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第二十五話「ごほうび計画」

※アンナ視点

「デートがしたいの!」

「……また新しい言葉を紡ぎ出したね?」

 鼻息荒く主張した私を見て、ほんの少しあきれたような、でもしょうがないなとでも言うかのようにアンリがやさしく苦笑する。


 この世界に回帰転生してからというもの、城の中で王女らしく大人しく過ごしていた。大人しくというのは私の主観であって、客観的にはどういう評価になるのかわからないけれど。

 「王女殿下が恋人というものを任命したらしい」という噂が城中に広がってから、一週間が経った。恋人とは役職のように任命するものではないと思うのだが、しきたりを重んじるオレグ宰相をはじめ諸侯らのなかではそういうことで折り合いをつけたらしい。「お転婆王女は世話がやける」という陰口も、恋人任命の噂とともに私の耳にしっかり届いていた。


「私たち、この一週間よくがんばったと思うの」

「そうだね。僕はともかく、アンナは僕との恋人騒動で嫌な気分になることもあったよね」

 ふたりで穏やかな午後のおやつの時間を楽しんでいたのだが、向かい側に座るアンリが心配そうに、そしていたわるように覗き込んでくる。

 実のところ、現在の私のメンタルは健康そのものだ。意図的に行動したことだったし、陰口を叩かれることも想定内だった。むしろこの程度かと拍子抜けするほどだ。悪夢も、あれ以来見ていない。

 けれど、ちょっと勘違いして心配してくれるくらいが好都合ということも世の中にはある。内心ほくそ笑んで、計画を実行することに決めた。

「そうなの。陰口を言われたりもして…。だからね?私たち、ちょっと息抜きというか、ごほうびがあってもいいんじゃないかなって思うの」

 計算高いかもしれないけれど、両手で頬杖をつき、やや上目遣いにアンリを見上げてみる。

 すると、アンリの口元がいたずらっぽく片方だけ上がった。

「ふーん…?なるほど…。

 それで、さっき言ってた“でーと”っていうのがしたいんだね?」

 察しが良くて非常に助かる。


 もうすぐ夏至の祭りで、国全体が賑わう。この時期になると聖堂では粛々と祭事が執り行われ、聖職者や王侯貴族、敬虔な者たちはその祭事に参列する。

 城下での人手は特に増え、常設している市場だけでなく臨時の屋台のようなものもたくさん出る。行商人も多く出入りして、普段は見られないような品も出されたりするのだ。

 こんなにも楽しそうなことがあるだろうか。

 泣いても笑ってもこの世界で生きることになるのなら、どうせなら笑っていたい。

 そのためには、楽しいと思えることを自分から見つけにいくのが一番いいに決まっている!


「そう!あのね、デートっていうのは、恋人がふたりでお出かけすることなの!一緒に街を見て回ったりするのよ!素敵だと思わない?」

「ふふっ…そうなんだね?うん、素敵だと思うよ」

 よくぞ聞いてくれましたとばかりにデートについて説明すると、なぜかアンリはぷるぷると震えて、堪えきれないとばかりに笑い始めた。

「なんで笑ってるの?」

 アンリの振る舞いがどうにも解せず、むう…自然と唇が尖ってしまう。

「あははっ、いや、ごめんね。アンナがなにか悪巧みをするときって、いつもそういう顔をするなぁって思って…ふふっ……」

「そういう顔って?」

「僕が断れないように、僕を見上げるようにして瞳を潤ませる顔。……わざとやってるでしょ?」

 じっと挑発的な瞳で見つめられながら、頬にかかる髪を耳にかけられた。アンリの指先が耳に触れるのと同時に、指摘されたことの意味を理解して、思わずのけ反った。

 底の浅い引き出しを見透かされ、あざとさを悟られることほど恥ずかしいものはない。もう二度と、ぶりっ子なんてやるものかと心に誓う。

「わざとだったら、だめなの?私とのデートはいや?」

 不機嫌をあえて隠さず口に出してしまう。

 するとアンリが、(うやうや)しく応えた。

「いいえ。光栄の至りでございます、王女殿下」

「王女殿下って言わないでっ!」

「ふふっ…ごめんごめん。アンナがあまりにもかわいいから」

「またそうやってからかって…!いいわ。デートじゃなくても、ひとりで行くから!」

 なけなしの女子力を見抜かれてしまったのも、イニシアチブも取られてしまったような気がするのも、どうにも口惜しい。それを紛らわすように、アンリから顔をそらした。

「アンナ、ご機嫌をなおして。こっちを向いて?」

「いいのです。恋人らしいことがしたいと思っているのは、わたくしだけのようですので」

「王女殿下って呼んだのも悪かったよ」

「いいえ。正しい称呼ですから」

 ぷいっとそっぽを向いたまま返事をする。

 するとアンリがやおら立ち上がり、私の正面にわざわざ回りこんだかと思ったら、目線を合わせるために跪いた。

「アンナ。からかって悪かった。この通りだから、どうか許して?」

 琥珀がかったヘーゼルの瞳を潤ませて見上げてくる。どうやら上目遣いの技術力も、アンリには完敗だったみたいだ。

「“でーと”も、僕が一緒に行くことを許してほしい。絶対にひとりでなんて行かないって約束して?」

 視線を交えたまま、心から許しを請うようにアンリが私の手の甲にキスをする。

「アンナの望みは全身全霊で叶えたいんだ。だからお願い。僕にも、恋人らしいことをさせてほしい」

 そう言うやいなや、手の甲だけでなく、小指、薬指、中指…と、キスの雨を降らせてきた。

「ちょっ!ちょっと、アンリ!?」

 あわてて手を引っ込めようとしたけれど、しっかりと握られてしまっていてびくともしない。アンリの目の奥から、いつもより少し大人びているような、どこか鋭いようなものを感じる。

「許してくれるまで、やめないから」

 人差し指、親指の先…と来て終わるかと思いきや、今度は手のひらの真ん中に唇を寄せてきた。

 手のひらのくすぐったさに耐えきれず、

「わっ、わかった!わかったから、アンリ!」

「……許してくれる?」

「許す!許すから!デート、一緒に行きましょう!」

 アンリの甘くも大胆なキス攻撃に、あっさりと白旗を上げた。

「ふふ。ありがとう、アンナ。僕にとっても、最高のごほうびだ」

 キスをしてきたときの目の鋭さは鳴りをひそめ、いつもの穏やかなアンリがさわやかに微笑みかけてくる。このときにはもう、自分が一体何にへそを曲げていたのか思い出せなくなっていた。






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