第十一章 脱獄編 第八話
監獄内に何かが壊れたような音が響く。その音は遥かな地の底から聞こえてくる。暇を持て余していた囚人は慌ててあたりを見渡していた。そして教会を中心に地面から黒い何かが溢れ出したことに気づいた。しかし、もう遅かった。教会が崩壊する。教会から黒い何かが溢れ出した。それが地面に付着した瞬間、地面が液状化する。教会はその液体の中に崩れ落ちた。教会を吞み込んだそれは時間とともに大きくなっていく。囚人が逃げる。監獄内の異変を察知したロボットがその地面に喰われる。ロボットを呑み込んだそれは急激に大きさを増大させる。それに伴って空間がうねりだす。まるで苦しんでいるかのように。そのうねりは時間とともに加速を強めていく。その姿はまるで渦の様。もはや、この黒い”何か”は地面だけに止まらなかった。その渦は空間を喰らい、地面、天井を漆黒に染め上げる。逃げ惑う囚人。逃げ遅れた彼らはその空間に取り込まれていく。取り込まれた彼らは黒い地面にうつぶせで浮かんでいる。彼らの首の部分は鋭利な何かで執拗に引き裂かれていた。そして首から上の部分は無くなっていた。そんな死体が揺蕩う光景を見せられた彼らはもう冷静さを失っていた。彼らの心を支配するのは圧倒的な恐怖。恐怖に捕らわれた彼らは監獄の外へと疾走する。この監獄の外に出口なんてない。そんなことはとっくにわかっていただろうに。監獄の外周10mラインを超えた彼らが死んでいく。胸から血を噴き出して。その液体が降り積もる雪砂を赤黒く染めていた。黒の地面に浮かぶ水死体が増えるのに伴って黒の地面の面積は増していった。監獄がうねる。監獄の存在そのものが空間ごと揺らぐ。監獄が音を立てて崩れ始める。まるで引き裂かれるかのように。
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俺はサンクチュアリに至る階段を降下していた。俺が階段を降りるとそこには聖女の変わり果てた姿があった。彼女は首から上が噛み千切られている。俺は彼女に近づく。俺の手にはアセイミーナイフが握られていた。俺が彼女にこのナイフを突き刺そうとしたその時、背後から何かが飛んできた。俺はそれをこのナイフで弾く。それはダガーナイフだった。俺の視線の先にカノジョはいた。「こいつはぁ驚いた。まさか生きているとはな。夜見。」「久しぶりね。弐趾原。それともタリスマンと呼んだ方がいいかしら?」俺と彼女は向かい合う。かつてのように。夜見はダガーナイフを片手に持って間を詰める。彼女のナイフと俺のナイフがぶつかり合う。その瞬間、ダガーナイフは不定形な液体状になった。それに気を取られた俺は後ろから近づいてくるもう一つのナイフに気づけなかった。背後に痛みが走る。刺さったところから俺がまるで引き裂かれてしまいそうになるような痛みが。そのナイフは彼女が最初に俺に向かって投げたナイフだった。刺さったナイフが溶け出して俺の体を侵食していくのがわかる。俺は追い込まれていた。彼女の攻撃はまさに獰猛、本能の任せた執拗な攻撃。今の彼女はまるで自由そのもの。彼女の瞳は彼女の周囲の空間と同化していた。そうか。彼女はこの力とものにしていたようだ。俺の額から汗が流れる。彼女は周囲のうねりからダガーナイフを3本顕現させた。そのダガーナイフは彼女の手を離れ、空間内を飛び回る。目にも止まらない速さで。そのナイフは空間に同化し俺は目で捉えることも出来なかった。俺の右腕にもう一本刺さった。その瞬間、俺の右腕が動かなくなった。俺は右腕を見る。そこには黒い痣があった。彼女がおもむろに指を鳴らす。その瞬間、俺の右腕が勝手に動き俺の首を絞める。俺は右腕を切り落とした。彼女はそれを見て笑っている。俺は追い込まれていた。俺は今、天使になることができなかったから。俺の左腕にナイフが刺さる。俺は刺さったと思った瞬間に制御が奪われる前にナイフを空中に投げた。そのナイフは鉛直投げ上げの軌道を描き左腕を切断した。どうやら俺の計画は詰んでしまったようだ。「どうやらチェックメイトの様ね。弐趾原。あなたがやっぱり黒幕だったようね。私はあなたが死んでいるなんて考えられなかったから。私はこの渦を見てやっと思い出すことができたわ。残念ね。かつての仲間をまた殺さなきゃならないなんて。」
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私は心の底から自由だった。私の周りの空間が力として自分に還元されていくのを感じていた。私は空間を高速で移動するダガーナイフの最後の一本を彼の心臓めがけて放った。彼の胸にナイフが突き刺さる。しかし、その様を見て彼は笑った。「フフフ。一手遅かったようだな。」その瞬間、ナイフが刺さったところから光が漏れ出す。私は”あの時”を思い出す。忘れはしない。これは紛れもない天使の降臨。その始まりの儀式だ。彼を光が包み込む。その光の中から降臨せし天使が一人、”ウノ”。彼の切断された腕は復活していた。私は混乱していた。「どうして、お前弐趾原じゃ…」弐趾原のトランス能力「エスタスティック」では彼自身に擬態することはできない。さっき私が戦っていた、目の前にいたのは紛れもない彼だった。彼は言う。「俺はタリスマンだ。お前はすごいよ。俺とあいつの計画をここまで狂わせるなんてさ。」彼は笑いおもむろにアセイミーナイフを手に掲げた。そして彼はそのナイフを彼自身に突き刺す。彼の光がナイフの贄へと変化していく。「これは最後の手段だ。俺は執行人だった。本来はこの聖女を生贄にこのあいつにとってのすべての希望を叶える、そういう計画だった。だけどもうそんなこと言ってられないみたいだ。本当の意味で俺は切り札だったんだ。」ナイフを纏う本来の光の輝きが増す。ナイフの光が分散し虹ができる。その虹は時間とともに大きくなり空に輪を描いた。「これって、まさか!」「そう、この監獄で行われていたのはあの時の再現。ブラック・タイムへと貶められてしまった儀式の昇華のために残された希望。」「やめろ!!」「我が魂を生贄にこの時空間を犠牲にして儀式をやり直し、我らの宿願、果たすべき契約を履行する!!」その言葉を唱えるとアセイミーナイフを掲げる。ナイフをの光がより一層強まった。ナイフの光が強まるとともに私の渦が巨大になっていく。もはやこの黒い渦はもうすでに私の手を離れていた。その渦が完全にこの時空間全体を呑み込んだ。そして時空間を引き裂いていく。「今から始まるのは”黎明の刻”。開放の儀式だ。」彼はそう言い終わると後ろに倒れる。彼の死体は腐敗していた。まるで何年も前に死んでしまったかのように。
第十一章 完
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