17. お嬢様の資産は小国を買える(ただし文無し)
「ハイヨー! ハイヨーシルバー!」
ラデさんがピシリと手綱を打つと、馬車を牽く馬がヒヒンと嘶く。
「誰が名付けたんスか? あの馬の名前は……」
「無論、妾じゃ。良き名じゃろうて?」
「いや、あの」
まだ何か言い募ろうとするリンダの肩を叩いて、俺は首を横に振った。
「馬の名前に『ハイヨーシルバー』なんて付ける奴のネーミングセンスに何を言っても無駄だと思うぞ」
「そっスね」
「なんじゃお主ら。飼い犬の名前に『ネコ』と名付けるような残念な輩を見るような目で」
「アレックスさんはどっちがマシだと思うっス?」
「どっちもどっちじゃねぇかなあ」
「そっスね」
神都の警備兵、そして公爵家からの追手を警戒して大きな街道を避けることにした俺たちは、田畑に囲まれたのどかな田舎道を進んでいる。神都を出てほぼ三日が経ち、今のところは旅路は順調だ。
まぁ何度か神都の警備兵と公爵家かららしい追手に追われたのは気になるがな。
「街が見えてきましたよ」
馭者台のラデさんの言葉に、メディナとリンダが窓を開く。
その向こうに小さな街が見える。
俺は大きく伸びをした。
この馬車は普通の乗合馬車なんかよりよっぽど乗り心地が良い。
客室は広いしクッションもしっかりしているし、車体のサスペンションも良いものが入っているようで揺れも少なくて快適だった。
だが流石に数日ずっと座りっぱなしだと流石に体中凝ってしょうがないな。
「追手の事は問題だが、あの街で一日滞在する必要があるかな。さすがに諸々補給をせにゃならん、特に食料」
「そっスね」
「その件については誠に申し訳なく」
メディナが小さくなって謝罪する。
俺とリンダは自分の分の食料を持ってはいたが、ラデさんとメディナは行き倒れの有様だ。
金目のものは持っているが換金できずにいるうちに【聖魔八絶】を引っこ抜いてこの逃走劇に入ってしまったもんだから、二人分の食料を四人で分け合ってここまでやってきたのである。余裕があるなら狩りをする事もできたが、今回は神都から距離を置くこと優先で可能な限り移動に時間を費やしてきたからな。
「遠回りしたとはいえ、思ったよりかかったッスね」
「そうじゃのう。あの街で食料を買って……いや、先ずは金策からか。どうにか金持ちに渡りをつけて……」
メディナがぶつぶつと呟いている。
「どうしたんスか、メディナさん」
リンダもここまでの旅程、雑談の中でメディナたちが無一文になってしまっていることを知っている。
だがこの話はまだしてなかったな。
「初めて俺がコイツと会った時、金が無いからって炎熱完全防御の護符で串焼きを買おうとしてたんだ。串焼き屋の露店で」
「それは……は!? 炎熱完全防御!?」
換金性の高い物を持っていたとしても、換金できるほどのお金を持っていない相手には売ることができない。
相手の弱みに付け込んではした金で買い取ることもできるけどな。それをしなかったのはクルッツのおっちゃんの良識か、それともヤバいことに関わりたくないっつう防衛反応か。まぁ両方かな。
「ホンモノなんスか!? そ、そんなもんで串焼き買おうなんて馬鹿げてるッス! 下手したら国宝扱いで価格なんて付けられないっスよ!?」
「仕方なかろう、持ってる中で一番安そうなモノがそれだったのじゃから!」
「「は……!?」」
俺とリンダが揃って絶句する。
メディナがドレスのポケットに手を突っ込んだ。
にゅるん、と音を立てて明らかにポケットに入りきらないサイズのモノが取り出される。
「なんだこれ、絨毯?」
「鐵雷羊毛の敷物じゃ」
「……!?」
鋼鐵の毛を持つ羊、鐵雷羊。名前は聞いたことがある。
魔王国のごく一部に群れで暮らしているーーだがその生態は狂暴。そもそもサイズも身体高が人間の三倍くらいあって、集団の突進と地面から鋼鐵の刃を生やしたり強烈な稲妻を発生させたり。一体でも討伐できればそのチームは英雄扱いの魔獣だ。
