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第十七話「告白」

※アンナ視点

 やばい。

 なんかもう、いろんなことがやばい。


 一つ目のやばいことは、やっぱりアンリの顔を見て急に号泣してしまったことだろう。どう考えても平常な状態じゃないことを明らかにしてしまったようなものだ。

 二つ目のやばいことは、そのあと抱きしめられながら立ったまま寝落ちしてしまったこと。前世の悪夢のせいで疲労感がピークだったところに、アンリの存在に安心しきってしまったのがいけなかった。

 三つ目のやばいことは、「満員電車で培った技を発揮しちゃった」と口走ってしまったこと。しかもそれを、しっかりとアンリに聞き取られてしまったということだ。この時代には電車が存在していないし、そもそも電気を日常生活で使用するという概念すら生まれていない時代だ。


 つまり、やらかしてしまったのだ。完全に。


 今の状況を整理してみたけれど、詰んでるような気がして対応策がまったく出てこない。ぐるぐると脳内会議をしてみても、堂々巡りになってしまって埒が明かない。

 どうしたものかと考えあぐねていると、悩みの対象が話しかけてきた。


「アンナ。ほら、お腹すいてるでしょう?少し起き上がれる?」

 ベッドに居たまま食べられるようにと、腰にクッションを持ってきてくれる。そして食事のトレイが乗ったサイドテーブルを、アンリ自身の手元に引き寄せた。

 その位置だとちょっと私からは届きにくいのだけれど。そう思ったのが顔に出ていたのだろうか。

 アンリが微笑みながら私の心のなかの疑問に答えた。

「大丈夫だよ。はい、あーんして?」

 ………勘弁して?

「アンリ…!気持ちはうれしいけれど、私もう子どもじゃないのよ?自分で食べられるわ」

「そうだね。僕の顔を見るなり泣き出したり、そのまま泣き疲れて寝ちゃったりするのは子どもじゃないよね」

 そんなの…!その通り過ぎて何も言えなくなるじゃない…!それにそんなに楽しそうな顔しないで!

「ふふっ、ごめんね?つい、からかっちゃった。アンナが僕に甘えてくれたのがかわいくて」

「甘え…?かわっ…!?」

「さあ、口をあけて?シチューが冷めちゃうよ?」

 私は覚悟を決めて、年甲斐もなく、口をあけた。

 恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだったけれど、アンリに手づから食べさせてもらったシチューはとてもおいしかった。懐かしい味がした。




 さてと、とアンリが一呼吸置いたところで、話さなければならない時が来たことを悟る。食事はすべて完食してしまったし、私はまだベッドの上に座らされているし、アンリは真っ直ぐにこちらを見つめている。どうにも逃げ場はなさそうだ。


「どこから話したらいいのか……」

「やっぱり。ひとりで抱えきれない何かがあるんだね?」

 しっかりと見透かされている。腹をくくらなければならないようだ。

「実は……」

 私は、一度この人生を経験した記憶があるということ。そしてその人生は、詳しくは語れないけれど良くないものだったということ。

 その人生を終えた何百年か後に、他の国で生まれ変わって新たな人生を送っていたのに、なぜかこの前世の世界に回帰転生してしまったこと。

 それらのことを包み隠さず、素直に打ち明けた。

 しかし、前世の記憶の詳細は…特にアンリの最期だけは、まだそれを経験していないアンリに伝えるのはさすがに躊躇われた。

 自分が命を落とすときの様子を語られて喜ぶ人間はいないだろうし、そもそもこんな話を信じてもらえるかわからないというのもある。

 話し終えて、私はアンリの反応を待った。


「………やっぱり、アンナは予想の斜め上をいくね。驚いたよ」

 それはそうだと思う。

「そうよね、驚かせてしまったわよね。……アンリ、やっぱりこの話は忘れて!」

「どうして?」

「だって、こんな話、信じられるわけないと思うもの。こんなの…、普通じゃないもの……」

 頭がおかしくなったと思われたかもしれない。

 もしかするとこれで嫌われたかもしれない。

 

「信じるよ」

「そうよね、わかってる。信じられるはずないもの」

「だから、信じるって」

「うん。わかった。もうなにも言わないで」

 せっかくまた会えたのに、アンリに嫌われるなんてつらすぎるけれど…。それでも、迷惑をかけた分の説明はきちんとできたはずだ。


「アンナ」

 自分の右頬に、大きな手が添えられた。

 そう自覚した瞬間に、目の前にはヘーゼルの瞳があった。

 どうやら私の顔は、アンリの方に向けられたらしい。

 アンリの手によって、わりと強制的に。

「僕を見て」

 こんなに近づかなくても、見えてるのに。

「僕の声を聞いて」

 息がかかりそうな距離になった。聞こえてる。

 けれど、自分の心臓の音も大きくなった気がする。

「僕は、アンナのことを信じるよ」

 私自身でさえ信じられないようなことだと思っているのに。

「僕はアンナの味方だから」

 私はあなたの味方になりきれなかったのに。

「だから、安心して。ずっと傍にいるから」

 また泣きそうになったのを、ぐっと堪える。


「……アンリ、本当に信じてくれるの?」

「信じるよ。それにね、知ってる?アンナって実は……」

「私が、実は?」

「嘘が、すっっっごくヘタなんだ」

「…………………はい?」

「アンナは嘘をつくときに、目が上を向いたり横を向いたり、うろうろするんだよ。声も裏返るし、手遊びを始めたりするし。おやつをこっそり厨房から持ってきて余分に食べてたときは特にわかりやすい」

「それは………知らなかったわ」

 穴があったら入りたい。

「人生二周目でも、わからないことがあるんだね」

 ふふ、と笑うアンリも、嘘をついているようには見えない。どうやら気休めで「信じる」と言ったわけではなさそうだ。


 信じてくれる人がいる。

 ひとり迷いこんでしまったような焦燥感が薄れ、家に帰ってきたような気持ちを思い出した。

 胸のあたりに、じんわりとあたたかい何かが広がるのを感じた。







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