第二十四話「火の粉」
※前半オレグ視点、後半アンリ視点
混乱した頭を整理し、動揺した心を落ち着けようと、窓から外を見下ろしていた。美しい中庭を眺める。咲き乱れる花々は、美しく香り立つあの御方のようだ。
するとそこへ、あの御方と異国からの捕虜が並んで歩いて来た。二人はガゼボに腰かける。その距離はほとんど密着しているかのようで、仲睦まじい様子に見えるのがこの上なく腹立たしい。
「このような蛮行が…許されてなるものか……!」
王女殿下に、ご自身を貶めるような…民草と同じような真似をさせるなど、言語道断である。
王女殿下を手に入れるために、あの捕虜が手練手管を弄したに違いない。
「よもやこのまま手をこまねいているわけではあるまいな?」
「………父上」
私に宰相の地位を譲り、早々に隠居した父だが、時折こうして登城する。
我が一族は王家の覚えめでたく、宰相を歴任している。父は私の優秀さを見込んでその座を明け渡したが、その実、それは裏での仕事に専念するためのものであった。
裏での仕事とは――王家と我が一族を盤石なものにするための、すべての事柄を指す。筆舌に尽くしがたいものもある上に、おそらく父は私にすら秘匿している仕事もしているであろうことは察しがついている。
「まさかお前が敗戦国の青二才に後れを取るとは」
父の灰青の怜悧な瞳が、中庭の二人を見下ろす。
「あの捕虜が、成年になる前に打って出るとは思いもよらず……」
窓に映った自分が、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「女王陛下もこれをお許しになるとは、なんとも嘆かわしいことだ。この御代に一点の曇もないよう、陰になり日向になり、心血を注いでおるというのに」
大仰な言い方だが、父の言葉は事実だ。我が一族は、かくあるべきである。
「降りかかる火の粉は払わねばならぬ。わかっておろう?」
「御意」
中庭を一瞥し、父と私はそれぞれ歩き出した。
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「…っくしゅん!」
「大丈夫?アンナ」
陽射しはあたたかい。さらに言えば少し暑くなってきたようにも感じるけれど、風にあたりすぎただろうか。
「んー?誰かが噂してるのかな?」
「女性は男性よりも体が冷えやすいって聞くし、そろそろ戻ろうか」
アンナの手を引いて、城内へと歩を進める。その道すがら、中庭の花々に瞳を輝かせる彼女が眩しい。
今は、視線は感じない。先程まで、射るような視線を感じていたのだが。
女王陛下の部屋の前でアンナを抱きしめていたときに出くわしたオレグ宰相の灰青の瞳には、これまで向けられてきた嫌悪に加えて、憎悪や害意のようなものが宿っていた。
そのくせ、アンナに向ける眼差しには熱情が込められており、このままでは終わらないような何かを感じずにはいられなかった。
「アンリ?どうしたの?」
「え?」
「眉間のところがぎゅーってなってるわよ?」
アンナが眉を真ん中に寄せる。どうやら僕の顔を真似ているようだ。きっと似ていないと思う。なぜなら、かわいすぎるから。
「ふふっ…なんでもないよ」
「ええー?なんでもない顔じゃなかったのに」
鈍感なのに、変なところは鋭いのだから困ってしまう。
「………じゃあ言うけどね?」
「うん、なんでも話して」
「実は……」
「実は?」
「僕……、お腹がすいてるんだ」
「え?」
「アンナが朝食の前に大泣きして眠ってからずっと付き添って、それからアンナに給仕をして、そのあとはアンナに女王陛下のところに連れていかれて、今に至るんだよね」
「………っ!!!ねぇぇぇ早く言ってよ!?ごめんね、ごめんね!ごはん食べよう!?」
「あははっ、そんなに慌てなくても大丈夫だよ」
なんで私に食べさせてくれるときに一緒に食べなかったの!?などと叫びながら、僕の袖を引っ張るようにして小走りしている。
この愛しい人を、そして僕たちの関係を守るため、降りかかる火の粉は払わねばならない。
心のなかで静かに決意し、ほんの少し足を早め、袖を引っ張る彼女の手を握りしめた。




