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第十五話「目醒め」

※アンナ視点

※時系列は第七話のあと


 ハッと意識が覚醒した私が最初に見たものは、日本の天井ではなく、異国情緒あふれる天井だった。

 そうか。ここは、城のベッドの上か。

 荒くなっている呼吸と、涙で濡れてしまった枕と、頭から足の先まで汗をかいてしまった体が居心地悪く、のそのそと起き上がる。

 窓の外は黎明の青というのだろうか、もう間もなく日の出という頃合いに思える。

 窓越しに空を眺めながら、今日はお天気が良さそうだな、なんてのんきなことを考えた。

 

 起きたら、ひょっとしたら日本に帰れてるんじゃないかなとか淡い期待をしていたけれど、どうやら私はまだ回帰転生した前世の世界にいるようだ。

 なぜなら、窓に映る私の姿は、17歳くらいの王女時代の自分のままだったから。

 昨日鏡で見たときとどこか印象が違うのは、夢見が悪かったせいで疲れた顔をしているからだろう。


 またあの夢を見るかもしれないと思うと寝直すこともできず、仕方なくオイルランプに火を灯す。

 するとどこで確認してくれていたのか、部屋の扉をノックされた。返事をすると、侍女が数人入ってきた。

 果実水を持ってきてくれる担当の子、水を入れた洗面ボウルを持ってきてくれる担当の子、タオルを持ってきてくれる担当の子など。

 こんな時間から申し訳ないなと思いつつも、王女としての自分ではあまり言わないことなので、心の中に留めておく。ブラック企業みたいなことさせてごめんね。

 とりあえず顔だけ洗ってから、お湯と大きめのタオルも持ってきてほしいと伝える。私のその一言だけで、侍女たちはご入浴されますかと気を利かせてくれる。優秀だ。

 だけど、散々な夢を見た後でちょっと疲れていてひとりで落ち着きたかったし、何人もの女の子たちに洗ってもらう気分じゃなかったから丁重にお断りした。

 うちの侍女たちは本当に優秀なようで、頼んだお湯に香りのいい精油を垂らしてくれて、肌触りのいいシルクのタオルをそれに浸し、汗を丁寧に拭き取ってくれた。

 ……自分でやるって言いましたよ。ええ。でもダメでした。

 王女殿下にそのようなこと!って言われちゃうと、いえ日本人なので!とは言い返せない。


 そんなこんなで、プロフェッショナルな侍女たちによって顔も体も綺麗に整えられ、衣装担当の子にレモンイエローのかわいらしいシルクの服を着せられ、髪結い担当の子に長い髪の毛は編み込みにしてまとめられた。

 こういう子たちは、生まれ変わったらさぞかし素敵な美容師とかメイクアップアーティストとかになるんだろうなと想像してしまう。

 前世の記憶を持つのなら、こういう一芸に秀でたものがよかったなぁ。

 そんなしょうもないことを考えながら、日の出を迎えた城下を眺めた。


 まだ燃えていない、美しい街。自然と共生する豊かな国。

 街の人々が少しずつ家から出てくるのを見て、ほんの少しの安堵と、名前のつけられない胸の痛みを感じた。


 こみ上げてくる感情を振り払うように、窓に背を向けて部屋を出る。そのまま王族が朝食をとる食堂まで歩を進めた。






 食堂に着いたら、母上も兄上もまだのようだった。今日の私は本当に早起きだったらしい。

 しかし、一番乗りではなかったようだ。




「アンナ!おはよう」




 私に気づいて、綻んだ口元と明るく柔らかな声。

 細められるヘーゼルの瞳。琥珀がかってきらきらしている。

 こちらを振り向いたときに揺れた黒髪は、今日もさらさらと軽やかに動く。


 輝くような笑顔を見た瞬間、私は決壊した。

 主に、涙腺が。


「……………っ、うぅ……」


「えっ!?えっ、なに、アンナ?どうしたの!?」


 おろおろとした声を出しながら、アンリが駆け寄ってきてくれた。


「うっ……っく…、なんでも…な…」


「なんでもないわけないよね?まさか、昨日ぶつけたおでこが痛みだしたとか?」


「ちが……ぅ…っ」


「じゃあ、もしかして……。

 昨日僕があなたを抱きしめたのが、泣くほど嫌だったとか?僕の顔を見て、嫌な気持ちになっちゃった……?」


「……………はへ?」


 一体なんの話だ。


「実は反省してたんだ。アンナが転びそうになったのを支えようとしただけとはいえ、急に抱きしめてびっくりさせちゃったかなって」


「………?アンリに抱きしめられて、嫌だなんて思ったことないわ。うれしいと思いこそすれ…」


 そう。嫌だと思うなんて、あり得ない。

 夫として愛した人だもの。

 アンリを見つめながら素直に自分の気持ちを伝える。

 しかしなぜ急にそんな話になったのだろうか。

 ……あっ!!!そういえば昨日、そんなこともあったっけ!?

 夜通し見ていた前世の悪夢のせいで、昨日の記憶が薄れちゃってたわ!!


「ふふ……そっか、そうなんだ。

 アンナは僕に抱きしめられるのが、うれしいんだね?」

「え…、あの、え?」


 突然、距離を詰められる。


「ねぇ、アンナ。抱きしめられるのがうれしいのなら、今そうしても喜んでくれる?」

「へっ!?い、いま!??」


 一体なにを言われているのか!!!

 えっ?最近の男子ってこんな感じなの?

 いや、最近とかじゃないわ。現代日本から見たら何百年も昔だわ。

 昔の男子ってこういう感じたったっけ?

 というか、アンリってこんなに積極的だったっけ!?


「そう、今。もし許されるのならば、あなたを今すぐ抱きしめて、その涙をとめて差し上げたいのだけれど。

 ……お許しいただけますか、アンナ王女殿下?」


 いつの間にか、アンリの掌の上に私の手が乗せられていた。

 そしてこれみよがしに、私の手の甲に、キスをしようとする素振りをしてきた。


 王子様かよ!!!!!

 あ、王子様だったわ。異国から来てる王子様。


「だめ?」


 上目遣いにこちらを見ないでほしい。

 その顔でうるうるするのはずるい。


「う……ちょっと…なら…」

 ごにょごにょと口ごもりながら、返事をした。


「……!ありがたき幸せ」


 言うやいなや手の甲にキスを落とし、いたずらっぽく笑ったアンリの顔を見て、また涙がこぼれてしまった。

 こういう笑顔を、もっとたくさん見たかった。

 そんな自分の気持ちを自覚すると、次から次へとあふれ出てしまう。

 涙が止まらなくなってしまった私の様子を見て、アンリは両手でやさしく頬を拭ってくれた。

 まばたきをしたら、次に見えたのはアンリの首元だった。

 アンリの右手は私の頭を、左手は私の背中を、あたたかく包みこんでくれている。

 なんだか昨日より近い気がするし、なんだか昨日より体全体がアンリに埋まってるような感じがするし、なんだか……幼なじみのハグって感じじゃない気がするのは、気のせいだろうか。


 これって恋愛対象としてのハグなのかな?

 それともアンリはそんなこと意識してないのかな?

 そんな思いがかすかに浮かんできた。

 けれど、昨夜の夢の影響でメンタルをやられ、寝た気がしていない疲れ切った頭では、それ以上は考えることができなかった。


 アンリがこうして生きてくれている。笑ってくれている。

 彼のぬくもりを感じながら、その香りに鼻をくすぐられながら、私はそっと目をとじた。






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