第十一話「前世の世界で見る夢は Ⅳ」
※アンナ視点
私が即位してから数年をかけて、周辺国の情勢が緩やかに悪化しはじめた。それに連なるようにかつての敗戦国に潜んでいた強硬派が蓄えていた力を放出しはじめ、そんな彼らの侵略と略奪により我が国の治安は徐々に悪化しつつあった。
摘み取っても摘みきれない、復讐の根の深さに愕然とした。
「新たな女王陛下は初々しく可憐な王である」
そんな不名誉な噂が、ずっと私の耳にこびりついている。
絵姿の評判などから民に広まった好意的な声をあえて使い、母上や兄上に比べてひ弱な王であるということを皮肉った言葉だった。
わざわざ言われなくとも、そのようなことは私が一番よくわかっているというのに。
今までの自分のままであってはいけない。我が国の諸侯だけでなく、同盟国や周辺国を納得させるには…母上のように、強く、賢く、威厳のある女王にならなくては。
母上の口調をなぞり、仕草を真似して振る舞った。
笑うことを、やめた。
王家が語り継いできた叡智、歴史、法と規律、政策、軍略、人心掌握術…。得られる知識はすべて吸収し、出来得る努力はすべてを捧げて続けていた。
だが、絶えず運ばれてくる周辺国の内情、国境での情勢の変化、紛争地帯からの報告、流浪の民による略奪…。寝る間を惜しんで采配を振るっても、すぐまた新たな問題が生まれてくる。
母上の御代とも、兄上の御代とも違う、豊かな国がじわじわと疲弊していくのを感じていた。
ある夜、災害が起こった知らせとその地域からの救助要請が届いた。一刻を争う事態だった。すぐさま救助を派遣しようとしたところに、かつての敗戦国の強硬派が国境近くの村を占拠したとの知らせが入ったのだった。
我が国の兵たちは優秀であるが、問題が複数にわたって勃発しているため各地に分散して向かわせていた。そのため、派遣できる兵の人数は限られている。
優先して兵を向かわせられるのは、どちらか一方だけだった。
災害に見舞われた民も、占拠された村の民も、隔てなく大切だ。
そんな彼らの命を、天秤にかけなくてはならない。
「女王陛下!ご決断を…!」
オレグ宰相から、判断を迫られる。
表情を動かさないようにしたまま、隣に座る王配に訊ねた。
「………占拠されたのは国境の小さな村で、治安悪化の後も留まっていたのは、長くそこに住んでいる老いた者たちだったな?」
「作用でございます」
「………災害に見舞われたのは、子どもの多い地域だったな?」
「作用でございます、女王陛下」
王配も表情を変えず、ただ頷くだけだった。
ああ…私の考えていることがわかって、きっと幻滅しているわね。
「オレグ宰相。災害地域を優先し、直ちに救助に向かわせよ。周辺地域の民にも触れを出し、皆で協力させることを忘れるな」
決心が鈍る前に、王命を発した。
「はっ…!?女王陛下!お言葉ですが、国境の方は!?小さな村とはいえ国境を占拠されてしまっては…!」
「救助に目処が立ち次第、国境にも兵を向かわせよ。此度は一時的に奪われてしまったが、必ずや奪い返し、賊徒を殲滅せよ!」
「………御意の通りに」
オレグ宰相の優先順位は、どうやら私と逆だったようだ。
きっとどちらも正しくないのだから、そのような目で見てくれるな。
針の筵のような玉座から立ち上がり、王配を伴って、私たちはその場を後にした。
「………アンリ。」
「女王陛下は、なにもお間違いになっておりません」
「本当に、そう思うか…?」
「はい。断腸の思いであられたはずです…よくご決断なされました」
いたわるように見つめてくれている。軽蔑されてもおかしくないというのに。
「命を天秤にかけるなど、人のすることではないな。自分が、人でなくなっていくようだ」
「………お疲れの色が見えます。早く休みましょう」
部屋に帰り、寝支度を調えてくれながらアンリが口を開いた。
「明朝、国境に赴こうかと思います」
状況が悪化した村に向かうつもりなのだろうか。兄上は戦の傷が原因で亡くなった。いまの私に家族と思える存在は、王配のアンリだけだ。危険な場所には向かわせたくない。
そんな私の胸中を知ってか知らずか、アンリはさらに続ける。
「僕には僕の近衛がついておりますし、少数ではありますが精鋭を揃えております。前衛は兵たちに任せて、あくまで現状を把握するためですので。この目で確かめて、救えるものは救ってまいります……どうかご安心ください」
そうか。私がいまこの瞬間にも、国境の村の民への慚愧の念を拭えないことを、見抜いてくれているのか。
だから危険を冒してまで、自ら動いてくれるというのだろう。
「王配殿下は顔だけのお飾りだ、などという汚名を少しでも返上したいですし…ふふ」
そう自嘲して、あくまで自分が行きたいから行くのだと、そう言ってくれる。国政の際には、いつも隣で有益な助言をしてくれるというのに。彼に対する風当たりは相変わらず強かった。
「わかった。なるべく早く、帰ってくるように」
「もちろんです、女王陛下」
ヘーゼルの瞳をやさしく細め、頬に口吻をしてくれる。
それから私を安心させるかのように、両手を包みこんでくれた。
言葉通り、アンリは帰ってくることになる。
けれどそれは、このときの私たちが予想もしないかたちだった。
そして、同じ夜を過ごせるのはこのときが最後だったということもまた、後で知ることになる。




