10. 逃走狂騒闘争共走
人間不思議なもので、真に極限まで集中力が高まった瞬間、まるでテレパシーのようにお互いの考えている事が理解できるようになることがある。
目の動き、小さな仕草、表情。
それらに現れるわずかな情報から互いの心情を精確に読み取るからだ、とかなんとか。
とにかく、この瞬間の俺とメディナとラデさんの心は一致した。
(やっべ逃げろ!!!)
である。
(ですが、どうするのですか?)
(先ずは妾が!)
(なら俺はーー)
(でしたら次は……!)
瞬間のアイコンタクト。
刹那の以心伝心。
先ず、メディナの身体から膨大な魔力が膨れ上がった。
鐘を鳴らしていた係りの神官も驚いてメディナの方を振り返ったくらいだ。
「ーー『大地よ大地! その大いなる軛より、我らを解き放て! 【無重の恩恵】!」
短縮詠唱の魔術が発動。
俺たち三人の身体に魔法陣が現れて吸い付くように消えていき、代わりに魔術光が淡く体を包み込む。
次の瞬間俺は、スロープの手摺に体を預けて叫ぶ。
「来い!!」
「ふぬっ!」
メディナがタタっと軽い歩調で俺に向かって跳躍。
俺は両手を組んでメディナの踏み込みを受けるとーー闘気全開。身体強化込みの全力で背後に向けて放り上げた。
「ひょわっ!? おおおっ!?」
重力軽減魔術の効果で、勢いよく―ーそして天高く舞い上がるメディナ。
「行きます!」
「おうよ!!」
次いでラデさんも同じように放り投げる。流石メイドさんというべきか。見事な、そしてどこか優美な所作の跳躍である。
しかし見とれている非舞わない。俺もスロープの手摺を足を掛け。
身体強化全力全開、手摺を蹴り壊す勢いで跳躍した。
「おっ! おおおおおた、高ァァァーーーーッッッ!!?」
見た感じあまり肉体系じゃなさそうなメディナがグルングルンと回転しているのを抱きとめながら、ラデさんが叫んだ。
「え、えっと!? た、【颱嵐刀】! 力を貸してください!?」
跳躍した俺が横に並ぶのと同時に、風の聖剣の名の通り俺たち三人の周囲に突然の突風が吹き荒れる。
「きゃあああっ!?」
「うおおおおおおっ!」
「ふにゅわあああああああッッ!?」
重力軽減で重さが殆どない今の俺たちはまるで風に舞う木の葉のようにーー突風に乗って、一気に大聖堂を囲む外壁を遥かに越えて民家の屋根の上に着地する。
俺は後ろを振り返った。つい先ほどまでいた大聖堂は遠く向こうの方にある。
「ざっと三〇〇メートルってところか? 幅跳びの世界記録大幅更新だな。ああいや、追い風参考記録か」
「きっと不正な魔術使用で記録取り消しだと思いますよ」
「陸上競技界からの追放確定じゃのう……うう、内臓がぐるんぐるんするぅ……そうなったら三人でなんでもありの闇陸上大会にでも出場するか……おっぷ」
「なにそれ楽しそう」
「殴る蹴る魔術なんでもありの陸上競技大会でな……見応えあるのは何といっても四〇〇メートルハードル走……叩き壊したハードルを使って相手を殴り倒す……俺にとって乗り越えるべき障害物はお前自身だ! っていう」
「なにそれマジ楽しそう!」
「ハンマー投げバトルロイヤルとか最高に盛り上がるぞ? バトルハンマーで叩きのめした他の参加者たちを投げ飛ばす飛距離を競うっていう……まぁ大体全員殴り飛ばして優勝なんじゃが」
「うっひょ最高ォ! 出てみてぇ!!」
「先代様の得意競技じゃないですかって言ってないで逃げますよ!?」
ともかく俺たちは民家の屋根の上を走り出す。
遠く背後からガランガランと鐘の音。あとピィーピィーという警備兵たちが使う笛の音。
警備兵は大聖堂以外にも街の治安を守るのが役目だ。
笛の音は符丁になっていて、鳴らし方や音の長さで何が起きたか何をすればいいのか離れた警備兵に知らしめることかできる。
つまり、前の通りの角から、槍を構えた警備兵の小隊が現れたってのはそういう事だ。
「……いたぞ、お前らか! 大聖堂で盗みを働いた三人組というのは!」
「ああ、くそ! 前からきやがった!」
でもこっちは屋根の上。
道を塞がれても、
「跳びます!」
「跳びます!!」
跳躍一発、飛び越えてしまえば問題ナッシン!
