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第四話「出会い」

※アンリ視点

 僕がこの国に連れて来られたのは、4歳のとき。

 僕の国が戦に負けてしまったからだ。

 戦勝国の女王陛下のご厚意で、王子である僕がこの国に来ることで、故国への過剰な搾取はしないでいてくれるらしい。

 同盟を結ぶために王族同士が婚姻を結ぶことはよくある話だ。僕もそうなるかと思いきや、どうやら同盟を結べるほどの国力が僕の国には残っていなかったようだった。

 人質だとか捕虜だとかわざわざ聞こえるよう噂する口さがない者たちもいるけれど、両国の友好の証に僕は存在しているのだと、内心誇りにさえ思っている。

 そう思えるのは、アンナと、アンナの兄君のアレクサンドル殿下が仲良くしてくれているからだ。

 中でも特別なのは…そう、アンナだ。

 アンナとの出会いは、10年経った今でも色鮮やかに覚えているーー。


 緑の木々と彩りに満ちた花々、活気ある市井の人々。馬車の中からでも目に飛び込んできた景色は、乾いた大地が広がる故国に比べて豊かに見えた。

 初めて見る景色にわずかに心が踊り始めたけれど、ふと横を見た父の顔はそこはかとなく疲れているように見えて、僕はそっと座り直した。

 おしりが擦り減ったんじゃないかという時間をかけてようやく目的地にたどり着くと、そこには白亜の城がそびえ立っていた。その美しさと荘厳さに圧倒されて、僕はぽかりと口が開いてしまった。

 城の中を進んでいくと、大きな広間に通された。

真ん中に、黄金の王冠と首飾りに引けをとらない迫力と威厳に満ちた女王陛下。女王陛下のお隣に、王子らしき男の子。

 そしてもう反対側に、姫君らしき女の子がいた。

 ーーこんなにも美しい女の子を、初めて見た。

 卵のような形のいいお顔に、薔薇の花びらのような頬と唇。やや垂れ気味の大きな目がこちらを見つめている。瞳の色はオリーブグリーンだ。そしてそれらを縁取るブルネットのつややかな髪。

 オリーブグリーンの瞳と、目が合った。きらきら輝いている。


 父とともに挨拶をしたあとも、なぜかお互いに吸いこまれるようにそうして見つめ合っていた。そのうちに、父と女王陛下のお話が終わったようだった。

 父と離れ、故国を離れて、今日からここに住むということは、出発前に聞かされていた。けれど、いざこの場に立ってみると、急に心細くなってきた。

 僕を置いて帰らないでほしい。だけど、そんなことを言ってはいけない。泣きそうになってきたのを、息を止めてぐっとこらえる。僕は王子だ。もう4歳の、立派な王子なのだ。こういう場で粗相をしてはならない教育も受けている。

 なけなしの矜持と心細さとの狭間で揺れていると、ふと目の前にオリーブグリーンの瞳が覗き込んできた。いつの間に、こんな近くに。

「これ、アンナよ」

 女王陛下に窘められたが、耳に入っていないようだ。


「はじめまして!私はアンナよ。今年で7歳になるわ。王位継承順位は、兄上に次いで2位なの」

 ただの姫君ではなく、王女だったのか。それはそうか、女王が統治している国なのだから、この小さな女の子にも王位継承権がある。なるほどと思っていると、アンナ王女殿下が僕の両手をぎゅっと握ってきた。

 僕より少しだけ大きな、けれどふわふわでやわらかくてあたたかい手だ。驚いて固まっていると

「今日からあなたはアンリよ。私がアンナだから、名前が似ていて素敵じゃない?」

 オリーブグリーンの瞳をきらきらと細めながら、楽しそうに笑う。今度はあまりの可憐さに固まっていると

「アンナよ、お前が勝手に名前を決めてどうするのだ。他国の名前をこの国では呼べぬから、これから新たな名前を相談しようと言うておったところを…」

 なるほど、そうだったのか。

 新しい名前を、この子がつけてくれたのか。

「女王陛下」

 僕は、金色を纏った女王陛下を見上げて言った。

「アンナ王女殿下より賜りましたお名前を、本日より名乗らせていただいてもよろしゅうございますか」

 女王陛下が眉を上げた。

「ふむ…賢い子と聞いておったが、まだ4つでこれほどとは…。よろしい。本日よりそなたはアンリと名乗るがよい」

「ありがとう存じます」

 この国に来る前に叩き込んだ、自国とは全く違う、新たに覚えた礼を執る。ぎこちなくはなかっただろうか。ほんの少しだけ瞼を上げて盗み見ると、オリーブグリーンの瞳が真ん丸くなっている。いや、垂れ目だから正確な丸ではないのだけれど。それもなんだか、かわいらしい。

「わぁ…っ!アンリ、あなたってすごいのね!

