第十九章 好敵手ーN 第三話
それは緑色の本だった。祭壇の炎に照らされていたそれはおどろおどろしい雰囲気を纏っているように見えた。彼はその本を手に取り、開く。そこには一文字「手記」と書かれていた。黄色のくすんだ紙に赤いインクのようなもので書かれており、俺はその文字を見た瞬間気持ち悪い感覚がした。その文字がまるで蠢いているように感じたから。俺はその手記から目を逸らしてしまった。
~~~~~~~~
俺は信じられなかった。こんなことが、こんな話があってたまるか。この話が本当なら俺たちの”今まで”はなんだったんだ。「何をしているんだ!」彼は必至の形相でそう言い放ち俺の手にあるこの本を奪おうとしてくる。「おい、お前どうしちまったんだよ。」彼には俺の言葉が理解できないようだった。
~~~~~~~~
彼は死に物狂いでその本を読んでいた。彼は目にも止まらぬ速さで頁をめくり、そこにある文字の羅列を彼の瞳が疾走する。俺は彼の速さについていけず置いてけぼりになってしまった。だから、俺は彼の様子を横からただ見ていた。彼の頁をめくる速さはどんどん速くなり、彼の目線の動きは一層気持ち悪い動きを見せていた。そして気づいたときには彼はもうその分厚い手記を読了してしまっていた。そして彼はその本を閉じて急に叫びだした。「おかしい。おかしいよ。こんな話があってたまるか。」彼は泣きそうだった。「認められない、こんな話、こんなこと認められるかよ。」「どうしたんだ?」俺が彼にそう聞くと彼はうなり声を出しながら彼は持っていた本をおもむろに投げ飛ばした。祭壇の炎に向かって。「何をしているんだ!」俺は彼からその本を奪う。そんな俺を彼は信じられないものを見たような視線を送っていた。「おい、お前どうしちまったんだよ。」「それはこっちのセリフだ。どうして、どうしてそんなことができるの?この本は俺たちの今までの夢、理想郷への道しるべ、タイムマシンにつながる残された手がかりだというのに。」その言葉を聞いて彼は笑い出す。「今までの夢?理想郷?よくもそんなことが言えたものだなぁ!タイムマシンの可能性は俺たちの希望が生まれた瞬間だった。だけど、タイムマシンは逆説的に絶望の象徴でもあった。タイムマシンは今の否定そのものなのだから。だけど俺たちはタイムマシンが持つ輝きに夢を見て”今=現実”から目を背け続けることができていたんだ。だから俺たちはこんな愚行の極みを犯してしまったんだ。見ろよ、蛮勇に踊らされた道化が今ここにいる。滑稽だろ?ここにきてようやく俺は理解したのだから。”タイムマシンは創れないってことに!” 」俺は彼から奪ったその本を、開く。しかし、そこには何もなかった。白紙の重なりがそこにあった。
~~~~~~~~
絶望した俺の前にそいつは現れた。「お前に選択をする覚悟があるか?」「選択…」「そうだ。お前に選択する覚悟があるか?希望か絶望か、選択した過去を受け入れ、運命に立ち向かうことのできる覚悟が!もし、お前が卑怯者でないなら、この覚悟があるはずだ!そうだろ!」目の前にいたそいつは言った。「もしその覚悟があるならこの力をもって運命を背負って見せろ!」俺はその問いかけにうなずく。そう、俺は選択したんだ。希望を!今まで俺は、いや俺たちはこの夢、理想郷のために諦めるわけにも逃げるわけにもいかないから。今までだって、これからだって!たとえそれが死という名の運命を背負うことになったとしても!
~~~~~~~~~
俺はその白紙の束を必死にめくっていた。俺は信じられなかったから。そこには真っ白な真新しい頁が広がっていたおり、彼が読んでいたはずの古めかしいあの手記はもうここに無かった。そう、ここにあるのは抜け殻だった。この本の頁に広がる純白は寂しさを纏い、骸のように俺の手の中で横たわっていた。彼が急に叫んだ。「俺は選択したんだ。俺にとっての希望を!だけど、どうやらお前にとっての希望は俺にとっての絶望のようだなぁ!そう、お前は俺にとっての悪魔だったんだよ!弐趾原ァ!」彼の絶叫がここで木霊する。その木霊が教えてくれた。ここはもうすでに闇の中なんだって。「死ね!この悪魔ァ!俺はこの力をもってお前を殺し今を否定しかつての契約を果たそう!」彼は頭上に腕を掲げる。彼を中心に空間がうねり、渦を成す。その渦は感情を伴って俺の心を侵食する。それは絶望、または彼にとっての希望。そしてそれを成り立たせるための覚悟。原初の神の使い”天使”その顕現、その顕現の始まりだ。俺は身構える。その瞬間、俺の手にあった本がダガーナイフへと変化した。俺は目の前に顕現したそのナイフを前にして逡巡していた。だけど、もう迷っている時間はないみたいだ。俺は力強くそのナイフを握りしめた。
続く
読んでくださってありがとうございます。




