第(10・2)章 黎明の刻~その始まり~
同胞は死んだ。そうか、これが逃げてきた末路なんだ。そして僕に残された希代の希望は、僕が最初に思い描いた絶望と同じ姿だった。ついに見つけた彼女は僕を拒絶する。「あなたはまだ生きること、逃げることを続けているの?」そんな鋭利な言葉が僕をめった刺しにした。「どうして、そんなことを言うの?」彼女は答えない。「ねえ、なんか言ってよ。どうしてそうやって黙っているの?」彼女はその問いかけを無言で答える。「どうして、そうやって黙っているの?」彼女はそこで横たわっている。「どうしてそんなことができるの!」僕は叫んでいた。気づけば彼女は僕の目の前でバラバラになっていた。僕の絶叫が彼女を引き裂いたんだ。その彼女の姿を見て僕はようやく気付いてしまう。彼女は僕にとっての希望だったことに…*「始まったな。」そうやって彼は笑う。「なんだよこれ。そんな」宇津野はこの光景を見て青ざめる。「お前もやっと思い出せたようだな、宇津野。私の計画通りになっただろ?」弐趾原の顔には張り付けた笑顔があった。「黙れ。また、あの災禍を繰り返すつもりか。弐趾原。」「災禍じゃない。これは儀式の終わりと始まり。貶められた儀式のやり直しだ。」彼は悪びれずそう言った。「儀式…!」「そうだ。あの時、俺たちは絶望を知ってしまった。かつての俺たちはやり直したかっただけだった。そしてタイムマシンを強奪し幸せを見つけたはずだった。だけど、俺たちは気づかされてしまっただけだった!今から逃げているだけにすぎないってことに!」「黙れ!」「トランス能力、それは幸せからの足枷。知ってしまった楽園からの追放、その象徴だ!この能力は理想郷を諦めるにはあまりにも大きく、夢を見るにはあまりにも小さい。この能力がもたらした俺達の心の中の渇きは大きくなっていった。そしてそんなタイミングであの儀式が起きた。そう、今思えばあの災禍は俺たちにとっての希望だったんだ。肥大化した感情、その”開放”へと至る道が、絶望の象徴、そう俺たちの対極に位置する存在、天使を前にしてようやく導かれたのだから。彼らはもとより指向性がプログラムされていた。それが彼らにとっての感情の定義。ブラック・タイムは彼らを俺たちの本能が拒絶して起こった災禍だ。そうさ、私がトリガーでなくとも遅かれ早かれ誰かがやっただろうな。なあ、宇津野?」宇津野はその問いに答えることができない。「お前はあの時、何もしなかったよな。俺はお前を憎んだよ。朽ちていく港。墜落する夜見。彼らの犠牲をお前はただ眺めていただけだもんな。この傍観者が!知ってたんだろ?ずっと前からこの能力の本性を!そして隠してたんだろ。この真実はあまりにも酷だからって。それともどうすればいいのかわからなかったのか?お前は前に言ったよな?こんなことになるなら前もって相談してくれって。ほら、無駄だったろ?私たちは生きているだけでしょうがないんだ!俺はお前が来た時点で理解したよ。お前が卑怯者の傍観者だってことに!だから諦めることにしたんだ。お前を諦めさせるために!俺はお前を仲間だって、同胞だって思っていたのに!この裏切者がぁ!」限界まで圧縮した力は彼を中心に収束を始める。まるで渦の様に。そしてその渦は彼の掲げた右手のある一点に収束し、その刹那何かが壊れる音が響いた。その音は遥か地の底へと向かう残響。宇津野は思わず下を見る。そこにはもう地面はなかった。真っ黒な液体、それが地面を覆いつくし呑み込んでいく。宇津野の足、その液体に浸かっている部分に言いようのない違和感。足が力強く締め付けられるような感覚。宇津野は思い出していた。かつて首を絞められたときの感覚を。宇津野は弐趾原に意識を向ける。そして宇津野は気づいた。弐趾原の背後に立つ、一つの人影に。それはあの時死んだはずの”彼女”。「なんで、夜見が…」弐趾原を中心に液体が揺蕩い、空間がうねる。液体が彼の掲げた右腕に螺旋を描き、昇る。周囲がその螺旋に侵食される。