第20章 黎明の刻
俺はもうだめだ。「逃げているだけ、言い訳しているだけ、すべてがあなたの自業自得、あなたは自由だった、なのにこの末路へと導かれた。」「運命?違う、お前は絶望していただけだ。生きることに。そして諦めていたんだ。そしてお前は絶望から逃げるために希望を捨てた。」「絶望と希望は逆位相。繰り返し反響する開放と閉塞、その明滅の螺旋の中で私たちは生きていくしかない。私たちはずっとそうやって生きてきた。」「運命、それは今を蔑ろに、無駄なものへと貶める言の葉。過去の自分、それは諦めの象徴。」
目の前で彼女が夜見が死んだ。世界が滅びへと向かう。俺は彼女へと走り出す。彼女は全身が首から上が何か鋭利な刃物でぐちゃぐちゃになっていた。俺は天を仰ぐ。そこで宇津野が見たものは墜落する弐趾原とその様をあざ笑う7人の天使、彼らを中心に空間がうねり世界を巻き込んで渦を成す。彼らの背後には七つに割れた天、赤、橙、黄、緑、青、紫、白に切り分けられていた。その色が光となって彼らの光輪、エンジェルヘイローへと吸い込まれている。そして彼らは右腕を天に掲げる、その手にあるのは聖遺物。剣杯、聖なる焔剣、無垢の象徴、魚、緑の本、聖杯、そしてダガーナイフ、彼らがそれらを掲げ、それらが中央で交わった。その刹那、聖遺物が一つとなりて蘇る。それは一つの虹色の光を称えしナイフ。天使が祝詞を唱え始める。「希望、それは開放」「絶望、それは閉塞」「運命、それは逃避」「死、それはメタファー」「生、それは記憶」「原罪、それは本能」「神、それは始まり。」ナイフから現れた虹色の光、その光は頭上に円環の虹を創る。それは大きく広がりこの世界を覆いつくす。その刹那、地面が無くなった。俺は下を見る。そこには黒い液体に浸された地面だったものがあった。「黎明の刻、それは開放の儀。隠されていたすべてが今ここに現れる、記憶として!」地面が揺蕩い、空間がうねり、現実が引き裂かれていく。それは一つの大きな渦だった。俺たちはその渦に呑まれ巻き込まれる。
「どうして、お前は何もしなかったんだ。」彼の言葉が執拗に俺の心をめった刺しにする。「黙れ...終わってからそんな風に言うのは、卑怯じゃないか...」「卑怯で何が悪い!俺はお前が憎くて、憎くてしょうがないよ!」彼の殺意のために空間がうねる。「本能、それは殺意」「どうしてお前はあそこにいたんだ。お前はあそこで動けずにただ見ていただけだ。」「こんなことになるなんて思わなかった。こんな取り返しのつかないことになるなんて。」「お前はタイムマシンでやり直せると思ったんだろ?そんな虫のいい話があるかよッ!お前は、ただ逃避していただけだ。今から、彼女から!」俺は彼にめった刺しにされる。彼の言葉は俺の隠していた心を明らかにするおぞましいものだった。「お前は、ただ逃避していただけだ。げんざいから、俺から!」俺の心が見せる選択は二つ。「お前は、ずっと卑怯だったんだよ、そう、お前はずっと傍観者だった。よくもさっきは俺を卑怯だって言えたものだよ!殺してやるッ!死に晒せやぁ!宇津野ッ!」その選択は生、または逃避。俺は後者を選択した。
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俺はもうだめだ。俺の心が黒く染まる。この世界に仕組まれた運命はもうがんじがらめでほどけない。「お前はずっと裏切者だった。﨑野夜見はもういない。弐趾原は器に、港は贄と成り果ててしまった。」「どうして、どうしてこうなるんだ。」「お前がただのうのうと生きて、すべてから逃げて、彼女に、同胞に対してあまりにも知らなかったからだよッ!」「じゃあどうすればよかったんだ!彼女を、夜見を助けるには!」「お前が彼らを、彼らの希望を信じれば、あの時、彼らと運命を共にして生きていれば。だけど、お前はその選択から逃げた、彼らへ嘘を吐き出して!そこまでして守りたかったお前の決意だったものがこれだ!」目の前に広がるのは大きくなった本能、そして理想郷だったもの、黒い渦、かつての弐趾原、そして夜見、命の明滅、世界がすべて巻き込まれる。その中央で笑っている男。「そうか!彼女は生きている、”今”ここに!」その言葉が彼を中心に世界を八つ裂きに引き裂く。引き裂いた空間から雪砂(時間の死骸)が零れる。「どうだい、かつての親友、”港”その成り果てた様は!」彼がその渦によって串刺しに、執拗に切られ、刺され、めった刺しに引き裂かれる。彼の皮膚が爛れ見るも無残に成り果てる。彼から溢れんばかりの血が流れ、渦へと吸い込まれる。渦が、純粋な漆黒に艶やかな赤色が侵食する。その黒い渦は赤黒い液体へと貶められた。そして、港は対照的に白くなっていく。その白は純白、何者にも侵されないことの象徴。彼が引き裂いた世界、その空間から溢れ出す光が彼を純白なる光で覆いつくす。彼の手に持つ聖遺物、その最後の生き残りがアセイミーナイフへと変化した。彼を包む純白なる極光がそのナイフへと収束する。彼がそのナイフを渦に向かって振り下ろした。その心に殺意を希望を絶望を込めて!赤黒い渦が純白なる渦へと変遷する。そう、これが暗黒の刻、その終焉。世界が何物にも侵されることのない白銀の世界へと収束を始める。目の前にいる男”タリスマン”は笑う。「どうやら運命のようだ。お前を拒絶したこの世界、絶望も希望もない運命が仕組まれた世界、そうだ、お前が成し遂げたブラック・タイムはこの時の布石にすぎなかったんだよ!儀式の昇華そのために!」いつの間にか彼の手には心臓が握られていた。「やめろッ!」「フフフ。俺は選択するための覚悟がある!選択した過去を受け入れ、前に進むことができる覚悟が!そう、だから俺は今ここにいる!その意味が理解かるかッ!宇津野!」宇津野は悔しそうに彼を見るだけだった。「それは運命を背負うということだ!そうだ、お前がずっとできなかったことだッ!」
