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タイム・スパイラル  作者: やあやあやあ


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第十六章 温泉旅行

 今日は休日。私たちは温泉旅行に興じていた。この旅行は前々から計画を練っていたものだった。この旅行は彼が三連休に旅行に行きたいと言ったのがすべての始まりだった。彼の名前は久留智海。私にとっての中学以来の親友。彼とは中学で隣の席になった。「それ、あの有名なスポーツメーカーN社の新型自転車"TM-Ride"じゃん。好きなの?」彼の問いかけに私は強くうなずいた。「そう、好きなんだよ。普段から自転車に乗るのが趣味でさ。」「俺もサイクリングが趣味なんだよ。やっぱり最新機種は違うのかい?」「ええ、これに乗ったらもう前には戻れないだろうね。この自転車、ギアチェンジを自動でやってくれるんだよ。坂を検知して自動で。そして信じられないほど軽いんだ。だから上り坂をまるで感じさせないんだ。」「やっぱ最新のは違うねぇ。俺はY社の"The bicycle"を使っているんだ。」「えっ!あれってめっちゃ人気でなかなか買えない奴じゃないか!」そう私と彼は趣味"サイクリング”で意気投合したのだった。

 私と彼は自転車で山道を疾走する。温泉宿に向かって。その私たちが向かう温泉宿は山に続く一本道沿いにあった。私たちはカーブの連なる道を楽しみながら進む。自転車がガシャンガシャンと小刻みに揺れる。冷たい風が顔を狙い撃つ。道路は雪が解けた後のようで水で湿っている。横に広がる山々には雪がいまだに残っていた。

 温泉宿に着く。私たちはチェックインを済ませ部屋に荷物を置いた。私たちは早速温泉に入ることにした。サイクリングの後で汗だくで気持ち悪くて仕方がなかったから。私たちは大浴場に入る。そこにはヒノキで縁取られた大風呂があった。まだお昼前だって言うのにもう温泉には多くの人が浸かっていた。私は先に身体と頭を洗った後、その温泉に浸かる。そのお風呂の温度は想像以上に熱い湯加減だった。私は温泉の壁にもたれかかり右足を抱えた。温泉の熱が自身の疲れを溶かしていく。私は周りを見渡す。彼はこの温泉には入っていなかった。屋内の温泉はこの大風呂しかなかったから、どうやら彼はいつの間にか露天風呂の方に行ったらしい。

 私は斜め上を見上げた。湯気が木製の屋根に吸われていくように見えた。私は指先を見る。指の先端からしわしわが現れた。私はこのしわしわが好きだった。触ったときの感覚や見た目がまるで私の指じゃなくなったように思うことができたから。自身の指から温泉のあたりに意識が向く。この時の私はなぜか温泉に入っているほかの人が気になっていた。温泉には目を閉じて瞑想している人、湯気を目で追っている人、口を一の字にして何かを考えている人がいた。そんな風に観察しているとどうしてだろう。何か言いようのない圧迫感が私を襲った。さっきまでは心地よい空間が今ではただ息苦しい空間に思えてしょうがなかった。私は今すぐここから出ていきたいそんな気持ちでいっぱいになった。しかし、その時の私にはなぜか温泉から逃げ出す勇気が出なかった。彼はいまだに露天風呂から戻ってこない。彼が屋内に戻ってくるのを待ちながら私はどうしてこんな嫌な気分になってしまったのかを考えていた。「それは温泉のまとまりに自身が組み込まれてしまっていることに気づいてしまったからさ。」目の前には男がいた。いつの間にか大浴場には目の前の男と私以外の人がいなくなっていた。私はギョッとする。目の前の男の落ちくぼんだ瞳に落とされてしまったような感覚がした。「どういうことだ?」「簡単さ。お前は温泉に入っている人を、温泉に入ることで自身と無意識下で同一視していたんだ。だけどお前は気づいてしまった。温泉に入っている人を観察してしまったから。私たちは温泉に入っているという盲目的不自由に囚われているだけにすぎないということに。お前は温泉に入ることで、同じく温泉に入っている他人とこのお前自身が感じている気持ちよさを共有しているように錯覚していただけなんだ。」彼の言葉を聞いて胸が苦しくなってくる。「お前が感じていた気持ちよさは他人にとっての気持ち悪さなんだよ。どうだ。わかるんだよ。お前の魂胆はなぁ‼温泉で心までも癒せるとでも思ったのか?ふざけるなよ。そんな温泉あるわけねぇだろうが‼」彼は馬鹿にしたようにこちらを見ている。「ほんとにバカだよ。お前は。気づかなきゃこの温泉はお前にとってお前の心まで癒すそんな救いのままだったっていうのに。お前にとっての救いはこの事実によって絶望の象徴へと堕ちるようだなぁ!」彼は目の前であざ笑う。気づいたときには私はその男の首に手をかけていた。「そうか。やっぱりお前はそうやって逃げるんだな。どうせお前はこれから先もこうやって逃げるんだろうな。」彼は諦めているように見えた。

~~~~~~~~~~~~

 俺は露天風呂が好きだった。この温泉は露天風呂の種類が充実していた。屋内は大風呂が一つあるだけだったが露天風呂は大きいのが二つ、桶状のが三つあった。俺はしばらくこの露天風呂をかわるがわる楽しんでいた。露天風呂に入りながら俺は彼が露天風呂に来るのを待っていた。しかし、彼は露天風呂に来なかった。それどころか大浴場の方が何やら騒がしい。俺は大浴場に戻りあたりを見渡した。そこには口から血を流しながら倒れる人々の姿があった。人々の吐いた血であたりが真っ赤に染まる。「なにこれ…」俺は目の前に広がる血の海を見て吐いてしまった。温泉の縁にはくたびれたタオルが残されていた。

 第十六章 完

読んでくださってありがとうございます。

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