われる。私は確かめなければならない。私はそのリサイクルショップに放置されていた古びた自転車に乗り込んである場所へと向かう。「やっぱり...」そこには私の家があった。その家も周りと同様に古びていた。屋根には苔が生え、壁にはツタが茂っていた。私は家の扉に絡まるツタを懐から取り出したナイフで取っ払った。私はドアノブに手をかける。しかし、その扉には鍵がかかっていた。どうして!
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彼女の悲痛な叫びがあたりに満ちる。そして、彼女はその扉を思いっきり叩き始めた。彼女の顔は歪み、そのドアを叩く拳には焦りが滲んでいた。しかし、彼女が叩いてもその扉はびくともしない。しかし、彼女は諦められなかった。彼女は右手にナイフを持ち、力強く握りしめる。そしてそのナイフで彼女はその扉をめった刺しにした。何度も執拗に。その木製のドアは崩壊し見るも無残に成り果てた。その家は開放された。彼女はその家の中に入る。そこには聖域が広がっていた。
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その家の中は真っ白だった。天井、壁、床すべてが傷一つなかった。そしてその空間は真っ白、白以外の色が存在しない異常な空間だった。私は外観と室内のギャップに気持ち悪さを覚える。私はその室内を見渡す。そして確かにここは私の家だった。家具も色が真っ白なことを除けば、すべて同じだった。配置も物も。それが逆に私をいやな気持ちにさせた。このわけのわからない状況に私の足跡のようなものがあったことに。まるでこの気持ち悪さは私の記憶を侵食するようなものだった。
私は思い直す。私は何のためにここに来たのか?それはあれを取り戻すためだ!彼女はテレビの下の戸棚を開ける。彼女の気持ちが安堵に包まれる。そこには彼女にとって生きていくための最期の希望、その象徴があった。それはCD、ベートーヴェン交響曲第5番<運命>。
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どうしてだろうか。そのCDには色が残っていた。私はその事実に安堵した。「よかった。これがないと私は...」そんなことを呟いた。その時、私の家?の二階から何かが落ちる音がする。その音は大きな何かが水に跳ねる、そんな音だった。私は音のする方に向かう。階段をゆっくりと上がってその音がした部屋に入る。そこは私のかつての寝室。その部屋も真っ白に染まっていたが...私は気づく。部屋の奥、私のベットの上に妙なふくらみがある。私の心は戸惑った。私はゆっくりとそのふくらみへと近づく。心が逸り、鼓動が加速する。私はそのふくらみに近づき、恐る恐るその布団を取っ払った。その瞬間、私の瞳に飛び込んできたものは信じられないものだった。それは”私”の死体だった。その死体は何年も前に死んでいるかのように腐食が進んでいた。その手には私が持っているCD が力強く握りしめられていた。私はその凄惨で気持ち悪いそして信じられない死体を見て、吐いてしまう。
「何これ...」私の口から吐き出されたのは真っ白の何かだった。それを見た私はその場から逃げるように走る。二階から一階へと階段を駆け下りて、そしてそのままの勢いでこの家の外へと出ていった。しかし、そこには一面の銀世界が広がっていた。もう、あの街並みはそこにはなかった。呆然とする私。その時、どこからかガチャガチャと音がする。私はその音がする方向に意識を向けた。そこにいたのは自転車に乗る一人の男だった。
第23章 完
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