「跳びまーーーあッ」
運動音痴系お嬢様ァーーーーっ!?
そんな大きな通りでもないので、俺とラデさんは無事に向かいの建物の屋根に跳び移る事が出来た。
だがメディナは飛距離が足りず、ぽてっと下に落ちてしまう。
運動できない人あるある、走ってる勢いを殺してしまう踏み切りって奴だ。
「しめた! 捕まえろーーっ!」
警備兵たちが通行人たちを掻き分けて、石畳の上で腰を抑えて悶えているメディナに殺到する。
「ちっ! 重力軽減魔術の効果が切れていたか!」
「お嬢様!」
反転したラデさんが屋根から飛び降りメディナの方に向かうーーだがタイミング的に間に合わない!
「お前が【天神剣】を盗んだという魔族か!? ひっ捕らえて尋問するぞ!」
「うにゃあ!? ぬ、盗んでおらぬ! この剣は勝手に我が元に落ちてきたのじゃぞ!?」
バタバタと逃げ回り、とびかかってきた警備兵を回避するメディナ。
「ありえん! 有史以来あの台座から外れる事の無かった【天神剣】と【皇魔剣】が同時に外れるなど!」
「それがありえたからこんなんなってんじゃあ! のうッ」
危なっかしい動きで警備兵の振り回す鉄棍を避けるメディナ。
いや、避けているというよりは運良くかわせているという方が正しいか。
警備兵の実力はそこまで高いという訳ではない。それでも戦闘を生業としている者たちだ。
戦闘訓練をしている者とそうではない者。差ができるのは当然の帰結だ。
振り回される鉄棍は次第にメディナの動きを制限し、追い詰める。
次の一撃は避ける事ができないーー
「んにゃあ!?」
「ーーお嬢様!」
そこに、颱嵐刀を携えたラデさんが飛び込んだ。
鞘ごと振り回す颱嵐刀で、メディナに向かって振り下ろされる鉄棍を弾き返す。
「それはーー【聖剣 颱嵐刀】!? なぜ魔族のお前が聖剣を持っている!?」
「知りませんよそんな事! 私の方が知りたいくらいです!?」
四方から警備兵に囲まれたラデさんが、メディナを庇いながら颱嵐刀で鉄棍を弾き返す。
こうして上から見ればよくわかる。メイド服を着ているが、彼女は何らかの戦闘技術を修めている人の動きだ。
だが動きが硬い。
つい先ほどまで空腹で弱っていたし、明らかに不得手な武器だ。
颱嵐刀は太刀。
つまり【刀】に分類される片刃の曲剣の中でも、太く長い。
しかも今は鞘ごと振るっているのでその重さに振り回されているようだ。
そんな状態で、防戦を強いられている。後手に回れば追い詰められる。
どうする。
今の俺は武器が無い。
いや、腰のホルスターには拳銃があるし、手には【皇魔剣】がある。
しかし街中で銃をぶっ放せば最早言い訳はきかないだろう。【皇魔剣】に至っては、抜いたら何が起こるのか全く分からん。
「ええい、迷ってるくらいならーーーーお前ら、これが欲しいんだろ! 返してやる!!」
俺は警備兵に向かって叫ぶと、手に持っていた【皇魔剣】を投げつけた。
「!?」
ラデさんとメディナを囲んでいた警備兵の一人が、飛んでくる【皇魔剣】に気が付き、鉄棍で弾いた。
だがそれでいい。一瞬の隙ができればラデさんが対応できる。
「失礼、【颱嵐刀】ーーッ!」
ラデさんが颱嵐刀を鞘から抜き放つ。
発揮された魔力。ラデさんを中心に突風が吹いて、警備兵たちの姿勢が崩れた。
「お嬢様! 今です!」
「お、おう!」
二人が警備兵を押しのけて駆け出した。
そして俺はというとーー
警備兵が弾いた【皇魔剣】。
それが明らかに不自然な軌道を描き。しかもなぜか鞘から抜けて、刃剥き出しの状態で高速回転して俺の方に飛んできたーーッッッ!?