まだこんなに小さいのに、ひょっとしたら私よりも礼儀作法がきれいかも!」

 小さいと言われた。一瞬むっと思いはしたが、顔には出ていないはず。悟られないように口角を上げ直す。

 いえそんな、と口を開く前に、呆れた声で彼女の兄君が口を挟む。

「そうだな?アンナの作法は、日頃のお転婆っぷりを隠せていないときがある」

 フフッと笑っているが、彼の目はあたたかく妹君を見つめている。

 妹君よりやや明るい髪の毛は、ゆるりとカーブを描いている。瞳の色は彼女と同じオリーブグリーンだが、それを縁取る形は女王陛下に似て切れ長で、その大きな目には賢さが宿っている。話に入ってくるタイミングを図り、妹君へのからかいの度合いを調整しているのだろう。格式張った空間が、家族団らんのような雰囲気に一変した。

「ええっ!?そんなことないもん!遊ぶときとちゃんとするときは、ちゃんと分けてるもん!」

「おいおい、王族にあるまじき言葉遣いになっているぞ?品位を保っていただけますか、王女殿下?」

「〜~~っ!私っ!ちゃんとしてるわっ!」

 見目麗しい兄妹が、きゃっきゃと戯れている。それは日頃からの仲の良さが窺えて微笑ましく、つられてこちらの気も緩んでしまったようで

「あははっ」

 全員がこちらを見た。しまった、このような場で声を上げて笑ってしまうなんて。

「笑ったぁ!!」

「え…?」

「アンリ!あなたそうやって笑っている方がいいわ!まるで天使みたい!!」


 天使みたいなのは、あなたの方なのに。

 花の咲いたような笑顔で、またもや両手を握ってくる。これはこの子のクセなのだろうか。


 まぶしい笑顔がさらに近づいて、なにやら頬が熱くなる。

「ねぇアンリ、これから私のこともアンナって呼んでね?私は王女だけれど、あなたには殿下って呼ばれたくないの!」

 彼女の斜め後ろで兄君が口を開こうとしたところを、女王陛下が手で遮ったのが、目の端に映った。

 うれしい。だが立場上どうなのかと己を律し

「しかし…」と辞謝しようとしたら

「私たち、家族になるのでしょう?」

 こてんっと小首をかしげて聞いてきた。


 こんなにもあたたかい光に、抗える人間がいるだろうか。

 この先の人生は、孤独だと思っていたから。

 他国へ赴き、父は去り、僕は独り残される。

 このことが決まってからというもの、頭の中で幾度も覚悟した絶望を、彼女が日の光のように照らしてくれる。

 ちらりと女王陛下を見た。なにもおっしゃらず、こちらを見据えたままゆっくりとまばたきをされた。ふっとわずかに口角も上げてくだったように見える。

 父を振り返る。疲れた顔が、かすかに微笑んで、頷いてくれた。

「では、よろしくお願いいたします………アンナ」

 おそるおそる、お名前を口にした。

 小首をかしげていたお顔が、ぱあっと光輝いた。    

 僕には、そう見えた。

「うん!よろしくね、アンリ!」

 手を取り合って、微笑み合った。

 父が去ったあとも、そうやってずっと、手を離さないでいてくれた。


 あのとき抱いた感情は、10年経った今でも変わっていない。むしろ、日に日に強くなっている。

 ああ、僕は、この子が傍にいる限りーー幸せだ。











ちょっぴり補足を。

アンリがこんなにもしっかりしすぎているのは、IQの高さゆえでございます。

筆者の弟もIQが高く、こんな感じでした。幼稚園のときにお行儀良く伝記を読んだりしておりました。

………姉である筆者は、しっかり平均値でした。はい。

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