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13. 暗渠



「そうだ、アレックス」

「ん?」


 振り返ると、クルッツのおっちゃんがポケットから取り出した何かを、指で弾いて寄こした。


「餞別だ」

「おっちゃん、これは……」


 金貨一枚。


「餞別って言っただろ。黙って受け取ってくれねーと、俺がカッコつかねぇよ」

「おう。ありがたく」

「お前らの活躍が俺の耳に入るの、楽しみにしてるぜ」

「耳を塞いでも聞こえてくるほどの大爆音……いや、あの屋台が吹っ飛ぶほどの超轟音で聞かせてやるからせいぜい頑丈に補強しておきな」

「くはっ、そりゃ楽しみだ!」


 そう言ってクルッツのおっちゃんはにやりと笑って、手をひらひらさせながら店を出て行った。


「じゃあ行くぜ。ついてきな」


 マスターに促されて俺と、メディナを背負ったラデさんがその後に続く。


「良い方でしたね……どうしてここまで良くしてくれたのでしょうか」


 そうぽつりと呟くラデさんに、店の裏口を開けたマスターが答えた。


「そりゃ、あんたらがあの二振りを抜いたからだろう」

「…………」

「そんな顔すんなよ、通報するつもりだったらとっくにやってるよ、俺もクルッツもな」

「だったらなぜ」

「クルッツが言ってただろ。あんたらの活躍を楽しみにしてるんだって。斯く言う俺もな」


 薄暗いーーというか、全く街灯も何もない、どころか家屋すらない路地を進んでいく。

 笑い声を忍ばせながら、マスターは続けた。


「ガキどもが大岩に群がっていたろ? この街のガキはアレが日課さ。貴族も庶民も貧民も、裏も表も関係無く例外も無くガキンチョ全員がやる。もちろん俺もクルッツもガキの頃は同じことしてたわけよ。【聖魔八絶】、とりわけ不動の二振りに選ばれる勇者になって、世界を股に掛ける大活躍を! ってな。でもある程度歳が行っちまうと、みんな止めてしまう。ボケ老人くらいしか挑まなくなる。なんでかわかるか?」


 懐中電灯を持つ手を広げて、マスターは続けた。

 暗い通路を照らすというには頼りない灯りが揺れる。


「『お前じゃない』って現実を突きつけられちまうからさ」


 少なくとも今のところ、【聖魔八絶】に選ばれる条件はわかっていない。

 武器によって傾向があるとも言われているが、それも眉唾の範囲でしかないらしい。

 ほとんどの場合戦闘に関わる職業の者が選ばれるが、至極例外的ではあるが、ただの主婦や農夫が選ばれた事もある。

 

 努力も才能も実績も関係なく選ばれその基準が不明であるならば、それはもはや、唯の運だ。

 ちらりとこちらを見た横顔は、夢と希望を、事実と現実で押しつぶされたかつての少年だった疲れた男の顔だった。


「俺は裏に片足突っ込んだ場末のバーテンダーで、アイツは串焼き屋の親父だよ。それが良い悪いなんて今更言う気もねぇが、男だったらやっぱり思ってしまう時があるわけだ、もしも自分が勇者に選ばれてたら、ってよ。んで、時折酒の肴になるわけだ。『どんな奴が二振りに選ばれるんだろう』ってな。どんな英雄豪傑絶世の美女だろうか、なんて思っていたら、」


 くくく、と笑う。マスターが手にする懐中電灯が揺れる。


「まさかの魔族、まさかの下戸と来た。さすがにそりゃ予想外だぜ……ましてや、俺の人生で外に案内する事になるとは。【二振り】の持ち主どころか、今日抜いた【四振り】全員」


 俺はちらりと、背後にいる一人の女性を見た。

 さっきバーのカウンターにいた女性だ。デカい斧槍を担ぐようにしているーーやっぱりか。


「あー。あたしの事はお気になさらずに……って言っても無理ッスよね」

「そうだな。でもアンタが余計な事をしないなら、俺たちも気にする以上の事は別にしないよ」

「あたしもッス」


 斧槍ーー確か、【斧の魔剣 炎斧冷矛】。

 その新しき使い手の女性は【炎斧冷矛】を肩に担ぎ、片手をヒラヒラと振って見せた。

 そんなやり取りをする俺たちを尻目に、メディナを背負ったラデさんが前を行くマスターに尋ねた。


「ところで、ここは一体どういう場所なんですか? 街灯どころか民家すら見当たらない……ただ、左右に壁があるだけの通路とは」


 空を仰ぎ見ると、ところどころ通路を閉じるように天井があって、僅かながらに月明かりが落ちている。そんな、長く続くだけの場所だ。

 

