19. ヌユの街 冒険者ギルドにて
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【へっぴり-ごし (屁っ放り腰)】
1. 上体を屈めて腰を後方に突き出した不安定な体勢。
2. 自身が無くて不安な様子。
見た目が放屁するように尻を突き出している様から。及び腰。
「……実に見本の様な屁っ放り腰」
「ッスね」
隣に並ぶリンダが俺の言葉に同意する。
俺たち二人の視線の先には、互いの武器を手に向かい合うラデさんと、メディナの姿があった。
ここはヌユの街、冒険者ギルドの敷地内にある訓練場だ。
俺とリンダは既に登録しているが、メディナたち二人は冒険者登録をしていないという事で、この機会だから登録してしまおうという話になった。
魔族でも登録できるのか、というのは俺は知らなかったが、そう言った人種で差別される事は基本的にないんだと。
もっとも魔王国と戦争していた時代は色々あったらしいがそれも今は昔という奴である。
獣人だろうとエルフだろうと、勿論魔族だろうと来る者拒まず、去る者追わずが冒険者ギルドの鉄則である。もっとも重大なルール違反を犯した者は地の果てまで追うのも冒険者ギルドの鉄則であるのだが。
んで、冒険者には等級がある。
最低の十級から始まり、一級まで。
それを越えると銀級、金級、白金級とランクが上がっていく。
白金級なんてなるともはや軍隊で相手するような強大な魔獣を数人パーティで狩るような存在だが、まあ今はそんな天上の話がしたいわけじゃない。
冒険者登録が初めての者は一律で十級スタートだ。当然受けることのできる依頼はそれなりの、つまり安い仕事ばかり。
初心者のガキはそんな安い仕事をこなして小銭と冒険者としてのノウハウを稼ぎ、技術や知識を身に着けていくわけだ。
だが冒険者になる者の事情はそれぞれで大きく異なる事がある。
何らかの事情で傭兵団を辞めた奴が冒険者になったりとかな。
そんな元傭兵と、本当に初めて魔獣と戦いますって十三歳のガキを全く同列に扱うのは誰にとっても得の無い話だ。
だから経験者にはある程度の優遇措置がある。相応の戦闘力があると認められれば、最大で七級に飛び級させてもらえるわけだ。
そしてラデさんはメイドとして主を守るための戦闘技術を修めているという。……それがメイドの仕事か聞かれると、俺もよくわからんが本人がそう言うのだからそうなのだろう?
とにかく自己申告の結果、「じゃあ新規登録の二人で模擬戦闘やってみろ」と二十メートル四方を囲む冒険者ギルドの訓練場で二人は向かい合う事になったのだ。
訓練場はちょっとした観客席もあって、俺とリンダはそこに腰かけながら、二人の対峙を眺めているわけだ。
そして別にこの訓練場は閉鎖されているわけじゃないから、他の冒険者たちも訓練していたり、それを眺めながら酒を飲んでいたり。
「おいおい、あのちびっ子。大丈夫か?」
「通りでチャンバラやってる五歳児の方がまだ見どころがあるだろ……」
と、メディナお嬢様は冒険者の先達から散々な言われようである。
冒険者の職業は基本的に自己申告である。
なんであの屁っ放りお嬢様、剣士で申告したんだよ。
「ちなみにアレックスさんは何級なんスか?」
「俺? こないだ三級に上がったところだよ」
五級を越えると、一端の冒険者として扱われる。
三級なら上級扱い。一流……とまでは言わずとも、冒険者として一目置かれる存在だ。
三級に昇級したこともあって、【大迷界】を目指そうと思った訳だが。それはさておき。
そっちは? と視線を向けると、
「アタシは四級っス!」
「おお。それはすごい」
俺には【風の聖剣 颱嵐刀】という強力な力があったのもあって昇級はスムーズだったと思う。
それが無かったリンダが既に四級というのは、彼女の才能と何よりも真摯な努力の成果と言えるだろう。
その一方、あのお嬢様はというと……。
「で、でやぁーーーーッ!」
掛け声も勇ましく、鞘に入ったままの【天神剣】を振りかぶり、ラデさんの方へと駆け出す。
途端に「あちゃぁ……」という空気が観客席に広がった。
ドタドタという走り方。
大上段に振り被った――というより真上に持ち上げただけの武器。ふらふらして危ないし、そもそも柄の握り方も間違ってるし。
その状態でできる攻撃は一つ、真下に振り下ろすだけである。
そんなもん、戦闘の心得があっても無くても躱すのはたやすい。
「へえっ」