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僕の目の前に広がるのは白銀の世界、あたり地平線の先まで続くこの世界には寂しさだけがあった。「僕は傍観者であることをやめて、死を忘れた卑怯者であることをやめて、今、まさに友のために命を捨てようとしている。」「本当にこれで終わり、私たちには運命しかないの?」「そうだよ。これがお終い。僕は気づいてしまった。この世界はもう運命に縛られてしまっているってことに。約束された世界の崩壊、僕たちはその贖罪の螺旋で踊っていただけなんだ。」「どうして、彼は裏切者だったのよ。」「確かに彼は裏切者だった。だけど、それを断じることができるのはすべてが終わってからだよ。罪と贖罪はいつも重なり合って存在している。だから、いつでもいいんだ。それよりも僕たちには”今”成さなければならないこと、やらなければならないことがあるんだッ!」「何を?」「僕はこの命を使い、友を救う。この贖罪の螺旋からの開放、そのための贄から!」彼を中心に純白の光が顕現する、原初の神の象徴の一つ、侵されることのない光、まさにそれはトランス能力者が本来持つことのできない、そして彼らが自由になるための最初で最期の選択使、”自己犠牲”。
彼は次の瞬間、バスの窓から飛び出した。彼は自身の権能”開44を光とともに纏った。そして彼は向かう、滅びの中心にいるかつての親友”港”へ。
滅びの中心、そこに彼がいた。「港、そんなことはもうやめるんだ。それは誰のためにもならない儀式だ。」彼はその言葉に無言を貫く。彼の瞳には底知れぬ深淵があった。「その儀式は自己満足だ。そして儀式のトリガーは贄となってしまう。そう、意味なんてないんだ!」彼は滅びの中心で空中を漂っている。Aは自身の能力を開放、完全状態となる。すべての束縛からの開放。彼は肉体面、精神面その他彼を縛る原罪すべてから開放された。彼は今世界で最も神に近い姿を手に入れた。彼は空中を高速移動し、港のへと向かう。「少しは人の話を聞けやッ!」彼は思いっきり振りかぶって彼の右顔面を殴った。彼は抵抗せず、殴られる。彼の体が大きく吹き飛ばされる。Aは彼を見て気づく。もう、彼は、港は死んでしまっていることに。「一手、遅かったな。」Aの背後から声がする。その刹那、空間に生じていた致命的な裂け目にAは磔にされた。「馬鹿だよね。いつまでも過去に縛られているからこういうことになるんだよ。もう、彼はこうなることが運命づけられていたのだから。」Aはその男を睨む。「運命、それは今を蔑ろにするための言の葉だッ!」「フフフ。運命を語る奴は今を生きることを諦めている奴、確かにそうとも言えるかもしれない。だがな、残念ながらこれも運命だ。運命は理不尽で、どうしようもないものだ。」その男は港が持っていたはずのアセイミーナイフを手に持ってAに近づく。「俺はこの時を今か今かと待っていたんだよ!メッセンジャーと神の器が揃うこの時を!」彼はAの胸をそのナイフで切り開き、心臓を取り出した。その様を見ていることしかできない惨めったらしい一人の男が叫ぶ。「やめろッ!」「フフフ。俺は自身の覚悟を証明したぞ、宇津野!」宇津野の顔は苦痛に後悔に歪んだ。その様を見て彼は笑う。「お前のその顔、滑稽だよ。フフッフ。どうやら、俺にとっての希望はお前のその歪み切った表情の様だよ。アハハ!」「一体...どうするつもりなんだッ!弐趾原!」「フフフ、今の俺はタリスマンだよ、宇津野!俺はこの世界を贄にして世界を一からやり直すッ!」「どうやって?まさか、神をも呼び起こすつもりか?」「宇津野、知ってるだろ。俺は天使も神も嫌いなんだ。天使は頼んでもいない、そしてできもしない神の復元を望んだ。その結果がブラック・タイムだ。まあ、もともと神を新生させることはできても、かつての神をそのまま復元させるなんてことはできないだろうさ。そう、神は死んだ!運命の犠牲となって。だから、神を復活させたところで新しい因果が生まれるだけだ。」宇津野はただ見ていることしかできない。「そうだ。お前はそうやって俺がこれから起こすことをただ見ていることしかできない。そう、お前は初めっから傍観者のままだった。なあ、宇津野、お前は何のために今まで生きていたんだろうなぁ!」「うわぁぁぁぁぁぁぁ」タリスマンは持っていた心臓を握りつぶす。その心臓から血が溢れ出す。「新世界が産声を上げる。」彼を中心に光が収束し、世界が崩壊する。俺が最期に見たのはそれを見て笑う男。俺の意識はそれを最期に失われた。
第20章 完
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