「うおおおおおおおお!?」
決死のダイビング。間一髪のところで【皇魔剣】の襲撃を交わし、俺も石畳の上に着地し、メディナたちと並んで走る。
その俺の隣に、「もう投げんじゃねぇぞ?」と言いたいかの如く【皇魔剣】が飛んできた。いつの間にか鞘に戻っている。
「おらさっさと手に取らんかい」とばかりに疾走する俺の横に浮いている。
「な、何なんだこの剣は!?」
颱嵐刀も時折意識を持っているような振る舞いを見せたが、こいつはその比じゃない。
後ろからまだ警備兵が追ってきているし、周囲ではいくつも笛の音が響いている。
仕方なく【皇魔剣】を手に取ると、不思議なほどピタリと吸い付いて手に馴染む。
「ど、どういうことなのじゃ?」
「わからん! わからんがーー」
俺は走りながら前を見た。
丁度三叉路に差し掛かるところだ。
正面に三角状の建物があって、道がその左右に分かれている。
「ここで二手に分かれよう! 俺は右に!」
「うむ、それが合理的じゃな! 短い間だが世話になった!」
「アレックス様、どうぞお元気で!」
挨拶もそこそこに、ラデさんは左の道へと。
俺は体を全力で身体を傾け。しかし左に引っ張られる力が働いて、結果として直進。
「なんでぇ!?」
「は、離れられぬ!?」
メディナも同様に左に身体を傾けながらも左に進めず直進。
二人して正面の建物ーーお洒落なカフェだったーーに突進する。
「僕のような金持ちであれば、高級ホテルのラウンジが似合うというものだけど。たまにはこう庶民的なカヘーで過ごすのも悪く「そぃやっ!」なゲッフゥ」
扉を蹴破るつもりがなんか代わりに、すっごい嫌そうな顔をした女性の肩を抱いて扉を開いて出てきた成金風の男の顔面を蹴飛ばしてしまったような気がするが気のせいだろう。
あと肩を抱かれていた女性がどさくさ紛れに倒れかかった男の股間を蹴り上げて前かがみになったところで延髄に肘を叩き込み凄い嬉しそうな顔で俺にサムズアップした上で「アタマ大丈夫ですか!? そんな、手遅れ? ざまぁ! 今一体何が? あっお財布の中身保護しておきますね!」と男を介抱しているような気配が背後からするけど気のせいだろう。……なんか事情があるのかな? 知らんけど。
ともあれ、カフェに突入する俺とメディナ。背後から追いかけてくる警備兵の気配。
「おじゃましまぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!」
「しつれいしまぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!」
椅子を蹴倒し転倒しかけたメディナを引っ張り上げて片手でリフトアップしテーブルを飛び越えお客さんを驚かせメディナを横脇に抱えて店員の持つトレイをかわし二七〇度左に回転して通路の客を避けてメディナをハンドリングしつつ肩に担ぎ落ちかけたプリンアラモードを席に座っているマッチョメンの頭の上に置きカウンターの目の前にメディナを突き立たせた勢いで棒高跳びのようにサイフォンを避けて飛び越えると同時にメディナを引っこ抜きバリスタが落としそうになったコーヒーカップを受け止めつつ厨房に続くスイングドアに飛び込んでコーヒーカップをそっと調理台に置く代わりにBLTサンドの半分を咥えてもう半分を小脇から背中に通しながら障害物を避けさせているメディナの口に突っ込んで飛んできたお皿をキャッチしてサラダボウルをひっくり返して銀貨を一枚弾いてそれが顔に当たったコックが仰け反ったところを飛び越えて
「おじゃましましまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「しつれいしましまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
勝手口を蹴破って裏路地に飛び出す。背後からは警備兵が突入して客と店員とテーブルと椅子とにぶつかって混乱の坩堝と化したお店の大騒音。
ジャンプ一発、メディナと並んで向かいの壁に着地した俺たちは左に転進。
裏路地を抜けると左の通りを走っていたラデさんと合流した。
「お久しぶりですアレックス様なんで直進してるんですかメディナ様!?」
「モグモグごっくん! わからぬ! 左に曲がったと思ったら直進しておった! 何を言ってるんかわかんねとー思うが妾にもわからぬ!」
「モグモグごっくん! 十秒ぶりを久しぶりというならそうだね久しぶりだねハイお土産!?」
「何ですかこのアップルパイ……あら美味しい」
さっき厨房駆け抜けた時に皿ごと持ってきちゃったんだよ。
気に入ってくれたんだったらよかった。でも多分、あの店出禁だと思うからもう買ってきてあげれないや。しっかり味わってね。
「妾だってなんで直進したのかわからぬ! じゃが……」
メディナが手にした【天神剣】をぐいっと引っ張っるような仕草をした。
すると俺もぐいっと引っ張られる。
「この【天神剣】と【皇魔剣】、離れたがらぬ!」
投げ捨ててもダメ。戻ってくる。
離れようとしてもダメ。そもそも離れられない。
どうすればいいの!?
なんでこーー なるの!?
完全な思い付きだったんで何も設定してないんだけど。
ほんとあの女性、肩を抱いていた成金風の男にどんな恨みがあったんだろう……?




