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タイム・スパイラル  作者: やあやあやあ


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プロローグ  (22to29)

「こんにちは、こちらはサポートAIです。あなたの自転車ライフをサポートします。」その声が部屋の中に響き渡る。彼はその声に違和感のようなものを抱いた。(なんだかこの声気持ち悪い、機械音声なのにまるで人が話しているみたいな...)この時までの彼は高揚感に骨の髄まで精神が焼かれてしまっていた。しかし、この声は彼のその焼け爛れた部分に氷水を放り投げた。心の痛み、それは気持ち悪さ。吐き気と多幸感の板挟みになった彼。そんな彼を置いてけぼりにしてそのAIは話し出す。「コースを選択してください。1、ノーマルオーダー。従来の電動アシスト自転車と同じくらいの負荷での走行が楽しめます。2、イージーオーダー。上り坂をまるで下り坂をゆっくり下っていくような感覚で走行することができます。3、ブレイドオーダー。まるで飛んでいるかのような感覚を味わうことができます。最期に...」音声にノイズが走る。そのノイズが空間を(つんざ)いた。彼の耳に巻き起こるモスキート音。彼は耳を塞ぎ、その場でうずくまってしまう。

ノイズは空間を引き裂くように、まるで誰かの叫びのように、彼の記憶の中の絶望の象徴の様に。

彼はあたりを見渡す。そこは紛れもない彼のアパートの一室。小さい閉じられた空間に蛍光灯からの橙色の光が満たされていた。彼はその自転車へと目を向ける。それは自転車だった。すごい自転車、だけど、もうこの自転車は彼にとってただの自転車へと成り果てていた。彼はどうしてあんなに躍起になっていたんだろうと思い始めていた。その時、彼の心に湧き上がるかつての渇望、多幸感とシャーデンフロイデ、その記憶が呼び起こされる。痛みを伴って。彼はその自転車から目を逸らし、付属の説明書を見る。「設定キー、右ブレーキの横の赤のスイッチを押してください。」彼はそのスイッチを押し、モードを選ぶ。彼は探す、気持ちの悪いあの声を聴くことのない状態にする方法を。そして彼は見つけた。「完全自動モード。」AIが全自動で坂や状況を検知し負荷を調整するモード。このモード中はAIによる応答の一切が消える。彼は迷いなくそのモードを選択した。そして基本設定は2番目:イージーオーダーに設定した。「設定完了しました。」その声はこの言葉を最後にして消えていった。

次の日~~~~~~

今日は快晴、雲一つない素晴らしい晴天。この晴天が彼の気持ちを変えたのだろうか?彼は自転車にまたがる。そして漕ぎ始めた。上り坂に差し掛かる。自転車がガチャンと音を鳴らす。そしてその刹那、彼が感じたのは浮遊感。(ほんとに俺は今、坂を登っているのか?)彼は信じることができない。疲れを一切感じない、それどころか自転車を漕いでいるのにその確かであるはずの感覚すら怪しくなっていく。あっという間に彼は坂を登り切っていた。彼は戸惑い、そして感動していた。(これ凄い!想像以上だ、これは!)彼のテンションはこの自転車が当たった時と同じくらいに高鳴っていた。彼はこのままこのサイクリングロードを疾走する。疲れない、そして速い、彼はもうこの風を感じるこの疾走感の虜になっていた。

彼がサイクリングコースを走っているとき、彼は道中にあった公園に立ち寄った。のどが渇いたから、公園に置かれていた自動販売機で何か買おうと思ったから。彼は麦茶を買う。その麦茶は生ぬるかった。彼がその麦茶をゆっくりと噛みしめて飲んでいると彼の視線の先の看板に目が留まる。「取り壊し予定。新都市計画の一環として自動車道増設に伴い…」彼はその看板を見て、その麦茶を一気に飲み干した。そして彼はその公園を後にする。

彼は自転車に乗る。そして勢いよく漕ぎだした。彼はこの公園が気にいっていた。彼にとってこのサイクリングコースは理想だった。いいバランスの自然、ひび割れの少ないコンクリートで舗装されている道、そしてちょうどいい位置にあるこの公園。彼は残念な気持ちと寂しさで胸がいっぱいになっていた。(せっかくいい自転車があっても走る場所がないんじゃしょうがないじゃないか。)彼の心はその看板のこと、新都市計画なる物事に対してで頭がいっぱいになっていた。だから彼は前じゃなくて少し俯きがちの目線で自転車に乗っていた。そう、だから彼は気づかなかった。歩道橋の上に立つ一人の少女に。

