第七話「王族の私生活 Ⅲ」〜鼓動〜
※前半アンナ視点、後半アンリ視点です
アンリのエスコートで一緒に私の部屋に戻ってから、同時に顔を見合わせてほっと胸をなでおろした。
「アンリ、ありがとう。あなたのおかげでほとんど怒られずに厳重注意だけで済んだわ。本当なら、もっともっと怒られていたと思うの。体調不良ってことになっているけれど、公務をすっぽかすなんて…やっぱりとんでもないことだもの…」
日本人の真面目なところが出てしまうのか、元々のわたしの性格だったのだろうか、自分のやらかしをあらためて反省する。
「そうだね。でもアンナはこうしてちゃんと反省できているし、陛下にも殿下にもちゃんとわかっていただけたのだから大丈夫だよ」
「そうね。一緒にいてくれて…かばってくれてありがとう、アンリ」
まさかの回帰転生をしてしまい、そうしてすぐにこんなことになって戸惑ったけれど。私がある程度落ち着いて今この世界に溶け込めているのは、前世の記憶があるためだけではない。
目が覚めてすぐにアンリがいてくれて、こうしてずっと傍にいてくれたおかげだ。
心がそのまま伝わったらいいなと思いながら、アンリを見つめて微笑む。
ヘーゼルの瞳の琥珀がかったところがきらりと輝いて、アンリも微笑んでくれた。
「そういえばアンリ。あんなにスラスラと上手な言い訳が出てくるなんて、一体いつから考えてたの?」
「アンナの極限まで下がった面白い眉毛を見てたら、たまたま思いついただけだよ」
「えっ!私、変な顔してた!?」
不肖37歳女性、心はいつまでも乙女である。この美しい少年の前で変な顔をさらしたとは思いたくない。まぁ今の見た目は17歳だけれど。
「う〜ん、どうだったかなぁ?」
からかうようにニヤニヤしてくる。生意気な。
「もうアンリ!変な顔だったなら、今すぐ忘れて!」
勢いよく彼に一歩近づいた…と思ったら、薄桃色のシルクの裾を自分で踏んづけてしまった。
あっ!と思った瞬間、アンリに向かって前のめりにつんのめる。
お転婆っていうか、ドジっ子なんじゃないか私!?と思いながら視界がスローモーションになって傾いていくと、アンリが飛びこんできたーーいや、私が彼に飛びこんだのか。
いい香りがする。花のような、懐かしい香り。
空色のシルクに顔を着地させてしまって、受け身を取ろうとした両手もすっぽりと包みこまれてしまった。
すぐにからかってくるところはまだまだ子どもっぽいと思ったのに。背も越えられたとはいえそんなに変わらないと思ったのに。
抱きとめてくれた腕は意外とがっしりしていて、肩は私よりも広かった。着痩せするタイプなのだろうか。
………抱きとめてくれた?
「あっ、あの、あの、アンリ…!」
「うん」
「あの、ごめんね?転んじゃって…」
「うん」
「あの、えっと、」
「うん?」
「あ…う、」
あうってなんだよ!?
自分の口に向かって、心の中で叱咤する。
言語中枢よ、しっかりしてくれ。帰ってきてくれ、私の語彙力。
心臓が早鐘を打ち鳴らしている。この鼓動は、一体どこから来るのだろう。17歳のアンナのものなのか、それとも私のものなのか。
そして先程から、アンリがぴくりとも動かない。そろそろ離してくれないと、ただでさえびっくりして顔が熱くなっている気がするというのに。これ以上くっついていると本格的に頬が紅潮してしまいそうだ。そんな顔、見られたくない。
「あの…、アンリ!も、もう、大丈夫だから…」
「……そう?」
ものすごくゆっくりと、アンリがお互いの体を離しながら、私を真っ直ぐに立たせていく。
また私が裾を踏まないようにという配慮なのかもしれないけれど、そのお気遣い…今はもう大丈夫です…!早く離れてくれないと、支えてくれている腕からも心臓の音が伝わってしまいそうだから。
ようやく真っ直ぐに立てたけれど、気恥ずかしさでアンリのほうを見られなくて、顔を床に向ける。
数秒間そうしているとアンリから衣擦れの音が聞こえ、アンリが足元に跪いた。
「…本当にそそっかしいですね、王女殿下?」
そう言って、私が踏んでいた裾をやさしく持ち上げてくれる。
あ、と思った瞬間、跪いて上目遣いに見上げてきた彼と視線が交わった。
見られた。たぶん、顔が赤くなっているのを。
「〜~~っ!王女殿下って呼ばないでって言ってるでしょ!」
怒ったふりをして、あわてて彼を部屋から追い出した。
顔は、まだ熱いままだ。
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かわいすぎるだろう。いくらなんでも。
何なんだ、あれは。頬を赤らめて、しどろもどろになって。あんなもの…!かわいすぎて心臓に良くない。なんだったんだあれは…!
部屋から出た瞬間に悶えてしまいそうになった己を抑え、表情筋と呼吸を整える。
寝ぼけた拍子におでこをぶつけた彼女を抱き上げ運んだときは、必死すぎて気がつかなかった。
甘やかな香り。やわらかく、華奢な体。抱きしめている間にあたたかさがわずかに熱を帯びていくのを腕の中に感じ、愛おしさがこみ上げた。
アンナの願い通りに体を離してあげることが苦行のようで、離れがたい己の欲望を引き剥がすように、できるだけゆっくりと体を離した。
幼い頃から、アンナが抱きついてくる機会はしばしばあった。彼女は甘えたな子どもだったから。
僕のことを家族や幼なじみとして心を許し、好ましく思ってくれているのは伝わってきていた。
だがそのあまりにも躊躇のない自然な愛情表現は、それがすなわち異性として意識してのものではないということを如実に物語っていた。
そんな彼女を純朴でかわいらしく思いつつも、成長するにつれ少しでいいから僕を男として意識したり、戸惑ったりしてほしいと思ってしまう気持ちがないではなかった。
それが今日、変わった。
僕に対してあんなふうに顔を赤らめて恥じらうアンナは、初めてだった。
アンナの中で、なにかあったのだろうか…。
考えたところで答えは出ず、それどころかアンナの体温や香りが頭から離れず、火照った顔と頭を冷やすために遠回りをしながら自室へと向かった。
なんだか不思議な感覚なのですが…
本当はアンナ視点だけの予定でしたが、筆者のなかのアンリが暴れ出しまして(笑)
急遽アンリ視点を入れることにしました。




