第十一章 脱獄編 第六話
目の前に吹きすさぶ力の線。その力の集合は空間を攪拌し空間を空間足らしめる調和そのものを破壊していく。その力集合は目の前にいる彼に向かう。その彼は持っている秤を頭上に掲げていた。その瞬間、秤から黄色にくすんだ光が溢れる。その光が彼を覆いつくし、力を跳ねのけた。光の中から顕現せし天使が一人”ウノ”。彼は純白のローブを纏い、頭上にはエンジェルヘイローを称えている。彼の剣と秤は本来の黄金色を取り戻していた。「お前はただ諦めて死ね。」彼の言葉が残響のように空間に残って淀む。彼は神力「トライ・スパイラル」を発動。空間にうねりが発生した。それは彼を中心に回転する。その光景はまるで渦の様。その渦はくすんだ黄金色のように見えた。その渦は感情を乗せて宇津野の心に流れ込む。それは達観、または諦め。そしてそれを上回るほどの殺意。その感情は宇津野のトランス能力「セクト」の権能を洗い流す。彼の周囲に現れていた力の線が瞬く間に立ち消える。宇津野は知っていた。この能力、トランス能力は天使たちに通用しないということを。
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目の前に立ちはだかる敵はトランス能力者の天敵。天使。彼らの能力は人の心に作用し感情を彼らと同化させる性質を持っている。トランス能力者の力の源流は生まれ持っての性格などに付随する感情の動きそのもの。俺たちのトランス能力はその感情の動きを実現するために発生したしがない手段にすぎない。その感情が天使によって浸食され書き換えられてしまうとこの能力は存在する理由を失ってしまうようだ。俺はこの空間内で俺のトランス能力を使うことができなくなっていた。どうやら詰みのようだ。彼は持っている剣を頭上に掲げ祝詞を唱えている。私はその祝詞を聞いてあの時を思い出していた。朽ちていく希代。墜落する夜見。犠牲になった弐趾原。何もできなかった自分。彼の決断と俺の後悔。(あの時、俺は彼らを見ていることしかできなかった。どうしたらいいのかわからなかったから。どうして彼らは動くことができたんだろう。あの時まで俺は彼らと同じ仲間、同胞だと思っていたのに。)「本当に?」その時どこからか生暖かい声がした。「本当にあなたは彼らのことを仲間だって思っていたの?」(思っていたさ。)「見殺しにしたのに。」(俺はあの時なぜか能力を使おうという発想が湧いてこなかったんだ。それに能力を使ってもどうしようもなかっただろうさ。)「違うよ。お前は何もしないと心の奥底で決めたのに後になってそのことを後悔しているんだ。今みたいな退屈な言い訳を並びたててさ。私はお前みたいな奴は嫌いだよ。大っ嫌いだ。」(うるさい。あとからなら何とでも言えるよ。過去のことを後になって論じるなんて卑怯でしかないよ。)「でも私たちは過去の経験を評価して糧にすることでしか生きていくことはできない。そうだろ。」この言葉を聞いて思い出した。俺の過去の傷心は過去に向き合っているように俺を錯覚させただけにすぎず、俺は今までただこの傷を何度も見返していただけにすぎないということに。そのことに気づいた俺の心に過去に向き合う覚悟が初めて産まれた。そんな気がした。俺は彼に向き直る。彼は掲げた剣先を振り下ろしていた。斬撃が飛ぶ。その斬撃は黒く濁っていた。彼は退屈そうな顔をしていた。まるで彼はこれでもう終わりだと信じて疑わない。そんな感じだった。俺はこの斬撃をよけるビジョンが思い浮かばなかった。「どうして彼らは動くことができたのか。それは彼らは自分自身を信じていたからさ。お前と違って。お前は能力の正体を知っていたためにどこか他人事だったんだろ?」その言葉を聞いて俺はあの時の希望を思い出した。その声は笑っていた。「遅い。遅すぎるんだよ。お前はあの時、彼らが死んだときその希望をすでに気づいていたはずだった。だけどお前には覚悟がなかったんだ。だから見て見ぬふりをして逃げ続けてきたんだ。」その声は目の前を指さす。「自業自得なんだよ、この末路は。お前は彼らの希望を無駄にして、自分自身にも嘘をついて、お前の中途半端な決意もここで終わろうとしている。お前何のために生きていたんだろうな。」「うるさい。」私はその声を黙らせる。「うるさいんだよ。お前。一体何様のつもりだ?俺のことを姿も見せないで指図しやがって。」俺の言葉は俺の急かす鼓動に連れ立って溢れていく。「そうだ。俺はぁ全部思い出せたんだ。彼らの見せてくれた希望をよ。だからぁもう逃げなくて良いんだ。どんな攻撃だってどんな末路だってこの希望さえあればもう何も怖くはない!」俺の心が希望で満たされる。かの災禍の記憶と生き残った同胞の決意を背負いながら。「無駄なんだよ。お前はただ諦めて死んでくれ。」指図してくる声が大きくなる。その声は左耳から入ってくる。「黙れ。俺の邪魔をするな。」その瞬間、斬撃が俺の体を引き裂いた。
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私は目の前の砂埃を見る。私は彼を切断するつもりの斬撃を放っていた。彼と戦い続けたくなかったから。しかしそこには宇津野が五体満足で立っていた。左耳が切り落とされている状態で。「ありがとうな。弐趾原。お前のおかげでうっとうしい声が消えた。」彼は自身の能力「セクト」の能力を体全体に覆いつくしていた。「そうか。お前、向き合ったんだな。この今際の際で。」「ああ。そうだ。」「どうして、どうして今なんだ。なんで今更向き合う気になったんだ。もう遅いんだよ。」「もう言い訳はしないよ。ただ俺はこうして生きてる。それに”遅い”なんて言うのは今をないがしろにするだけの言の葉だ。俺はぁ生きている以上もう後悔するのは嫌だってそう思えたんだ。生きているなら死に方を選ぶことくらいは逃げ出さないでやり遂げなきゃ、なんてね。」彼の力はまるで全身に炎を纏っているかのようにゆらゆらと揺れ動いている。それは正真正銘の光。目を背けてしまいたくなる白銀の光。彼の手にはアセイミーナイフが握られていた。「さあ。続けようぜ。俺とお前の殺し合いをよ。まだ、俺たちは生きているのだからなぁ!」
続く
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