彼女が歩道橋の上から飛び降りた。そして彼の自転車の目の前へと落ちた。彼女は右手に何かを持っていた。彼は目の前に転がり込んできたその少女を目の前に頭が真っ白になった。彼の心を衝撃と戸惑いと恐怖が襲う。彼はブレーキをしたが車通りの少ないこの道で勢いよく走っていたからブレーキでの停止は間に合わない。彼は回避しようとする。その時、あの声がした。「オーダー”承認”Anarchy状態移行。」その瞬間彼の目の前が光で包まれた。

~~~~~~~~~

「記憶、それはアイデンティティそのもの。原罪として用意された器に降り積もった”誇り”。そう、この世界には魂はなかった。あるのは誇り。誇り、それは時間(Time)。器、それは感情(Spiral)。」

僕の前で彼女はあの瞳でこちらを見る。その瞳は深淵、純粋無垢で穢れなき意思の塊。僕は彼女のその瞳に引き込まれた。彼女の瞳はまるで凪いだ水面。その瞳に反射した僕の本来の姿が僕の心へと突き刺さる。「神は死んだ。なぜなら神は神であることをやめたのだから。原罪を抱えた神は神を捨て人の形へと成り下がった。人の形、それは一つの渦。」彼女は僕へと近づく。「贖罪の道、それは約束された最後の希望へ至るために繰り返される墓標。繰り返される滅びと新生。原初の神の争い、トリガーとして創られた天使、世界の終わり、そして儀式、その儀式は救済の儀式。救済、それは祝福。贖罪(Answer)。かつての契約によって定められた運命の輪舞、開放と閉塞の反響。」彼女は僕の首筋に指を這わせる。「私たちは咎人だったのよ。私たちが理想郷を手にしたとき、私たちに残ったのは絶望だった。そう、確かに私たちは思い描いていた夢を見ていた。タイムマシンを強奪し、敵を殺し、歴史を修正し、創り出したのは何も不安も絶望もない理想郷、まさしく夢だった。だけど、そこには幸せもなかった。私は気づいてしまったから。私は私を見失ってしまったことに。私が私なのはこの記憶、苦しんだ記憶、そうこの傷跡すべてが私だった。だけど、それが無くなって残ったのはただの渦。気づいたときにはもう手遅れだった。その渦は無秩序な本能へと成り果ててしまった。まさに絶望。もう私は何のために生きていたのかわからなくなってしまった。この体に残ったこの”跡”がもう何なのかわからない、この身体が私のものであると確信できない。そして行き場の失った感情が突き付けたのは私にとっての最初の希望だった。」彼女は僕の首筋に爪を突き立てる。僕の首筋に小さな傷痕ができた。「そう、これが私にできる精一杯の抵抗。気にしないで。この末路は自業自得だから。嫌いでしょ。今の”私”なんて。そう、もう私はあなたの知る私じゃないもの。港、私はあなたのことが嫌いだった。大っ嫌いだった。いつもあなたのそばにはかつていたはずの私がそこにいたから。そう、あなたの中に残っていた私だったものが笑っていたのよ。その、彼女の右手にはダガーナイフが握られていて、彼女は言った。

~~~~~~~~

「本当にこれで終わり?私たちには運命しかないの?」「やめて!もうやめて!これ以上私を苦しめないで!」「そんなことを考えているつもり?あなたはこれでいいの?なんのためにここに来たの?」「わからない。もうわからないよ!どうして私はここにいるの?どうして私は今、ここにいるの?」その問いかけを返す言葉はない。「私は港を助けるためにここに来た。そして痕も見つけた。これでいいわけない。」私の口からかつての私の言葉が、吐き出される。「じゃあ契約してよ。対価は記憶!」その言葉を聞いて嬉しそうに笑うのは目の前の私!「やめて、もうこれ以上生きる意味を、私を奪わないで!」その言葉は声にならない。私が、記憶が抜け落ちていく。大切だったもの、残されたたった一つの希望が消えていく。私に残ったのは最初に思い描いていた希望()だった。「馬鹿だよね。過去に縛られているからこんなことになるんだろうよッ!アハハハハ!そう、私は最初から最後まで港のためになることをしている私自身へ酔っていただけだった。だから私は港と話す必要なんてなかったの!そう、私にとって彼は取るに足らないのだから。フフフ。そんなことはもう、とっくの昔にはわかりきっていたはずなのに。」

~~~~~~~~

彼女の右手にはいつの間にかダガーナイフが握りしめられていた。「そう、”つみ”だよ、これは。これが今まで私が諦めて、逃げ続けた末路...」彼女を中心に空間がうねり渦を成す。悲しみが僕の心をズタズタにする。「ねえ、港?あなたは生きてよ...。どうか、私みたいにならないで、諦めないで、そして逃げないで、”今”を生きて!たとえそれが死という名の運命を前にしたとしても...」彼女が自身の首筋にそのナイフを突き立てる。辺りを彼女の血が染める。「そうすれば...」「・・・」「きっとすべてがうまくいくだろうから。」

読んでくださってありがとうございます。

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