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【完結】 夏鳥は弾丸を噛む -傷心のボーカリストは二度目の春を歌う-  作者: 未来屋 環


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track10-2.

 中学2年生を迎えた或る日、父がエレキギターを担いで帰宅した。

 会社の近くの楽器店で買ってきたらしい。

 話を聞いてみると、父も学生の頃ギタリストに憧れてギターを買ったらしいが、結局まともに弾けずそのまま友達に売ってしまったとのことだった。


「隆志は僕と違って、努力家だからね」


 父は隆志にエレキギターを笑顔で渡しながら言った。


「体調と相談しながらになるけれど、やりたいことをやってみたらいい。お父さんたちは応援しているから」


 それから、隆志は自宅にいる間ギターの練習にひたすら打ち込んだ。

 世のギタリストたちはいとも簡単に音を(つむ)いでいるように見えるが、実際にやってみるととても同じように弾ける気がしない。

 弦は固く、それを押さえる指先はあっという間に赤く腫れる。

 それでも隆志は痛みに耐えながら練習を続けた。


 コードをスムーズに押さえられるようになってからは、様々な曲を片っ端からカバーしソロの練習も始めた。

 いつの間にか指先の皮は固く厚く、ギタリストらしい手になっていった。


 しかし、ギターの腕が上がる一方で、隆志の体調は思わしくなくなっていった。

 治療は続けているものの改善の(きざ)しは見えず、最近は以前にも増して学校も休みがちだ。

 自分は一体どうなるのか――何もしないと不安に押し潰されてしまいそうになる。

 茫漠(ぼうばく)とした闇から逃れるように、隆志は体調が悪い中でも手が動く限りギターの練習に没頭した。



 そんな日々を過ごしている内に、隆志は中学3年生になった。


「――手術か」


 その日は寝付きが悪く、なかなか眠れなかった。

 なんとか眠ろうと寝返りを打ったその時、リビングの方から両親の声がした。


「えぇ。もう隆志の身体も大きくなってきたし、先生からもそろそろ考えてみてもいいんじゃないかって」


 母のか細い声が聞こえる。


勿論(もちろん)隆志の意思を確認してからだけど、最近体調も以前より良くなくて――できるなら早くした方がいいと思うの」


 『手術』――それは隆志にとって現実味のない単語だった。

 当然ながらそういう手段があることは理解している。

 しかし、いざ自分の前にその選択肢が提示されると、様々な不安が胸の奥から噴出した。


 失敗したらどうなるのか。

 そもそも成功しても数年後に容体が急変するケースもあるらしい。

 一方で体調はここ数年確実に悪化しており、このままでは快復の見込みもない。


 隆志は思わず枕元のMDプレイヤーを引っ(つか)んで、布団を被り中に潜り込んだ。

 覚束(おぼつか)ない手でイヤホンを耳に挿し、曲を大音量で鳴らす。

 激しいロックに身を委ねながらも、脳裡(のうり)には何故かクラスメートたちの顔が浮かんでいた。


 大して話したこともないクラスメートたち。

 彼らは隆志がいてもいなくても、ただ平和な日常を送っている。

 普通に授業に出て、普通に部活をして、普通に遊んで――それを何不自由なくできるのだ。


 そう――隆志が治療を受け、手術に怯えながら生きているにも(かか)わらず。


 ――なんで?

 なんで、僕だけ?


 耳元では、自殺したミュージシャンが何度も何度も拒絶の言葉を叫んでいた。


 ***


 その日、隆志は両親と病院に(おもむ)き手術の説明を受けた。


「――考えさせてください」


 そう答えた隆志に医者は(うなず)き、両親は困ったような優しい笑顔をこちらに向ける。


 頭の中では手術をした方がいいとわかっていた。

 しかし、万が一のことを考えると隆志はなかなか決断できない。

 今のままの生活も辛いが、もし何かあって二度とギターが弾けなくなったら――それだけは耐えられない。


 覚悟をするための時間が欲しい――そう隆志は考えていた。


 病院からの帰り道、両親の後ろを無言で歩いていると、ふと壁に貼られた派手な色のポスターが目に入った。

 何の気なしに視線を向けると『学生バンドコンテスト』と書いてある。

 すぐ近くのホールで開催されているようだった。


「隆志、どうしたの?」


 両親が戻ってきて、隆志の前のポスターを一緒に眺める。


「へぇ、学生バンドのコンテストなんてやってるんだね。高校生だけじゃなくて中学生も出るんだ。入場無料だってさ」

「……学生バンドなんて大したことないでしょ」


 自分の興味を悟られるのが少し気恥ずかしくて、隆志は気のない素振(そぶ)りをする。

 そんな彼を見て、母がぽつりと言った。


「――ねぇ隆志。折角(せっかく)だし、観に行ってみない?」



 そして、隆志と両親はコンテストの会場にいた。

 既にプログラムは始まっており、何組かはパフォーマンスを終えたらしい。

 入口で渡されたパンフレットを(めく)りながら、三人は後方の席で演奏を聴いていた。


 あまり音楽に詳しくない両親は「学生なのに上手」と褒めそやすが、隆志には大した腕前とは思えない。

 同年代の演奏を初めて聴いたが、自分の方が余程(よほど)上手く弾ける。

 一方的に期待を裏切られたような思いを抱え、隆志は仏頂面(ぶっちょうづら)で座っていた。


 ――ここにいる奴らは、何不自由なく音楽をやっていてこのレベルなんだ。


 実際には彼らも色々なものを背負っているのかも知れない。

 それでも、隆志はそうとでも思わなければいられなかった。

 自分の置かれた境遇へのやり場のない憤りが、隆志の心の中に渦巻いていた。


 だから、初めて『彼』を見た時にも――隆志は何とも思わなかった。

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