「そ、その羊毛で織った絨毯……? この馬車に敷くサイズでお城が買えるッス」
「城どころか城塞都市ごとかもしれんぞ?」
「こんなものもあるぞ」
次にメディナが取り出したのは俺の頭よりも巨大なダイヤモンドだ。
馬車の中を七色の輝きが照らし出す。
「うおっまぶしっ」
「凄い……中で虹色が煌めいているっス!」
「わはは凄かろう。七煌天爛金剛石じゃ。こぶしサイズで小国を買うことができると言われる天爛金剛石の、全属性を内包する七皇、その世界最大サイズじゃ! 串焼き百万本持ってくるがよい!」
「買取単位が串焼きなのかよ」
「あときっと、一千億本でも足りないッスよ」
そもそも誰が買うんだっつー話なんだよ。
ていうか相手に買う気があっても支払い能力がねぇからお前困ってたんだろうが。
そして気を良くしたメディナが更にポケットに手を突っ込む。
「他にもこんなものはどうじゃ?」
メディナがズルリと取り出したのは、紫水晶でできた頭蓋骨だ。
「こっわ! なんだこれ!?」
「かつて大陸中を荒らし回り、死の永遠帝国を築こうと目論んだ死の統率者の遺品じゃ。その名を紫色の眠り。生者を永遠の眠りの内に引きずり込み、生きたゾンビと成して自在に使役する呪われたアイテムでの」
「おま、なんてもんを!」
「ぎゃああああ! なんかモレてるッス! 紫色の邪悪な魔力が漏れてるッス!」
(……誰だ、我が眠りを妨げる者は……死者の楽園を築くという我が夢の成就は……いったい……)
「「キャァァァァァシャベッタァァァァァ!?」」
「おや? もしや遺品ではなくデス・ロードご本人様の頭骨であったか?」
(うむ)
「うむじゃねぇよ本人かよじゃなくて会話してる場合じゃねぇんだよふざけじゃねぇよ暢気か!?」
「ひぃぃ、足が! 足に! なんか侵食してきてるッス!?」
俺とリンダの脚が下の方から、紫色の魔力ーーいやこれ呪詛か!?
装備ごと浸食されてきてる!
「うおおおお!!」
(あふん)
意を決した俺は紫水晶の頭蓋骨を掴むと、メディナのポケットにダンクシュウ!!
馬車内に充満しつつあった紫色の魔力が霧散する。
俺とリンダの脚の色も元に戻った。呪詛が定着する前で良かった、何も異常は無い。
「た、助かったッスー!!」
「二度と! そいつを! 外に出すんじゃねぇ!!」
「しかし。あれが本人だとすると今までの歴史的な定説が丸ごとひっくり返る可能性がじゃな」
「うるせぇ! しかしもカカシもねぇってんだバカ! 世界を滅ぼす気か!?」
下手したら地域どころか一つの国全部が死の呪いで汚染されかねんぞ!?
「何をやっているんですか……」
小窓を開いて、ラデさんが話しかけてきた。
「間もなく城門に着きますよ。手配書が出回っている可能性が高いので、お嬢様。偽装魔術をお願いいたします」
「うむ、心得た」
「なんで今のやり取りの後で平常運転なんスか!?」
「そんなぎゃあぎゃあ騒ぐことでもないじゃろうに。あの程度の死の呪いなど反呪詛で一発じゃ」
「あれ!? アタシの認識がおかしいんスか!?」
リンダが自分の中の常識を疑っている。
いや、頭蓋骨になっても発動できるような奴の振りまく『死の呪い』なんて、高位の司祭が数人掛かりで解呪するようなやべぇ呪いだと思うんだが。
「あんなの、鼻歌交じりで解除じゃ。その程度できねば魔術の師である母上に折檻されるわい」
「ええ……」
「母上なら魔力を込めてひと睨みじゃろうな。その域に達していない我が身の未熟、母上が見たらなんと言うか」
「ええ……」
リンダが二度もドン引きしてる。
俺もだけど。
「有能な魔術士なのは間違いないんだがな……」
「それを打ち消すほどポンコツが酷いッス」
「? お主ら、なんか言うたか?」
「「いいえなんでもありませんわお嬢様」」
俺とリンダは、揃って首を横に振った。




