第十三話「前世の世界で見る夢は Ⅵ」
※アンナ視点
このときほど自分の目と耳を疑ったことはなかった。
国境の危険地帯から帰ってきたアンリは、思いもよらない姿をしていた。
両手を縄で縛られ、まるで囚人であるかのように、玉座の前にーー私の前に、跪かされていた。
「女王陛下におかれましては、さぞや驚かれていることと存じます。私も大変心苦しゅうございます」
「王配殿下は御自ら独断で一人敵陣に乗り込み、偵察に赴いたかと思いきや……なんとその実、賊徒の頭領である叔父と共に謀を巡らせていたのです」
「賊徒の頭領を問い糾しましたところ、王配殿下の叔父であること……そして、畏れ多くも女王陛下を籠絡し、我が国を支配下に置こうとする企みをしていたと白状いたしました」
「件の村でも、王配殿下の近衛の者たちに加え、我が配下の者も多数この会話を耳にしたとの証言がございます」
「ああ…、心中お察しいたします……。しかし、法は法。例外を作ってしまっては、示しがつきませぬゆえ」
理解が追いつかない。
一体、何が起こっているのか。
咄嗟に言葉を紡ぐ。
「……オレグ宰相、報告ご苦労。そなたらの言い分は理解した。だがどちらか一方の意見のみを鵜呑みにしては、王として厳正中立でなくなる。そうであろう?」
「仰るとおりです、女王陛下」
お願いアンリ、助けて。
なぜ、今あなたは隣にいないの?
なぜ、そんなところで跪いているの?
入り乱れる感情を抑え、渇いていく口をやっとの思いで動かす。
「我が王配よ。そなたの口から、話を聞きたい。そなたが経験したとおりのことを、偽りなく申せ」
アンリはこちらを真っ直ぐ見つめて、ゆっくりと口を開いた。
「一人で偵察に敵陣に近づいたことも、敵陣のなかに叔父がいたことも、叔父にそのような話を持ちかけられたことも、事実です」
事実…?
「しかしながら、まさか賊徒のなかに叔父がいることなど…ましてや頭領だったなど、知る由もありませんでした」
そんな偶然が、起こり得るのだろうか…?
「私と叔父の会話を聞いたという者たちにも、今一度ご確認ください。叔父の企みに、私は一言も同意をしていないということが詳らかになるはずです」
アンリ。本当に…本当は…?
自分の国に帰りたかった?
自分の血の繋がった家族と一緒にいたかった?
「私に叛逆の意思は毛頭ございません。どうか、証言した者たちの供述内容は変遷していないか、証言の整合性がとれているか、お調べになった上でご判断くださいますよう……お願い申し上げます」
すべてを抛って、無条件に、ただあなただけを信じていると言えない自分は、なんと非道で無力な存在なのだろうか。
「………よかろう。国境に赴いた者すべてから話を聞き、その後に決を下す」
「寛大なご処置に、感謝申し上げます」
罵られこそすれ、礼を言われる筋合いなど髪の一筋すらない。
夫と妻という関係でありながら、夫の危機に際してなんと冷酷な女なのだと叫んでほしい。
「調べが終わるまで、王配は独房にて過ごすように」
私の声は、こんなにも醜い響きをしていただろうか。
告げるやいなや兵たちの手によって、アンリは独房へと連れていかれてしまった。
当たり前だ。命じたのは私なのだから。
「賢明なご判断でございました。女王陛下」
口元に微笑みをたたえ、残忍な女を称賛するオレグ宰相の言葉が、この上なく耳に障る。
「どうかご案じ召されますな。我々はどこまでも貴方様に付き随い、国家安寧の礎となりましょうぞ」
はたと気づいた。
王家を揺るがす一大事だというのに。
この男、なぜ笑っていられるのか。
「………オレグよ。もはや信頼できる者はそなたしかおらぬ。力になってくれるな…?」
瞳を覗きこみ、頼りなげに問うてみた。
「陛下…!そのように親密に、名だけを呼んでくださるとは…!このオレグ、幸甚の至りに存じます」
どうやら嬉しいようだ。
………なるほど。
アンリが居なくなると、この男は嬉しいのか。
アンリの座を奪えると、そのような期待をしているのか。
反吐が出そうになったが、即位してから鍛えあげた女王の仮面は剥がれることはなかった。
「礼を言う。引き続き、頼んだぞ」
「御意のとおりに」
上機嫌で立ち去る宰相を見ながら、わずかでもアンリへの疑いを持ってしまった己を恥じた。
やるべきことをやらねば。
アンリの濡れ衣を晴らし、信じていたと
……愛していると、伝えなくては。