その螺旋が空間を掌握し、変貌させた。宇津野の周囲に重圧がかかる。彼の今までが走馬灯のように彼のすぐ横を通り抜けていった。やるせなさと罪悪感、緊張と恐れが彼の心を埋め尽くした。そう、この光景はあの時と同じ、かつての希望の象徴、ブラック・タイム、その始まり。*僕は絶望する。僕の頭の中で彼のかつての言葉が反響する。それはまるで地の底へ向かう残響のような感覚がした。「自業自得なんだよ、この末路は。お前は彼らの希望を無駄にして、自分自身にも嘘をついた。そこまでして守りたかったお前の決意だったものは今ここに見るも無残な骸へと成り果てている。お前は何のために生きていたんだろうな?」「うわぁぁぁぁぁぁぁ」僕の心に湧き上がるのは、絶望、狼狽、後悔、達観、そして希死念慮。僕を見下ろす彼は笑みを浮かべる。「どうやらチェックメイトのようだなぁ!そうさ!、俺はお前が、お前の心が死んでくれるこの時をずっと待っていたんだ!お前はずっと傷つけていた。俺を、彼女を!だけど、お前は、お前の心はずっと逃げ続けていた。俺から、彼女から!」僕は自分の手を見る。いつの間にかそこには黒く濁ったダガーナイフがいた。僕はそれを力強く握りしめる。「俺は失望したよ、お前に!俺はお前と出会って嬉しかった、そして友達になれると思っていた、だから信じていたんだ。お前を!だけど、お前は卑怯者だった。過去の自分、そんな今を蔑ろにする言の葉を並べて言い訳をし続けた。俺はお前と今を生きたかったのに、彼女は今のお前の救いになりたかったはずなのに。」「ごめん、ごめんなさい。」僕は彼女を見てそう呟いてしまう。「お前は嫌になったんだろ?この今に!この現実に!だから、お前は諦めたんだ。そして、逃げた!俺たちをお前の絶望の渦に巻き込んで!お前は臆病だったんだ。だから勝手に一人で逃げることすらできなかったんだ!」*久留智海の手に握られたダガーナイフ、そのナイフには鮮血が刻み付けられている。智海は思わずそのナイフを落としてしまう。目の前に広がるは凄惨な血の海、テーブル席でめった刺しにされた店主、カウンターにうつぶせで赤黒い液体を垂らし続ける死体、ぐちゃぐちゃな一人の死体、主任の変わり果てた姿、そして智海の目の前、そこには”よみ”の死体があった。その体は胸から赤黒い液体を噴き出してこの床を艶やかに染めていた。彼女の手には銃が握りしめられている。僕はその光景を呆然と見ているように眺めていることしかできなかった。その時、呻き声がする。その声の方向に意識を向ける。そこには主任(懸餅蒼汰)がいた。智海は彼に駆け寄る。「主任、大丈夫で…」主任は首を執拗に鋭利な刃物で切り付けられていた。その傷を見た智海の心に溢れ出す記憶、彼女が彼をダガーナイフでめった刺しにする様を。「おい!何をやっているんだ!!」「何って【開放】よ。言ったでしょう?私たちが生き残るためにはこうするしかないのよ!」「開放…?」「開放、それは差し迫った運命からの逃避、あの時、私たちは選択しなければならなかった。希望と絶望を!私たちは生き続けるために幸せを手放した。原初の神がこの世界を創りだしたときに抱えることになった罪、それが原罪として私たちに流れている。そう、これはその原罪からの開放、そのための通過儀礼!そう、これは必要なこと、誰かがやらなければならないこと。この繰り返される贖罪の螺旋から逃れるために!」*彼のエンジェルヘイローは八つ裂きにされる。彼の顔が苦痛に歪む。「フフフ、その顔、いつも思うけど、笑っちゃうね。いつもそんなバカみたいな顔を浮かべて恥ずかしくないのか甚だ疑問だよ。」彼はそう言って笑う男を憎々しげに見ている。「運命、贖罪へ至る道、その再定義は終わった。さあ、始まるよ。絶望も希望もない運命の渦に巻き込まれた世界が!」
読んでくださってありがとうございます。
私はエナジードリンクを飲みながらこの小説を書きました。
私の好きなエナドリは果汁が入っているものです。




