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第二十話「恋人」

※前半アンリ視点、後半アンナ視点


「ありがとう……アンリ」

 はにかんだ笑顔を見せるアンナの頬は紅潮し、耳までほんのりと染まっている。

 すぐにでもその赤く染まっているすべてに口吻(くちづけ)したくなったが、結婚を申し込むと宣言した立場の者として…、耐えた…。


 正式に結婚を申し込めば、風当たりは強くなる。

 日頃から良くしてくださっている女王陛下や王太子殿下ですらも、どのような反応を示されるか予想できない。

 王家を強く信奉する諸侯らのなかには、僕がいつか謀叛を起こすのではないかと危惧している者も少なくない。感情的に疎んじられているということより、そちらの政治的な不安要素の方が大きな壁となるだろう。


 けれど、どうだろうか。

 幼いあの日、出会ったそのときからずっと想いを募らせていた人に、あのように求められて。

 応えない男など、この世にいるだろうか。


「アンリ、聞いて?」

 口吻を落とした手をそのまま握っていたのだが、アンナが今度は握ってくる。

「反対してくる勢力がいたとしても、私が必ず守ってみせるから。だから、ずっと私の傍にいてほしいの」


 願ってもないことだ。

 しかし守られる側になるというのは、男としての沽券に関わる。しかも、守りたいと思っている相手に守られるというのは、いかがなものか。

 それに、結婚を申し込んで受け入れられるまでーー正式な婚約者になるまでは、今まで通りに過ごすほかない。想い合っていることがお互いにわかったことだけでも有り難いことだが、身動きが取れないのだ。

 守るといってくれることはうれしいけれど、なにか策でもあるのだろうか。


 僕の疑問を見透かしたかのように、アンナは瞳を輝かせた。





 ーーーーーーーー





 前世の記憶を持ったまま日本で生きてきた私は、アンリのことがずっと気にかかって、歴代の彼氏には誠に申し訳ないことにーーどうにも誰とも本気になりきれなかった。

 何百年も前の元夫を忘れられないなんて、どうかしているのではという自覚はもちろんある。

 けれど、この記憶はずっと鮮やかなままで、それに伴った感情もずっと息づいていて、自分でどうにかコントロールできるものではなかったのだ。


 そんな何百年もの想いをこじらせた私である。

 彼の誕生日にプロポーズしてくれる宣言は、本当にうれしい。まだ頬が火照っているような気がする。プロポーズって、こんなふうに事前に予告されるものではないのかもしれないけれど。

 誰からの命令でもなく、お互いの気持ちを知らないままでもなく、結婚することができる。

 こんなにも幸せなことがあるだろうか。


 ふと、気がついた。プロポーズ宣言はしてくれたけれど、私たちにはまだ足りないものがある。私たちには、というか個人的に私がほしいだけなのだけれど…

 結婚を前提にお付き合いをするという、いわゆる「恋人期間」というやつだ。

 王族は、政略結婚が基本である。恋愛結婚ができるようになるのは、もっとずっと先の未来だ。正式な婚約者として出来ること、結婚した夫婦として出来ることがそれぞれはっきりと区別されている世界。

 つまり、「恋人期間」などというものは存在しない。婚約者でなければ、どんなに仲が良くてもただの他人でしかないのだ。

 アンリが今の環境に苦しめられているのはよくわかる。だからこそ、彼が15歳の誕生日を迎えてプロポーズをしてくれる日までに、プロポーズしやすい環境づくりをしなくては!

 反対してくる勢力がいたとしても、私が必ず守ってみせる。

 そのためには……

 神様、ごめん。歴史変えるわ。


「アンリ!私たち、恋人になりましょう!」


「恋…人……?」


 アンリの瞳が、前世と今とで合わせてもーー今世紀で一番大きく見開かれた瞬間だった。








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