気の抜けた掛け声とともに、メディナの剣が振り下ろされた。しかしというか当然というか、その一撃はべちっと地面を叩くばかり。
その場にいたはずのラデさんは、スッと最小限の動きでメディナの攻撃を躱し、その背後を取った。
「お嬢様。模擬戦とはいえ、主に刃を向ける事お許しください――」
こちらもまた鞘に入ったままの【颱嵐刀】を振るう。十分に手加減されたその攻撃を、剣を地面に叩きつけたままのメディナは、
「ひょあっ!?」
「おお。今のを避けたぞ!」
殆ど勘だけで避けてみせた。
これには観客席の冒険者さんたちも驚く。
「凄いっス! 今のは絶対に避けられないと思ったのに」
「俺もだよ」
思えばメディナは神都でも警備兵に囲まれたのに、なんとか攻撃を避けていた事があった。
身体の使い方を知らないだけで磨けばそこそこイケるんじゃないか、アイツ。
「やりますね――ではこれはどうですか!?」
「当たらねば、どうと! いう事は! ありゃせんの――じゃっ!?」
ヒュンヒュンと振るわれる(俺たちからしたら十分に手加減された)ラデさんの猛攻を、動物的勘で必死に避けるメディナ。
当たらなきゃどうという事はない、ね。メディナはなんとか攻撃を躱し続けているけど、実際は当たるか、そう避けるか誘導された二択だ。
当たればそれで終わり。避けても次第に不利になっていく。避け辛く、難しい体勢に追い込まれていく。
そして素人が勘だけで避けるなんてことがいつまでも続くわけがない。
「あっ」
足をもつれさせて、メディナが尻もちをついた。
予定調和。ラデさんがメディナを狩りに動く。
「これで――お終いです!」
【颱嵐刀】を振りぬく一撃。
メディナは避ける事ができない――が。
「衝撃波!」
とっさに手をかざし、魔術を放つ!
簡易無詠唱魔術!?
メディナの手から放たれた衝撃波はしかし、
「――ッ!」
ラデさんは身を捻って跳躍する。衝撃波はラデさんのメイド服のスカートを揺らすに留まった。
そしてポコッとラデさんの一撃がメディナの頭を叩く。
「それまで!」
審判役のギルド職員の言葉で勝負がついた。
「新人と思っていたが、中々見どころがある模擬戦だったな。職業メイドか……他の技能はどうだろう」
「意外と避けれていたな……磨けばどうにかなるかな? いや反射神経だけじゃなぁ」
「なんで剣士で登録してんだあのチビ」
「あのメイド凄いな。うちのパーティに勧誘するかな……でも懐事情がな……」
そんな他の冒険者たちの声が聞こえてくる。戦いの専門家たちから見ても、ラデさんは見どころがあると評価がされたようだ。
それはギルド職員の方も同じだったらしく。
「ええと、職業メイドのラデさん。貴女は八級相当と評価いたします。座学といくつか依頼を熟せば、直ぐにでも七級になれるでしょう」
「ありがとうございます」
ラデさんが頭を下げていた。
「う~ん、ラデさんだったら五級でも通じそうなもんっスけどね。八級スか」
「全力出せばそうだろうけど。模擬戦、しかもメディナ相手となれば本気は出さんし出せんだろ」
「それもそっスね」
だから今のラデさんが見せた動きなら、八級評価ってのは妥当なところじゃないかな。
職業メイドって部分には突っ込まんぞ。メイドに戦闘技能が必要かどうかにも突っ込まんからな!
ちなみに新規登録者は七級が最高評価となるのは、戦闘以外にも冒険者には知識や技術が求められたりするからだ。毒草の見分け方だったり、傷みやすい魔獣の特定部位を完全な状態で保管して運んでくる技術とか。
そう言った模擬戦で測れない部分の評価が、六級以上には必要となってくるのである。
「そして職業剣士のメディナさん。貴女は十級相当の評価。えっと。見どころはある……ような気がするかもしれない可能性が無きにしも非ずです。ですから気を落とさず頑張って。大丈夫、一歩一歩弛まず努力する事が大事なんですよ、何事も、ええ、多分、きっと」
「う、うむ」
メディナは職員さんにめっちゃ気を使われていた。
もうそこまで誤魔化すくらいだったらはっきりと才能無いって言い切って上げた方が優しいだろ。
「その……ところで質問なのですが。基礎的な攻撃魔術とはいえ、無詠唱で使用してみせたのは見事でした。職業を魔術士ではなく、なぜ剣士で登録を? 魔術士であれば七級相当の評価もできたかもしれませんが」
職員さんの質問に、メディナは小首を傾げて、その手に持つ【天神剣】が唸るようにわずかな魔力を発した。
「そこんとこなんじゃが、妾にもよくわからん」
「えぇ……」
いやほんとなんでだよ。




