第二十二話「道化の覚悟」
※アンリ視点
素直で正直、純粋で真っ直ぐなその性格は、とても素晴らしいと思う。彼女のそういう部分をかわいらしく愛しく思っている。けれど、今回ばかりはそれが暴走してしまったと言わざるを得ない。
恋人――なんて甘美な言葉だろうか。
アンナとそんな関係になれて、そしてそれを世界中に触れ回ることができたなら、どんなにいいだろう。
しかし、民と同じようなことを王族がやるというのは、あまり褒められたものではない。ましてや、この国の王女殿下が自らしきたりを破るというのはあまりに奔放すぎる。
沈黙を貫いていらした女王陛下が、おもむろに口を開いた。
「王女よ。聞き違いでなければ、そなたはそれを公のものとしようとしているな?」
「はい。間違いございません!」
アンナの元気な返事とは対照的に、上座から重いため息が聞こえた。
「…王女よ。そなたには、国内においては王家の血を引く親戚筋や有力な諸侯から、国外においては同盟を望む国々から、正式に縁談を申し込もうとする動きが出始めている」
やはり。アンナは17歳だ。婚姻を結ぶには適齢期といえる。
その上、この美貌だ。卵型の輪郭に艶のある肌、目尻はやや垂れ気味だが大きな目で、瞳はオリーブグリーン。形のいい鼻の先には、薔薇の花びらの色をした唇。光り輝くブルネットの長い髪。謁見の場でも社交の場でもアンナを一目見た者は、皆そのまま釘付けになってしまう。
「それを承知の上で、申し上げております」
オリーブグリーンの瞳に強い意思を宿して、アンナが言った。
「現在の我が国の豊かな国力とわたくしの容姿は、他国にとって有益なものになり得ると存じております。しかし同時に、争いの種にもなり得ることと存じます」
その通りだと思う。アンナを求める国が、この国と同等な国であれば釣り合いが取れるだろうし、そうなれば他の国は下手に太刀打ちができなくなる。しかしアンナを求める国が、複数になってしまったらどうなるか。選ばれなかった国は当然腹を立てるだろうし、それを口実に戦を仕掛けてくることもあるだろう。
アンナが適齢期にも関わらず縁談の話が具体的に進んでいなかったのは、女王陛下がこの辺りの事情を危惧しておられるからだろうことは容易に想像できた。
「“彼の国の王女殿下は、民のするような恋愛というものをするらしい”と噂を流したいのです。そのように外聞が悪い王女を嫁にとりたいと望む国は減りましょう」
僕は思わず隣を見た。そんなことまで考えていたとは。
「女王陛下。わたくしは他国へ嫁ぐことは考えられません。ここにいるアンリと共に、我が国の繁栄の一助となりたいのです」
アンナが礼を執り、再び沈黙が訪れた。
「まったく…破天荒なことをしてくれる」
聞こえるか聞こえないかくらいの声で、女王陛下が呟かれた。
「アンリよ。そなたはこの件を快諾しているのか?」
「はい!」
「そなたには聞いておらん。アンリよ、どうだ?」
女王陛下の強いまなざしが突き刺さる。
「正直に申し上げますと、まさか王女殿下がここまで身を削る覚悟であらせられたとは…思いもよらず…」
「ふむ。ではそなたは、王女と共に恋人なるものを名乗りたくはないと?」
「いいえ、決して!望外の喜びでございます…!」
そうだ。アンナが恋人宣言をすることにそこまでの覚悟を持っていたことには面食らったが、まだ結婚を申し込めない僕が、彼女の恋人になれる。こんなにうれしいことはない。
「若輩者ではございますが、お許しいただきたく存じます」
心から望んでいることを伝えるため目に力を込め、礼を執った。
「……道化になる覚悟はできておるのだな?」
僕だけでなく、アンナも後ろ指をさされることになる。
「はい」
けれど静かに、アンナは頷いた。
「はい」
僕も、決意を固めて頷いた。
「まったく…。この母と、そなたの兄が盤石であることに感謝するのだぞ?アンナ」
アンナとふたり、思わず顔を上げた。
「そなたひとりの外聞が悪くなったところで、我が国は揺るがぬ。やるのならば、ふたりともやり通すがよい」
面白そうに口角を上げた瞬間、金色の扇で隠されてしまった。
「ありがたき幸せ」
最上級の礼を執り、その場を辞す。
ふたりで部屋の扉を出た瞬間、思わず僕は、アンナを抱きしめた。




