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track2-5. 夏鳥は弾丸を噛む -The Summer Bird Bites the Bullet-

 翌朝、夏野はMr.Loudのアルバムを聴きながら登校した。

 あんなに大好きだった彼らの曲を聴くとあの頃のことを思い出してしまいそうで、無意識のうちに遠ざけていたことに気付く。

 昨夜も一晩中、空白の期間を埋めるかの(ごと)く、夏野はMr.Loudの曲を聴き続けた。

 久々に聴いたそれは相変わらずギターが速く、歌もブルージーで、そして――必死で聴き込んでいた当時よりも強く夏野の胸を打った。


 結局、昨日夏野は一曲も歌いきることができなかった。

 そもそも歌うこと自体、あの中学の文化祭の日からしてこなかったのだ。

 久し振りに歌おうとしても声が思うように出ない。

 ギターの彼もセッションに慣れていないのか、(さぐ)(さぐ)り弾いているようで随分とテンポがぎこちなかった。


 それでも、2コーラス目が終わる頃には夏野も少し勘を取り戻し、相手もだいぶ慣れてきたようだ。

 間奏のギターソロを弾く姿が一瞬(たすく)想起(そうき)させ、夏野は慌ててその妄想を振り払う。

 そしてぐっと歯を食いしばり最後のサビに挑もうとした時――ギターの音が止まった。


 驚いた夏野が隣を見ると、ギターの彼はバツが悪そうに頭を掻いている。

 その視線の先に目を移すと、そこには数人の見物客と一人の警察官が立っていた。


「……やべ」


 ギターの彼はぼそりと(つぶや)くと慌てて荷物を片付け、自転車にまたがる。


「――え、ちょっと」

「ごめん、許可取るの忘れてた。それ、今度逢った時に返してね」


 そう言い残すと彼は自転車であっという間に立ち去り――あとには、ニワトリとなった夏野だけがその場に残された。

 一体何だったんだ、あれは。

 正体がバレないようニワトリをかぶったまま警察から逃げるしかない――そんな巻き込まれ事故としか言えない状況なのに、夏野は楽しくて仕方がなかった。


 高校の最寄(もよ)り駅に電車が到着し、改札を出たところで曲がリピートする。

 それは、昨日ギターの彼とセッションした曲――『Bite the Bullet』だった。


 夏野は一人、胸の中でほくそ笑む。

 中途半端とはいえ、あのセッションは間違いなく夏野の中の何かを変えた。

 昨晩も夏野はこの曲を聴いた。

 それこそ、何度も何度も――自分の中の感覚を確かめ、既に遠くに消えたはずの記憶を辿(たど)るように。

 曲の中でボーカリストが、何度も叫ぶように歌う。


 ――Bite the bullet, bite the bullet.


 そうだ――俺はこの歌詞が、たまらなく好きだった。


 曲を初めて聴いた時このフレーズの意味がわからず、歌詞カードの和訳を見て『bite the bullet(弾丸を噛む)』が『やるしかない』という意味を持つ言葉だと知った。

 意味を知らずに聴いていた時よりも深く曲に触れられた気がして、以来夏野は歌詞カードも細かく読み込むようになった。

 好きな曲を聴きながら歩くと、いつもと変わらないはずの通学風景も色付いて見える。

 昨日まで感じることのなかった小さな幸福に心を(おど)らせながら、夏野は学校へと向かった。


 教室のドアを開けると、クラスの女子たちと会話していた亜季が振り向く。


「なっちゃん、おはよう」

「おはよう」


 挨拶もそこそこに席に着くと、亜季が近寄ってきた。


「なっちゃん、昨日何してたの? カラオケ盛り上がったよー」

「あー……」


 謎のストリートミュージシャンと出逢い、ニワトリの覆面をかぶったまま警察から逃げてきた――なんて言ったら、この心配性の幼馴染みはきっと目を丸くするだろう。

 軽く笑って「内緒」とだけ返すと、亜季が不思議そうに首を(かし)げた。


「何それ。でも――」


 そして、その表情を嬉しそうに(ほころ)ばせる。


「なっちゃん、なんだか楽しそうね」



 その日の日中は昨日の小さな事件などなかったかのように、平穏に過ぎていった。

 そう――放課後、或る男が夏野の教室を訪れるまでは。


「――ねぇ、君が夏野くん?」


 教室の入り口に立つ男を見て、夏野は絶句する。

 クラスメートの女子たちから黄色い声が上がり、夏野と立ち話をしていた亜季が驚いたように耳打ちをした。


「……なっちゃん、鬼崎(きさき)さんと知り合いなの?」


 この学校で鬼崎(きさき)達哉(たつや)のことを知らない者などいないだろう。

 夏野と歳は一つしか変わらないはずなのに、随分と雰囲気が大人びている――というよりも、存在が際立(きわだ)っている。


 この高校の校則は特に身だしなみについては緩く多くの生徒が私服を着ており、また明るい髪色をしている者も少なくはなかったが、それでも鬼崎の長い金髪は目を惹いた。

 ()の光を含んできらきらと(なび)くその髪は、生まれついてのものだと言われても違和感がない程彼を彼たらしめている。

 人形のように整った顔も相まって、まるで日常世界から切り離された存在に見えた。


「――いや、知らない」


 そうとだけ答えて夏野は反対側のドアから出ようとしたが、そこにまた鬼崎がやってくる。


「何、僕のこと無視する気?」


 鬼崎の整えられた眉毛が歪んでいた。

 機嫌(きげん)の悪さが思いきり顔に出るタイプのようだ。

 夏野が「今日用事あるんで」と断り、鬼崎の横をすり抜けようとすると――


「――ねぇ、昨日歌ってたでしょ」


 不躾(ぶしつけ)に投げ付けられた言葉に、夏野は目を見開く。

 足を止めて振り返ると、鬼崎の鋭い視線に射抜かれた。


「……何のことですか」

「しかも警察に追いかけられたりなんかしちゃってさ」


 黙るしかない夏野に、鬼崎は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「まぁ、ちょっと二人で話そうよ」

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