第十九話「約束」
※アンナ視点
あなたを幸せにしたい。
その言葉に、他意はあった。
そう。他意はないと言いたいところだけれど、もうたっぷりと他意を含ませ、プロポーズだと思ってほしいくらいの意味合いをこめて言った。
見た目は17歳、中身は37歳。加えて前世の記憶を備えた私である。そしてそれを、うっかり発言が発端となって、すべてアンリに語って聞かせてしまったのだ。
もうこうなったら、アンリの言うとおり前世を変えて人生を良くするために腹をくくるしかない。
覚悟さえ決めてしまえば、人間早く動くのが良いのだ!巧遅は拙速に如かず!
「アンナ……。それ、どういう意味で言ってる?」
アンリが、真剣なまなざしを向けてくる。
「アンナが見た前世の僕よりも、ってこと?
それとも、今の僕よりも、ってこと?」
たしかにそれもある。前世のアンリの悲惨な最期や、そうなってしまった原因でもある今の周囲の環境ーー異国からの捕虜として、私の想像以上に諸侯から疎まれていたということ。
そういうものを変えて、アンリがもっと生きやすいと感じられるように環境を整えたい。
「いくら僕でも、そういうふうに言われると勘違いしそうになるよ?
家族としてとか、友だちとしてとかじゃなく……
別の…、特別な意味だと思ってしまう。こういうことは、簡単に言っていいことじゃないんだよ?」
ヘーゼルの瞳に、長いまつ毛が影を落とす。まるで、なにかを諦めようとするかのように。
アンリは自分の出自を最期まで気にしていた節がある。もしかすると、それでずっと自分の気持ちを私に伝えられなかったのではないだろうか…?
我ながら、女の勘が冴え渡っている気がする。
任せて!今世こそ、年上の女性としてリードしてみせるわ!
「とっ、とくべちゅな意味で言ってるの…!」
噛んだ。
大人っぽく「特別」って言いたかったのに、噛んだ。おしゃれなバーとかに居そうなお姉さんっぽく言いたかったのに。
大事なところで格好がつかず、恥ずかしさに頬が熱くなる。
「………本当に?」
「う、うん……」
今はあんまり見ないでほしい。
思わず、アンリの手の中に包まれていた自分の両手を引っ込めて、そのまま顔を覆う。両手で隠している間に、顔を鎮静化させなければ。
けれど、アンリによってあたためられた私の両手は、顔と同じくらい熱くなっていた。
「アンナ」
両方の手首を掴まれ、顔から剥がされてしまった。まだ恥ずかしさは続いてるのに…!反射で目を閉じる。
「ちょっ、やだ」
「やだじゃないの」
「やだやだ!」
「僕のこと、いや?」
悲しげな声で問われる。
いや、それはずるくない?
「アンリのことが、いやなんじゃなくて…!」
「じゃあ、なんでこっちを見てくれないの?」
もしもアンリに犬のような耳やしっぽがついているなら、シュンって垂れていそうな声だ。
私はアンリのこの声に弱い。昔も、今も。
観念して、瞼を持ち上げる。
目を潤ませ、頬がきっと今の私と同じくらいに染まっている、アンリの顔があった。
「アンナ……。僕は、あなたにふさわしい人間じゃない。
敗戦国の捕虜として連れてこられた、異国の王子だ。
この国は戦に勝ったけれど、僕の故国を疎んじる人もまだまだ多い。
…疎んじるだけならまだ可愛い方で、憎み恨んでいる人だっている。この事実は変えられないことだ」
アンリがこんなにもはっきりと自分の境遇を語るのは初めてだ。
戦勝国の王女と、敗戦国の王子。
この立場の違いは、アンリに重くのしかかってきたものなのだろう。
それをずっと私に悟らせないように振る舞ってきてくれたのだ。
私の記憶のなかのアンリは、ずっと笑顔だったから。
「けれど、もしも…。もしも、あなたに許されるなら」
どちらともなく、息を呑んだ。
「僕の15歳の誕生日に、あなたに結婚を申し込みたい」
アンリはそう告げて、私の右手の甲にキスを贈ってくれた。