「そうだな。一言でいうなら、忘れられた暗渠ってところか」


 マスターが説明するには神都は長い歴史があって、その分多くの増改築が行われて、場所によっては当局も把握していない不法な建築もあったりして……。


「長年そんな事が繰り返された結果、地下水道の流れが変えられてここら辺は使われなくなってしまったのさ。調べた限り二〇〇年だか昔の話。で、誰も把握していない秘密の出口として、それを見つけた俺がちょっとしたお小遣い稼ぎに使わせてもらっているワケだ。……小奇麗な神都とはいえ、掃き溜めもあれば事情があって出入りの記録に乗りたくない奴だっているってことだぁな」


 路地ではなくて暗渠だったのか。通りでなんの建物も無いわけだ。

 割れたコンクリートから雑草が延びているのを避けつつ、俺はさらに続けた。


「秘密の出入り口があるなら、さぞかし小遣い稼ぎも順調なんだろうな。羨ましいぜ」

「んん? ああ、クルッツから聞いていないのか。出口がな、ちょっと入り口としては使いづらいもんでな。俺は外に連れていく専門だ。こっそり入りたいんだったら、そっち専門の奴に渡りをつけてやるぜ? お高いけどな」


 そんな話をしているうちに、暗渠の出口に着いたようだ。


「ここが出口……なるほど、入れそうにないな」


 そこは、穴だった。

 使われなくなった暗渠、つまり放水路だ。街の外にまで伸びた水路が崖に向かって開いていて、そこが出口だという。

 覗き込むと、下は何十メートルか距離があるようだ。地表ではなくてこの音はーー


「河か」


 地図を思い出せば神都の傍には大きな河があった。その支流の一つらしい。


「この河に降りて無事でいられる奴だけが利用できる裏口ってことか」


 俺の言葉にマスターは答えずに肩を竦めるだけだった。

 なるほど、入口としては利用しにくいってのはこういうことか。


 俺はラデさんを振り返る。

 メディナを背負ったままの彼女は頷いた。

 そのままでも問題ない、ということらしい。


「じゃあ世話になったな、マスター。クルッツのおっちゃんにもよろしく伝えといてくれ」


 そう言って俺が出口から飛び降りようとする直前。


 ゴウ!


 という炎熱の魔力が俺のいた場所を薙ぎ払うように通り過ぎた。

 俺はバク宙一発、その炎熱をかわすーー背中の少し下を高熱が通り過ぎる感覚。


 振り返ると、炎を纏う【炎熱の魔剣 炎斧冷矛】を構える女冒険者の姿があった。

 彼女はヒュウ、と口笛を吹く。


「おおっと。流石っす! 今の一撃をかわすとは」

「ぬかせ。本気でもないくせにーー確認なんだが、今のはつまり、やる気があるってことでいいんだな」


 俺は腰のホルスターから拳銃を抜く。|安全装置≪セーフティ≫を解除。|遊底≪スライド≫を操作し、|薬室≪チャンバー≫に弾丸を送り込む。

 左手にそれを持ち、しかしまだ|銃口≪マズル≫は向けない。

 右手はーー後ろ腰に回してある、未だ真価不明の剣の柄に触れる。


「リンダ。【炎熱の魔剣 炎斧冷矛】に認められし新米勇者、野良犬リンダ、ッス」

「風の……いや、【皇魔剣】に認められし、新米真の魔王とかなんとからしいアレックス」


 ラデさんとマスターが少し離れた壁に寄る。

 マスターがコインを指に摘まみ、俺たちに示した。

 数秒の静寂。


「へぷちっ」


 と酔いつぶれているメディナがくしゃみして、俺とリンダは互いに地を蹴った。

 

 いやあのさ。

 ちょっと緊縛した場面なんだから、もうちょっとそれっぽい合図で始めません!?

 ほら、だってマスターがなんか恥ずかしそうにコインをポケットに戻してるもん!





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